第十三話「終焉」
<――決して届く事の無い言葉。
そして……届いた瞬間“願い人”に対し絶大な変化を齎す
全知全能の力を有する神は……今日も今日とて
悩める“願い人”達の願いを聞き届ける為、その優しき心と耳を傾けていた――>
………
……
…
「神よ……どうか、この世界を終わらせて下さい……」
………
……
…
「……君達人間の願う願い事の中には
私が嫌悪感を感じる願いが幾つか存在するのだが……
今、君は……その中でも上位に位置する願いの一つを口にした。
君は……君が終焉を願う世界の“創造主”たる私に対し
最も無礼な願いを届けたのだ……良いかね?
君達人間の住む世界は、君達だけの物では無い。
……その世界に生きとし生ける全ての動植物達の物でもあり
全ての存在が等しく生涯を過ごせる様
完璧な均衡を目指し作り上げた世界だ。
君や、過去私へ向け“そう願った者達”には是非とも一度考えて貰いたい。
君達は……自らが手塩に掛け育てた動植物や
苦心の末に作り上げた何かを――
“見た目か何かが気に食わないから壊してくれ”
――と言われ、素直に応じると言うのかね?
今、君が願った“それ”はそう言う事だ……本来ならば直接私の声を届け
この事を君が理解するその時まで説教を続けたい所だが……」
<――“願い人”が映し出されたモニターに向け不満を口にしていた神。
だが――>
………
……
…
「もう……耐えられないのです。
自ら生命を絶とうにも、そうする気力すら湧かぬのです……
……もう、どうする事も出来ないのです。
だからどうか、神よ……私の世界に終焉を齎して下さい」
<――光すら入らぬ程に固く閉ざされたカーテン
机に散らばった妻との写真、解雇の二文字が印された一枚の紙
“妻”の欄が全て記入済みの離婚届……傍らには結婚指輪。
……願い人である男性の眼前には、彼の悲痛な叫びを
嫌と言う程に感じさせる悍ましいまでの状況があった――>
………
……
…
「……成程、すまなかった。
君は全てを失って居たのか……だが
どうやらその全てが君の所為では無い様だ。
……君は計画的に嵌められたのだ
君が“最愛”と考えていた妻にまで……とは言え
君達人間は、植物達の様に“根差した場所でしか生きられない”訳では無いし
無理矢理にでも新天地を目指す事も可能だ……だが。
余りにも劣悪な環境に置かれてしまった者は
それが動物であれ、植物であれ人間であれ
全て等しく急激な苦しみに依って生者の光を失う事と成る。
君が終わりを迎える気力を“養って”しまわぬ様……私は今日
君を救う為、君に……今から数日に渡り
今よりも尚苦しい道を齎す事と成る。
だが……君が最後の試練を乗り越えられる様、心から願っている。
……とは言え。
君に“命掛け”の道を指し示す私の事を、どうか赦して欲しい――」
<――気力を失い、何もかもを失った“願い人”
……そんな男性に対し“最後の試練”を差し向けた神。
この後……“願い人”である男性に齎されたのは
“天啓”とはかけ離れた事象ばかりであった――>
―――
――
―
「……何言ってんだお前? 解雇されたんだから当たり前だろ?
寧ろ引っ越しの梱包を手伝ってやったんだから有り難く思えよ?
兎に角……早く出て行ってくれ」
「そ、そんな! 今ここを追い出されたら何処に!! ……」
「知らねぇよ、実家か何かに世話に成れば良いだろ?
じゃあな……っと、危ねぇ危ねぇ!
まぁ、どの道付け替える予定ではあるんだが……鍵、返して貰うぜ」
「ああっ!! ……」
<――この日、半ば強引に社宅を追い出された“願い人”
彼の傍らには“段ボール箱”がうず高く積まれていた――>
………
……
…
「……車に全部は乗らないし、半分だって無理だ。
そもそも、俺がクビに成ったのだって奴がミスを俺に擦り付けたからで……
……クソっ!!!
妻も妻だ! 俺の解雇通知を見た瞬間――
“やっぱり貴方は駄目ね! 同僚さんの言う通りよ!
私……出ていくから! ”
――って、離婚届と指輪を置いて出ていきやがるし……クソっ!!!
何で……何で俺の周りには何も無いんだよッ!!
俺はな……俺は、こんな“荷物の山”が欲しくて
今まで必死で頑張って来た訳じゃねぇんだよッ!!! 」
<――うず高く積まれた“段ボール箱”を蹴り倒し
力の限りにそう叫んだ“願い人”
……そして、暫くの後
彼は、何かを思い立った様に幾つかの段ボール箱を車に載せ始め――>
………
……
…
「どうせ何もかもを失ったんだ……最低限の荷物で良い。
クソっ……今流行りの
“ミニマリスト”って奴にでも成ってやるよ……まぁ。
“積めないだけ”だけどさ……」
<――比較的小さな箱ばかりを後部座席へ数個積み込み
運転席へと乗り込んだ彼は、殆どの箱を放置し車を走らせた。
身寄りも、頼りも……何一つとして
あての無い旅路へと――>
………
……
…
「……ってか、かれこれ何時間走ってるんだ?
気付いたら高速走ってるけど……此処までの記憶があまり無いな。
誰か轢いてなきゃ良いけど……って。
……燃料が心許ないな。
仕方無い、一回高速降りるか……」
<――この時、既に六時間以上車を走らせていた男性。
燃料の不足に不安を覚えた男性は“ガソリンスタンド”を探す為
見覚えの無い田舎の山道を進んで行った――>
………
……
…
「……見渡す限り真っ暗だし“スタンド”は無いし
いよいよ以て不味い状況だぞ、これは……」
<――深夜の山奥
九十九折りの道を進み続けていた彼は、この直後
“燃料切れ”に依り、立ち往生する事となった――>
………
……
…
「嘘だろ? 頼むからもう少しだけでも持ってくれよ……おい……おいッ!!
……最悪だ。
こんな深夜にこんな狭い道で一人ってマジかよ……って。
“動物出没注意”看板?! ……しかも熊じゃん?!
このまま此処に居たら襲われて……いや、まぁ別に良いか。
自分で“終わる”気力も無いし、勇気も無いんだ
せめて熊の餌にでも成りゃあ、俺を“不要品扱い”した奴らとは違って
熊位は俺に感謝してくれるかも知れないしな……」
<――そう静かに呟いた直後、車を降り
月明かりの他には何も無い道の真ん中に立った男性は
自らの元へ“野生動物”が現れ、自らを捕食する事を願った。
すると――>
………
……
…
「……本当に出て来た。
そっか……熊って確か夜行性だったよな。
出張の時、出張先の誰だったかがそんな事を言ってたっけ……って
今更そんな事どうでも良いか。
……おい~っ!! 熊さんよ~ぉ!!
俺の事……“食って”くれよ~っ!!! 」
<――“熊”に向けそう声を掛けた男性。
直後……その異様な態度に警戒し、少し遠くから彼の事を威嚇した“熊”
男性の倍はあろうかと言う体躯をしたその熊は
再三の威嚇にも動じない男性に向け、勢い良く走り迫った――>
………
……
…
「ああ……漸く楽になれるんだな。
なぁ熊さんよ、俺せめてお前の役には立てそうで……って。
熊の牙って結構尖ってるんだな……何だか怖く成って来たよ。
ってか……怖い。
いや……マジで怖いッ!!
……駄目だッ!!
ヤバイヤバイヤバイッ!! ……無理だぁぁぁっ!! 」
<――直後、既の所で愛車に乗り込んだ男性。
だが……興奮した熊は
彼の愛車へ何度と無く突進し――>
………
……
…
「ひぃぃぃっ!? ……やべぇよッ!!
死ぬ、このままじゃマジで死ぬ……クソクソクソクソクソクソクソっ!!!
頼むから……俺なんて食っても美味しくないからッ!!!
頼むから、助けてくれぇぇぇぇっ!! ……」
<――幾度と無く車内に響き渡る轟音と強烈な衝撃
一方……恐怖に慄き、男性が叫ぶ程に興奮を強めて居た熊は
尚も彼の愛車へと突進を繰り返した。
助けが訪れる気配など微塵も無く……車通りの少ない夜道の山道
月明かりの他には何も無く……次第に破壊されていく愛車の中で
男性は、生き残る為の手段を考えて居た――>
………
……
…
「そ、そうだ! ダンボールの中に何か無かったか!?
何か……そうだッ!!
包丁ッ! ……って、どの箱にも入ってないだと!?
って、そうか……
“蹴り飛ばした”箱のどれかに……クソっ!!
他に何か役に立ちそうな物は!?
ボールペン、メモ帳、定規、ノートPC……って、ぬわぁぁっ!? 」
<――瞬間
強烈な一撃に依ってサイドガラスに空けられた大きな穴。
其処から手を差し込み、口を差し込み……
……男性を喰らわんとするその姿と息遣いに腰を抜かしていた男性。
だが――>
………
……
…
「“バッテリー発火事故”とか良く聞くし……一か八かだッ!!
オラァァァァっ!!!! ……って、ヒィィっ?! 」
<――直後、賭けに出た彼は
箱から取り出した“ノートPC”を、勢い良く熊の口へと“差し込んだ”
……だが。
直ぐ様真っ二つに噛み千切られた“ノートPC”は
極僅かな煙を発生させ、道具としての生涯を閉じただけに過ぎなかった。
だが……“人工的な味”を嫌ってか
ほんの僅かに窓から離れた熊の姿に一縷の望みを感じた男性は
更に箱を漁り……幾つかの“電子機器”を見つけ出し
幾度と無く、ひたすらに熊の口内へとそれらを投げ入れ続けた――>
………
……
…
「……はぁ……はぁ……頼むから……
もう、止めてくれっ! 諦めて……くれよッ!!
俺は……俺はなァッ!!
……こんな人生を送る為に
この世界に産まれて来たんじゃねぇんだよッ!!! 」
<――耐えきれぬ恐怖が故か
この瞬間、何かが吹っ切れた男性は――
――後部座席に載せられたダンボールを投げ飛ばし
後部座席側から、荷室に載せられていた
“ある物”を引っ張り出した。
そして――>
………
……
…
「……来いよ。
こんな山奥で人知れずタダで食われる程、俺の“ストレス”は甘くねぇし
俺の愛車も何もかも……全てを奪おうとする熊に教えてやるよ。
……これ以上失う物が無い人間舐めんじゃねぇぇぇっ!!! 」
<――“ある物”を手に
そう叫ぶや否や後部座席から車外に飛び出した男性は
その“ある物”を、熊目掛けて力の限りに投げつけた……だが。
“ある物”は熊に触れた瞬間、破裂し“粘性の高い液体”を放出させ
極僅かに熊の隙を生んだだけに過ぎなかった。
……周囲に“少々鼻をつく匂い”を発生させた他には何ら害も無く
剰え、熊の動きすら制限出来ぬこの液体に全てを賭けて居た男性は――>
………
……
…
「……良し、当たった。
野球経験が役に立ったよ……まぁ“VRゲームの”野球だけどな」
<――そう言いつつ、ニヤリと笑った。
そして……自らに迫る熊には目もくれず
懐から取り出した煙草とライターを
静かに眺めつつ――>
「……まぁ、離婚した訳だし
そもそも此処は外だし……って、何でも良いや。
“最後の一服”……お前も付き合えやァァァァァッ!!! 」
<――瞬間
煙草に火を付けた男性は文字通り“一服”すると
それを熊へと投げつけた――>
………
……
…
「……“煙草は体に悪い”って何処も彼処も言いやがるが
確かに熊に取っては“悪かった”みたいだな。
まぁ、俺も良い機会だし……最早買う金もねぇ事だし
熊に免じて、煙草は……今日から止めだ」
<――燃え盛る炎に包まれ
その痛みに耐えきれずこの場から逃げ去った熊の方へ向け
握り潰した煙草の空き箱を投げつけながらそう言った男性。
だが……彼は
この直後、膝から崩れ落ち――>
………
……
…
「……やっぱり“映画”みたいに……カッコ良くは
立って……られ……ねぇな……」
<――直後
男性は意識を失い、その場に倒れた――>
………
……
…
「……んがぁっ?!
く、熊は何処だっ!? ……」
「は~っ……目覚めて早々煩い男だねぇ?
安心しな、熊なら居ない……アタイの根城に来る様な馬鹿な熊はね」
「あ、貴女は? ……と言うか此処は……」
「……此処はアタイの家さ
アンタがぶっ壊れた車の真横で倒れてたのを助けてやったのもアタイだ。
しかし……災難だったねぇ?
“車”様子じゃ、差詰め“熊に襲われた”ってクチだろう?
まぁ、見た所大した怪我も無かったから良かった様なもんだけどさ。
って……忘れる所だったよ。
一応“警察さん”には事情説明を含めて連絡を入れておいたから
車は兎も角としても、家には帰れると思うから
それまで安心して家で……」
「家なんて……俺にはもう無いんです」
「……何だって? どう言う事だい? 」
「俺は全てを失ったんです……妻に逃げられ仕事はクビになり
家まで追い出されて、車だってあの有様で……でも。
それでも俺……死ぬ勇気すら無いんです」
「成程、そうかい……アンタ、余程の“甘ちゃん”だね? 」
「なっ?! ……貴女に何が判るって言うんですか!? 」
「分かるさ……“全てを失った”ってアンタは言ったが
まだアンタは命を失っちゃいない……この上“身投げ”でもするってんなら別だが
存外、人生なんて命さえ有ればなんとでも成るもんなんだよ?
アンタはまだ生きてる。
つまり、アンタはまだ“何も失ってなんか無い”……分かったかい? 」
「……判りませんよ。
こんな山奥で……身一つで!!
仕事も無く、どうやって生きていけば良いって言うんですか!!! 」
「フッ……たった今、アンタ自身が口にしたじゃないか。
“どうやって生きていけばいい”
……つまり、アンタはまだ“生きたい”のさ。
初めて会った相手に自分の全部を曝け出せる程
生きる事に執着出来るなら……生きる為なら精一杯足掻くと言うのなら。
……素直にそう言いな、アタイが手取り足取り教えてやるからさ」
「見ず知らずの俺に手を貸して……貴女に何の特があるんです? 」
「おや“見ず知らず”とは薄情だねぇ?
……アンタの服、ボロボロで使い物にならなかったから
わざわざアタイが着替えさせたんだよ? 」
「……ふ、服?
……って。
な゛っ!? ……い、いつの間に!? 」
「……ハッハッハ~ッ!
見ず知らずどころか、全身“くま”無く見ちまったよ!
アンタ……都会の男にしちゃあ中々良い体して……」
「わ゛ーーーーーッ!
分かりました……分かりましたから。
クソっ……もう、どうにでもなれッ!!
……お姉さん。
貴女を信じてお願いします……だから。
俺に……“生き方”を教えてください」
「ああ、勿論さ……だが一つ。
……“お姉さん”は止しとくれ。
アタイはアンタより年下だよ? ……
……少なくとも、免許証の生年月日を見る限りではね」
「なっ?! いつの間に!? ……って、そうか。
服、ありがとうございま……」
「……細かい事はいいから、まずは庭の薪割りから始めな」
「はい? 今、なんて……」
「とぼけてんじゃないよ! ……アンタは今日からアタイの弟子さ
師匠の言った事はちゃんと聞くもんだよ? 」
「で、弟子ぃ?! ……一体何の弟子だって言うんですか?! 」
「何って……アンタはこれから“マタギ”の修行をするんだよ? 」
「ま、マタギぃ!? ……」
「それと……丁度旦那が欲しいと思ってたんだ。
アンタが嫌じゃ無いなら、アタイと夫婦に成らないかい? 」
「なっ?! い、嫌……では無いですけど、そんな突然に……」
「……良いじゃないかい、色恋沙汰なんてのは突然に起こるもんさ」
「そ、それはそうかも知れませんけど! ……」
「何だい? ……アタイには魅力を感じないとでも言うのかい? 」
「そんな訳! ……そ、その……素敵な方だとは思いますが……」
「……何だい、嬉しい事を言ってくれるじゃないかい。
まぁ、そう言う事なら話は早い……早速“薪割り”頼んだよ? 」
「う゛っ……流石にもうちょっと休んでからでも……」
「何甘えてんだい! アンタとアタイは師弟関係だよ?!
分かったらさっさと割って来なッ! ……」
「いや“師弟関係”の前に“夫婦関係”でもある訳で……」
「……何か言ったかい? 」
「わ、分かりましたよ! 割ってくれば良いんでしょ割ってくれば!! 」
「ああ、頼んだよ……それが終わったら
一緒に風呂にでも入るとしようかねぇ? 」
「い、一緒にッ?!
……わ、分かりましたッ!!
ばっ“爆速で”割ってきますッ!!! ……」
「なっ……何いきなり張り切ってるんだい?!
……って、怪我するんじゃないよ~ッ!!
全く……熊よりも騒がしい男と夫婦に成っちまったよ。
まぁ、とは言え良い男に巡り逢えたのかも知れないねぇ――
――神様。
アタイに“良縁を与えて下さり”本当に有難う御座いました。
この良縁を決して無駄にせず
生涯、仲睦まじい夫婦で有り続ける事を誓い……」
“痛ってぇぇぇぇぇっ!!! ”
「ッ!? ……ったく。
……何やってんだいッ!!
何? “薪が足の上に落ちた”だって?!
赤く腫れ上がってるじゃないかい!!
全く……色々と世話の焼ける男だよアンタは!! ……」
―
――
―――
「……私が作り上げた世界の中でも
最も悩みを抱える者の多い“地球”と言う場所は
生物にとって最も生存しやすい環境を目指し作り出した。
だが……彼らの精神を“生かす”為の環境としては
未だ未完成と言えるだろう……だが、だからこそ
今も尚私は新たな世界を作り続け
その地を第二の地球とする為……其処こそが完璧な世界と成った時
君達、苦悩する者達をも移住させたいと考えているのだ。
……絶えず私に祈りを捧げる者達よ。
君達が考えて居るよりも、至らない創造主である事
私は、どうすれば伝えられるのだろうか……」
===第十三話・終===
次回は7月9日に掲載予定です。




