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1話 目立たず、好かれず、嫌われず

「ねぇ、聞いた?ーー子爵の次男が"グリモワール"を北の国から不法購入して捕縛されたらしいわ」

「聞いたわ、よくそんなことしたわよね。この国で魔術書だなんてご法度なのに」

「魔法や呪いなんてやっぱり受け入れられないわよね。と言うか、現代になってまだそんなものが存在してるなんて本当に信じられない」



そんなヒソヒソ声が聞こえてきた。



ここはコメートラント王国立図書館内の西館の端。司書実習中である私には彼女らの私語をやめさせる義務がある。が、その話の内容に思わず聞き耳を立ててしまう自分がいた。


彼女らは王国立ヒンメル学園の高等部の女学生達だ。たしか2個下の学年の、子爵だか男爵だかの令嬢たちで、何度か廊下ですれ違った記憶がある。


彼女らは私の存在に気がついていないらしく、そのまま話を続けていた。

「最近、なんだか不可解な事件も多いみたいだし、一体どうなっているのかしらね」

「ええ。それもこれも、北の国との交流が再開したからじゃないかしら。魔族と共存してた気持ち悪い国とは縁を切るべきだと思うのだけれど」

「しーっ、だめよ、国への不満は。万が一王族の耳に入ったら捕縛されてしまうわ。早くお目当ての本を見つけたら帰りましょう」


彼女らは話すのを止め、そそくさと去っていった。




彼女らの話は、何も誇張されたものではない。

このコメートラントは、建国から300年が経とうとしているそこそこの歴史を持つ王国である。魔法や不可思議と呼ばれる非現実的なものは受け入れられられず、怪しい動きを見せた者は軍によって簡単に捕縛される。それは貴族だろうが平民だろうが変わらない。死罪は国の法律で禁止されているのですぐ殺されることはないけれど、平民は死ぬまで炭鉱でこき使われ、貴族は地下牢で幽閉され気が狂って自殺するらしい。つまり、実質的な死罪というわけである。


北の国とは隣国であるノルデンベルギシア王国のことで、魔族と呼ばれる魔法を使えた種族と共生していた国である。元はこのコメートラントはノルデンベルギシアから独立し、そこから勢力を拡大していったという経緯がある。その後の大陸中の数々の戦争などにより、今では国土も立場もノルデンベルギシアに逆転している。

魔族に関しては、世界から魔法が消えてからは、ただの少数民族扱いとなり、今では誰が魔族の血を引いてるかわからないほどになっているという。


交流が再開してしばらくは反発や混乱があったものの、数年経った今ではノルデンベルギシアからの豊富な木材や石炭などの資源、美しい調度品の製造技術などによりコメートラントでも少しずつ受け入れる人が増えてきた。それでも、未だに"北の国"という差別的な呼び方をする者も多く、私としては内心で舌打ちをしている。

受け入れられないなら、その意匠を凝らした美しい食器類も使うなよとツッコミを入れたくなる。



私は銀縁の大きな眼鏡をくっと上げて気合を入れた。まだ実習時間、真面目に勤務しなければ。





それからしばらく本棚を整理していると、また彼女たちがやってきた。

まだ帰っていなかったのかと少し呆れてしまった。またもや彼女たちは私の存在に気がついていないようである。


二人は高等部の二年生。話題は進路先についてのようだった。

「私、もしも学園にいる間に婚約できなかったら、ここも就職先に考えているの」

令嬢の言葉に、もう片方の令嬢がぎょっとした顔をした。

「ほんとに?やめときなよ。ここ、"行き遅れの入口"とか言われてるんだよ?」

「それは聞いたことあるけど。私、本好きだし」

「一年司書養成の専門学校に通いながら実習をしなくちゃいけないのよ。しかも、その後数年は見習いだから他職より給料も低いし。よほど本が好きか何かない限りは女がこんなところに就職しないって。あぁ!ほら、あの先輩みたいに」

心臓が跳ね上がった。まさか私のことが出るのではと冷や汗が吹き出してきた。

「あぁ、えっと、あの大きな銀縁眼鏡に一つおさげの地味な先輩、、、」

ここにいるよ、とツッコミを入れたくなったけれど、ぐっと堪えた。心臓はなおもバクバクと大げさに仕事している。

「思い出した!シュベルトさんよ!リリー・シュベルト。あのレベルが行くところなのよ?おまけに、ここの女性用制服、色はともかく、スカートじゃなくてトラウザーズよ。信じられないわ」

「そうよね、、、やっぱり考え直すわ」


何かが刺さった。

いや、わかっている。わかってはいるけれど、言われるとやはり傷つく。

制服に関しては、私はトラウザーズで助かっている。脚立に上がる機会も多いし、この広い図書館内を動き歩き回ることも多いのでスカートではやっていけない。深緑色なのも実は結構気に入っている。


彼女らの言葉の中にあった、"行き遅れの入口"とはなかなか的を射た言葉だな、とも感心してしまった。


二人はまた話題を変え、次こそは出口に向かっていった。


私は大きくため息をついた。



この国の貴族、特に令嬢は在学中に婚約することが多い。ヒンメル学園はコメートラント国中の貴族の令息令嬢が通いに来るところなので、在学中にいい相手を見つけるのが普通である。

相手が見つからなかった、もしくはあえて断った令嬢たちはキャリアを積むためにそれぞれの分野の専門的な学校に進む場合が多い。


私のように。


言い訳させてもらうと、私にも婚約の話が出なかった訳ではなかった。しかし没落寸前の男爵家、しかも領地を持たない宮廷貴族に来る縁談など、20も歳が離れた子爵の後妻や、とある男爵家の"複数の愛人を持つという噂の三男"などであった。

両親は私の好きなようにしなさいと言ってくれ、どちらも丁重に断らせていただいた。そもそも私が伴侶を得るなど、考える気にもなれない。


私には伴侶に頼らず生きていくためのスキルが必要であり、趣味と実益を兼ねたのがこの司書という仕事だった。

覚えることも多く、よほど本好きでないと務まらないため、競争倍率は高くはない。しかも司書を希望するのはおとなしく勤勉な人が多いので人間関係にも困らない。私にとっては天職そのものである。


さらにこの王国立の図書館で働ければ、"趣味"に必要な書物にすぐに触れることができるのも魅力のひとつ。

ここで数年司書見習いとして働いて正式な司書となれば、万が一地方で暮らすことになっても食い逸れることはない。それほどまでに王国立図書館の司書見習いとは、司書界のエリートの卵なのだ。



数年働いている間にさらに知識を蓄え、お祖父様の仕事を手伝っていくのが夢であり希望である。




こうして、私、リリー・シュベルトの本日の勤務実習は終了したのだった。




勤務実習は終盤を迎えた。あと一ヶ月ほどのこの実習が終了すれば、後は最後の定期試験と実習レポートと発表会が終われば卒業となる。今のところは、この王国立図書館で採用される予定である。

そうなれば、正式な司書見習いとなり、今までは安易に立ち入れなかった持ち出し禁止書庫の整理もできるようになるので、"趣味"が捗ること間違いなしである。

あそこには古い書物や他国の資料がたくさんある。うまくいけば"シルビア"や"おじさん"についても調べられるかもしれないので、ワクワクはとまらない。



『ニヤニヤしてると躓くよ、リリー』

春風がそよぎ夕陽が煌めく帰り道、人気がない小路での声に私は少し頬を膨らませた。

「さすがにそれはないわよ。ドーちゃんは私のこといつまで子ども扱いするの?」

『君はいつまでもちびっ子リリーさ。お守りをしてる僕の身にもなってほしいよね』

「あら失礼ね。もう19歳の立派なレディーなのだけれど」

『そだね、"行き遅れの地味子さん"だも痛い!痛いから握らないで!』

「司書長に言われて結構気にしてるんだからね、ドーちゃん」

『すみませんでした!』


私は長年の友人とそんな話をしながら帰路に着いたのだった。





『おかえりなさい、リリー』

部屋で待ち構えていた彼女の優しい声に、安堵感がこみ上げた。


「ただいま、シルビア」


『ふふ。ほら、眼鏡を外して。つかれたでしょう?』

「はぁい」

『今日のディナーは貴女の好きな白身魚だそうよ。早く着替えなくちゃね』

「フライかしら、ソテーかしら」

私はそんな会話をしながら化粧台に銀縁の眼鏡を置き、髪を解いた。


限りなく平民に近い男爵家の部屋は、決して広くはない。それでも私にとってはふさわしくないほど最高の"お城"である。

数歩歩き、彼女の扉を開けた(・・・・・・・・)




シルビアは、クローゼットである。光沢のある鳶色の扉には流れるような美しい木目があり、ところどころにユリの花が彫刻された一点物。

孤児院にいた1年だけ離れていたけれど、生まれたときからずっと一緒にいる。

シルビアは私の親友であり、母であり、かけがえのない存在(ヒト)




私はいわゆる"モノ"と会話ができる。一定の条件があるので、すべての物と話せるわけではないけれども。


ちなみに先程帰り道に会話していたドーちゃんは特別な手帳である。


『ラベンダー色のスカートはどうかしら?可愛いリリーにぴったりだわ』

そう言いながら、シルビアはポールにかかった服たちを左右に押しやり、そのスカートだけを目の前に残してきた。その美しさに一瞬目を奪われつつ、私は頭を横に振った。

「いつの間にそんな服を?またお母様ね」

私は気を取り直して押しやられた方にあった黒いスカートを取ろうとした。が、うまく取れない。彼女が邪魔をしているようだ。

『本当は好きなくせに。そんなこと言ってるから地味子なんてあだ名がつけられるのよ?』

「いくらでも言わせておけばいいわ。って!なんで知ってるの?!」

思わずツッコミを入れてしまい、その隙にまた黒いスカートを退けられてしまった。やられた。

内緒にしていたはずなのに、なぜ彼女が知っているのだろうか。ドーちゃんがチクったのか。

私が机の上のドーちゃんを睨みつけると、シルビアが違うわと言った。

『ジーク様が愚痴をこぼしていったのよ。ハインツ様からそんな話が入ってきて、みんなやきもきしてるって』

「お祖父様ったら。わざわざシルビアに聞こえるように言わなくても。司書長はお喋りすぎるし、ハインツお兄様は心配しすぎよ」

私は頭を抱えた。

二番目の兄ハインツは王国軍所属の軍人であり、その上司がうちの司書長の双子の弟なのだ。王宮関連施設内の人間関係はものすごく狭いのである。

司書長は決して悪い人ではないけれど、少しデリカシーに欠けるところがある。まぁ、今まで司書に女性がいた事が少ないから扱いがわからないのかもしれない。


『ジーク様は心配なさってるのよ。大切な孫娘ですもの』


「ただの養孫なのにね」


そう、私はジークお祖父様ーー前シュベルタイン男爵ーーの本当の孫ではない。元は孤児院暮らしの冴えない少女だった。

『血の繋がりなんて関係ないわ。本当に、ここが素敵なお家でよかった』

「シルビアのおかげよ。貴女が助けを求めてくれたから、お祖父様が見つけてくれたのだもの」


それこそが、わたしがこのシュベルト家に、お祖父様の養孫として引き取られた理由。詳しくはここでは割愛するけれど、彼は私と同じくモノと会話できるという"異能"持ちなのだ。シルビアの"聲"を聞いた彼が孤児院を訪れ、私を養孫として引き取ってくれたのだ。お父様もお母様も娘が欲しかったと大歓迎してくれ、3人の兄たちも過保護なまでに大切にしてくれる。正直私にはもったいなさすぎる環境である。


私が知る限り、この異能を持つのは私達二人だけ。ちなみに私はお祖父様の隠し子や隠し孫と言うことはないらしい。自他共に認める"今は亡きお祖母様一筋すぎる男"なのである。

彼の異能は息子や孫たちには受け継がれなかった。

ここだけの話、お祖父様の異能について、今は私以外の家族は何も知らない。ずっとお祖父様とお祖母様だけの秘密だったらしい。

私はお祖父様の美術商としての仕事を手伝う傍ら、彼からこの能力の使い方を学び、会話ができるモノーー私達はアーチファクトと呼んでいるーーの聲に耳を傾けている。彼らの多くは人間と話がしたくてうずうずしているようで、様々な要求をしてくる。それを聞いて叶えることが私の趣味である。さっきも少し紹介したように、ゆくゆくはお祖父様の仕事を継いで、アーチファクトたちとのんびりと過ごすのが私の人生の目標なのである。


『みんなリリーが大好きなのよ。もちろん、私も含めてね。さぁ、このスカートにこっちのブラウスを合わせてお支度しなさいな』


シルビアは主張が激しいフリルの白ブラウスも寄越してきた。ラベンダー色のスカートと同様に買った記憶がないので、これもお母様の仕業に違いない。彼女は時々、私に似合うだろうとさっきのような服を買ってはシルビアの中に忍ばせている。いくら娘が欲しかったからといって可愛がりすぎである。というか、貧乏宮廷貴族が孤児院出身の養女にこんなに貢いではいけないと思う。


「シルビア、私は」

『やだぁ、扉が勝手に閉まっちゃうわー。もう他の服は取れないみたいー』

そうわざとらしく棒読みで言いながら、シルビアはポンっとさっきの服たちやパニエなどの下着類を投げて寄越すと扉を締め、ご丁寧に鍵までかけてきた。これは本当に開かないパターンである。

「この強情クローゼット!」

『何とでも言いなさいな。ふふ、お魚楽しみね』

「はぁ、、、」

私は肩を落とし、しょうがなく着替えることにした。

この屋敷に着替えを手伝うような侍女はいないけれど、自分の仕度に困ることはない。

普段からコルセットを巻くような文化はとうの昔に廃れたので、一人で着替えることは難しくはない。


家で雇っているのは執事と使用人料理人数名だけ。そのお給料もカツカツで払っている状態なので、文字通りの名ばかり貴族である。




着替え終わって、全身が映る鏡で自分の姿を見た。


首から上下を見比べれば、違和感しかない。

首から下は上品な貴族令嬢、上はマロンブラウンの緩い癖毛に同じ色の瞳をした、目に優しい色合いの女。体型は他の令嬢たちとさほどかわらず、これといった特徴はない。

どう考えてもアンバランスである。いつも通りの薄い化粧の顔は、いつもより華やかすぎる服に完全に負けていた。


顔の造りは悪くはない、はず。それでも、自分を出すことよりも異能を隠すほうが重要に思えて、自分に制限をかけ続けた。銀縁の大きな眼鏡もその一つで、本当は矯正する必要ないほど視力は良い。人間は主張の激しすぎるものに気を取られる生き物だから、あの銀縁のメガネに気を取られて私の顔など覚えてはいない。それが丁度いい、そう言い聞かせてずっと生きてきた。


本当は、シルビアの指摘通りラベンダー色のスカートもフリルのブラウスも嫌いではないし、むしろ好き。地味子だなんてあだ名も不本意だし、オシャレだってしたい。恋愛にだって本当は興味がある。けれど、目立って興味を持たれて目をつけられて、万が一能力に気づかれたりしたらひとたまりもない。結婚なんかしてしまったら、夫となる人に能力を隠しながら生きていかなければならない。冒頭で紹介した通り、軍に捕まり地下牢に放り込まれる危険すら、このコメートラント国ではあり得るのだ。

さらにはほう助罪なるものもあり、私が捕まった場合、匿っていた罪として家族全員が牢屋に放り込まれるらしい。恩を仇で返すことだけは絶対に避けなければならない。



私の日常生活はある意味命がけといっても過言はないのだ。



友人はいないわけではないけれど、彼女らも私の能力は知らない。友人にはすべて打ち明けたいの、などという甘えは持ち合わせていない。互いの命に関わるのだから、それは当然とも言える。



私のモットーは"目立たず、好かれず、嫌われず"。関心を持たれないことが生き延びるために必要なスキルなのだ。



私は髪を軽く編み直し、自室を出て家族の集う食堂に向かった。




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