第十話「イケメン」
<――ある“転生者”の発した世迷い言に頭を悩ませつつ
自らの絶対的な力への認識を考え直していた神は……今日も今日とて
悩める“願い人”達の願いを聞き届ける為、その優しき心と耳を傾けていた――>
………
……
…
「俺の事を、世界で一番モテる様なイケメンにして下さいッ!! ……」
………
……
…
「は~っ……流石にこれはつまらぬ願いだと言えるだろう。
そもそも見た目の美醜など、君達人間がその時代の流行り廃り
若しくは、国や地域に依って求められている姿とは
たまたま離れていたと言うだけの事に過ぎず、それすらも
君達が現在過ごしている場所では魅力的には見られて居ないと言うだけで
君の事を全世界の人間が“醜悪な見た目”だと思っている訳では無い筈だ。
第一……」
<――いつもの様に“願い人”の映し出されたモニターに向け
届く事の無い説教を続けていた神。
だが――>
………
……
…
「とは言え、俺自身は別に今のままでも良いんです。
でも……でもッ!!
早く……一刻も早く孫を見せないと、母ちゃんが……
母ちゃんがッ!! ……」
<――決して裕福では無いのだろうが
それでも人並みの人生は過ごせていた“願い人”彼は――
“着信履歴:病院”
――と表示された“通信機器”を握りしめたまま
涙ながらにそう願って居た――>
………
……
…
「……成程。
“我欲”が故の願いでは無いか……しかし、困った。
君の願いを叶える為、今直ぐに君へ出会いを齎したとしても……」
<――そう言い掛け
直ぐに口籠った神は――
“願い人”である男性の母を見つめ、その“残された時間”を知り
圧倒的な“刻の不足”を憂いていた――>
「……これでも私は、君達人類から全知全能と呼ばれる世界の創造主だ。
故に君達の世界の理を逸脱する事も充分に可能な力は有している。
……しかし、それを行えば
君達の世界に何らかの不具合を齎す可能性も捨てきれないのだ。
多くの動植物とは違い、私の姿を模して作り上げた君達人間と言う存在は
世界を変えてしまう程の力を持っているのだから。
……“願い人”よ、心苦しいが君の“本当の願いを”私は叶えられない。
だが、それでも私は君の純粋なる願いを叶えたい。
其れは――
決して間に合う事の無い“不運”に君が滅気ず
失う“不運”に滅入り、全てを諦めてしまわぬ様
君の生命を……そして、君を想う母の気持ちをも失わせぬ為の“鎹”として
君の人生を誘う存在を君の元へと送り出す為だ。
――その為に
私は、君を“最良の出会い”に導こうと思う――」
<――瞬間
天高くに振り上げられた掌……唯、一度
大きく円を描いたその指先は“願い人”である男性にとって
人生最良と成る出会いを“ニ度”齎した――>
―――
――
―
「……もう一年か。
早い物だな、母ちゃん……
……俺、母ちゃんに孫の顔を見せられなかった事を今でも後悔してるんだ。
けど……さ。
多分、母ちゃんのお陰かな? ……俺が全っ然モテねぇからって
きっと……母ちゃんが出会わせてくれたんだよな!
じゃなきゃ、俺みたいなブサ男の所に
こんな“完璧な女性”が現れる訳が……」
<――墓前に立ち、照れくさげにそう言った“願い人”
彼の傍らには、彼の伴侶と成った女性。
彼女は、その細腕に赤子を抱えて居た――>
「ちょっと!? ……タケル君はとっても格好良いんだってば!
私、タケル君の奥さんになれて良かったって心の底から思ってるのに!
大体……世間でイケメンイケメンって騒がれてる人達に
私が何の興味も湧かない事はタケル君が一番よく知ってるでしょ?
私が“中身の伴わない人の事”を好きに成る事は無いんだから!
……分かったら、ちゃんとお義母さんに私の事も報告してよね? 」
「ご、ごめんマリエ……とっ、兎に角!
……そう言う訳なんだ母ちゃん。
孫の顔……遅くなっちゃったけど、ほら!
マリエに似てすげぇ可愛いだろ?! 」
「え~っ? タケル君にも似てて格好いいじゃん! 」
「い、いや……俺に似てると流石に……」
「ちょっとッ! また自分の事悪く言う~っ!
そんな態度じゃお義母さんに夢枕で叱られるよっ?! 」
「い゛っ?! 化けて出られるのは流石に怖いな……」
「……もうっ!
大切なお義母さんの事そんな風に言っちゃダメでしょ?! 」
「ごめんごめん! なんか照れくさかっただけだからさ! ……」
………
……
…
“……あんれまぁ!?
何だってアンタすっごい美人さんのお嫁さん貰ってぇ?!
しっかし……可愛い孫だねぇ。
ちゃんと責任持って、親の覚悟持って……何よりも。
沢山の愛情を持つんだよ?
……良いかい? アタシの愛情に負けない位
アンタも、持てる全ての愛情を注ぐ位の気持ちで育てるんだよ?!
……あっ!! 勿論、お嫁さんにもちゃんと愛情を持って接するんだよ?!
アンタの良い所を見てくれる最高のお嫁さんなんだから!
大切にしなきゃダメなんだからねッ?!
……分かったねッ?! ”
―
――
―――
「……天へと召された後
月に一度だけ“お盆”と言う時期にのみ
現世への帰郷を許される時間が霊体には存在する。
だが……君の側で笑う赤子の生まれがお盆である事は
私が何かをした訳では無く、唯の“奇跡”だ。
そして……今、君の側で決して直接は届く事の無い大きな声で
君の事を叱咤激励している母の愛は……紛れも無い“必然”だ。
しかし……私には母や父と呼ぶべき者の記憶が無い。
……何が起き、誰と誰が出会い
生まれ出る事が出来たかを知る事の出来る君達は
最上の幸せに包まれた存在であるのだと知って居て欲しい。
君達が享受出来るその幸せを、私は決して得る事が出来ない。
だからこそ私は……もっと多くの願いを聞き届け
もっと多くの君達を、君達の出会いと別れを見つめ続けていこうと思う。
その為にも、もっと多くの願いを聞き届けるとしよう……」
===第一〇話・終===
次回は6月18日に掲載予定です。