小話 ドーちゃんのごはんタイム
ちょっとした小話です。気軽にどうぞ。
ある休暇日の夕方のこと。
試験勉強を終え、ぐっと伸びをした時だった。
『リリー、お腹空いた』
それは机上に置かれたドーちゃんの聲。
黒い布製の丈夫な表紙に、銀糸の小薔薇が散りばめられ、中央にはやや大きい琥珀色の宝石が埋め込まれた美しい手帳。
優美なその見た目からは想像ができないような、幼い少年のような聲が聞こえてくるのだから、最初の頃は違和感しかなかった。
「今日は何がいい?」
私が聞くと、ドーちゃんはパタンと白紙のページを広げた。
『青りんごがいい!今朝シルビアから聞いたら食べたくなっちゃって』
「わかった。ちょっとまってて、準備するね」
私は鉛筆と絵の具を準備した。
ドーちゃんの栄養源は私が描いた『絵』である。
食べ物の絵でなくとも、私が描いたものであればエネルギーが補給できるのだという。一日一度ほど私の描いた『絵』を食す。少し、いや、だいぶ変わったマギファクトである。
普通のアーティファクトは基本的にエネルギーを補充する必要はなく、少し消費しすぎた時は眠れば回復するものらしい。
ドーちゃんは、ジークお祖父様が若き日に作り上げた"手作りのマギファクト"である。中央の宝石が実は柑石と呼ばれる"魔石"であり、彼のマギファクトとしての核である。ドーちゃんはかなり強力なマギファクトであり、至近距離にあれば私の心が読めたり、私のエネルギーをほぼ使わずに念話ができたりとかなりなチート能力を多数兼ね備えている。機会があればまた紹介しようと思う。
私はドーちゃんが開いた頁に鉛筆でサクサクと下絵を描き、黄緑色の絵の具で林檎を仕上げた。
絵は得意ではなかったけれど、このドーちゃんのご飯タイムのおかげでそこそこの腕前になった。私がこの家に引き取られてからなので、かれこれ14年の成果である。
『いただきまーす!』
その聲と同時にサクッという音が聞こえ、絵のリンゴがかじり取られていく。
『美味しい!この甘酸っぱさがたまらないね!』
そう言いながらドーちゃんはリンゴを平らげていく。
絵のリンゴはみるみるなくなり、最後にはキレイに芯だけが残された。
そして芯はキラキラと光を発して消えていき、また白紙にもどった。
『リリーは絵がうまくなったね!最初は見るに堪えなかったけど』
「うるさいわね。ここまで描けるようになったんだから褒めてよ」
『ありがとう。僕のために上手くなってくれて、これってもはや愛以外の何物でもないね』
「はいはい、そうですね」
『主人に尽くす愛犬って感じ?』
「ねぇ、それってどっちが犬なのかしら?」
『もちろんリリ痛い!!いきなり閉じないで!優しくして!』
こうして、今日のドーちゃんのごはんタイムは終了した。