三、私だけ
朝食を食べ終わって部屋に戻るなり、私はキャリーケースを開けて洋服を選んだ。
せっかくのイギリスということで、そこまで変な服は持ってきていなかったが、やはり男と一緒に歩くとなると、服選びも慎重になる。
私が選んだのは花柄のワンピースだ。
デートならぴったりだろう(向こうがデートと思ってくれているのかは疑問だが)。
約束の時間が迫ってきた。一通りメイクも済ませ、髪の毛も軽くブローしておく。
少しの間腰を落とすと、心臓がどくんどくんと波打っているのがわかった。
思っている以上に自分は緊張しているのだと気付いた。
ただ観光するだけだというのに、なぜ自分がここまで緊張しているのか、理解に苦しんだ。
壁にかかっている時計を見る。
あと三十分。
あと二五分。
秒針を見ているだけで、時の流れが遅く感じる。
こういう時だけは、待つ他に術がない。
「よし、そろそろだ」
私は約束の時間まであと十五分という所で部屋を出た。
早すぎず、遅すぎずという所だろうか。
しかし、ロビーにある時計を見て愕然とした。
なんとロビーの時計は、約束の時間の三十分前を指していたのだ。
私は急いでロビーにいる係に言った。
「ここにある時計は正しいですか?」
すると係は、つい先程合わせたばかりなので、狂っているはずはないと言った。
「どうなさいました?」
「いや、私の部屋の時計と時間が合っていなかったので、不思議に思って」
と私が言うと、係は申し訳ございませんと言って頭を下げた。
「すぐに直しに参りますので、部屋番号を教えていただいてもよろしいでしょうか」
係がそう言うので、私はこれから出かけるから、いつやってもらっても構わないと言った。
係はかしこまりましたと言って、その場を去った。
時刻はまだ二五分前を指している。
もしかしたら、彼はもっとゆっくり支度しているのかもしれない。
そう考えると、一人で勝手に緊張して準備したのが馬鹿らしく思えてきた。
とりあえずどこか座れる場所で待っていようかと場所を探していると、ポンポンと後ろから肩を叩かれた。
咄嗟に振り向くと、それは待ち合わせていた男だった。
「驚いたよ。二五分も前に来れば、待たせずに済むと思ったんだが」
「こちらこそごめんなさい。早く来すぎてしまいました」
私が慌てて頭を下げると、男は笑って顔を上げてくれと言った。
「君が謝る必要はないよ。むしろ嬉しいくらいだ」
「嬉しい?」
男はニヤッと笑った。
「君は私と観光するのが楽しみで早い時間から支度をしてくれたのだろう?」
私の憶測に過ぎないがね、と男は言った。
ずっとニヤニヤしている。
心が見透かされているようで嫌だ。
もちろん、それは気持ちの悪い笑みではないのだけれど……。
「君のことは何と呼べばいいかな」
と、男が聞いてきた。
そうか。私はこの男に名前も名乗っていなかったのか。
「アンナ。アンナと呼んでください」
私がそう言うと、男はうんうんと頷いた。
「それではアンナ。お手をどうぞ」
男が私に腕を出して見せる。
腕を組んで歩こうということなのだろうか。
「はい」
私はこれが正解なのかわからぬまま、男の腕に手を通してみる。
男は驚いた素振りを見せない。
これが正解だったようだ。
「さあ、行こうか」
男の言葉に、私は返事の代わりにうんと一回頷いた。
ザ、紳士。好きになりますね。
私にはきちんとした恋愛経験がないので、こういったのは全て妄想で書いています。
妄想でも許してください笑笑