第一話「腹痛」
<――これは、つまらない願いばかりを要求される神様の奮闘記である。
叶えるべき願い……叶えるに値しない願い。
……大小様々な願いに耳を傾け
“願い人”達の姿を優しき眼で見守りながら、神は――>
………
……
…
「腹痛を止めてくれとか……知るかァァァァァァァッ! 」
<――ブチギレて居た。 >
………
……
…
「全く……まさかとは思うが、君達人間は創造主である私の事を
“整腸剤”か何かかと勘違いしてるんじゃないだろうなっ!?
本来、私に頼むべき願いとはその様な! ……」
<――日々、想像主たる神の元に届く数々の願いの中には
創造主たる立場からすれば何とも取るに足らない、所謂――
――“つまらない願い”も少なからず届く様で
今日も今日とて創造主たる彼……もとい、神は
そんな人間達のつまらない願いに“そこそこ”憤慨していた。
だが――>
………
……
…
「……お願いです神様。
今日だけは……今日だけはこの腹痛を止めて下さい……」
<――苦痛に顔を歪め、必死に懇願し続けていたスーツ姿の男性。
彼は尚も、そう“神頼み”していて――>
………
……
…
「いや、知らんって……厠に行きなさいよ。
それが“気体”であれ“個体”であれ
今直ぐ厠に行き、その身体から放出すれば全て……」
<――無論、直接語り掛けて居る訳でも無ければ
会話をしている訳でも無いのだが
“願い人”の姿が映し出されたその場所を眺めつつ思わずそう口にした神。
だが――>
………
……
…
「お願いです神様……っ……娘の門出を祝う……為ッ!!
……今まで……何一つ、親らしい事をしてやれなかった不甲斐無い私の
一世一代の“娘孝行”を……どうかっ!!! 」
<――苦悶の表情を浮かべ
必死に願って居た彼は、娘の門出を祝う為……大勢の前に立っていた。
大勢の列席者が集まる披露宴会場。
……手には娘への手紙、眼には涙を浮かべ
何度も汗を拭いながら、幾度と無く書き直したであろうその手紙を
娘の為、辿々しくも必死に読み上げているその姿に――>
………
……
…
「……済まなかった。
訂正しよう……断じてつまらなくなどは無い。
寧ろ、私は君の――
“大切な者の門出を祝いたい”
――と言う、純粋なる願いの温かさに気付いて居なかった様だ。
お詫びと言う訳では無いが
君の純粋なるその願い、私の力を以て叶えるとしよう――」
―――
――
―
「お父さんっ……っ!!
今まで沢山喧嘩もしたし……酷い事も沢山言ったけど……
……私はっ!
お父さんの……娘で居られて……本当に幸せでした……っ!
……お父さん、私が彼の元へ嫁いで行っても
私は何時までも……お父さんの……たった一人の娘ですっ!! ……」
「サ……サナエェェェェッ!!
と、父さんもずっと……お前の父さんで居続けるからなぁぁぁっ!! 」
「ちょ、ちょっとお父さん……もうッ!
……はい、ハンカチ。
って言うか、私より泣くの……卑怯だよ」
「す、すまんサナエ……父さん、やっとお前に
父親らしい事が出来た事に安心してな……つい泣いてしまったよ」
「ちょっと! ……私の手紙に感動したんじゃ無かったの?! 」
「ハハハ! ……ただの照れ隠しだ! すまんすまん! 」
「も~っ! お父さんったら~! ……」
―
――
―――
「……どの世界であれ、どの種族であれ
親の愛とは、何時の世も普遍的な物なのかも知れない。
しかし……彼らの想像主たる私には父や母と呼べる存在が居たのだろうか?
……私にその様な記憶は無い。
だが……少なくとも、彼らの様に互いを“想う”者達の姿は
護るべき、儚くも美しい存在なのだと分かる。
……どの様な願いも“つまらぬ”と切り捨てず
これからも全ての願いに耳を傾けなければ成らないだろう。
創造主として……生きとし生ける全ての者の父として。
だが、次の願いを聞き届ける前に……先ずは私も厠に行くとしよう」
===第一話・終===
次回は4月16日に掲載予定です。