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幽限會社 霊界データバンク  作者: 天川降雪
第二章
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その日のノルマである

 その日のノルマであるチェックエリアをすべて消化したころには、定時を少し過ぎていた。

 七月下旬ともなれば、まだあたりは明るい。孝士は臼山町の郊外を自転車に乗って、円島支社の事務所へと戻る途中だった。

 臼山町について詳しく述べておくと、総面積は約九〇キロ平方メートル。人口は四〇〇〇人足らずの田舎町である。かつて近隣にあった大きな漁港の後背地だったが、いまは漁業も廃れてゆるやかに過疎化が進行中。町の三方は森林と丘陵に囲まれ平地が少ない。平地の西側は日本海に面しており、その多くが住宅地だ。郊外に畑地があるものの、ほとんどは作物を自家消費する目的で使用されている。また北東の山地にはわずかに棚田も点在する。

 特産品は海藻のアカモクで、町花はリコリス。あとはなんだろうか。この町の目抜き通りはわずか数百メートル。寂れた映画館にスナックバーが二、三軒。高校を卒業した若者は翌日に荷物を抱えて余所の土地へ移り住む──なんていう具合だ。

 まさに絵に描いたような地方のド田舎といえよう。しかし上昇志向もなく保守的な孝士にとっては居心地がよい場所である。

 見慣れた町並みが夕暮れに染まりはじめるなか、孝士を乗せた自転車はすいすいと進む。家路に着く人々とすれちがったり、追い抜いたり。孝士は一日が終わろうとするこの時間が、いちばんすきだ。労働をしたという充実感があり、自分も社会の一員として生きている気がする。

 ──フッ、ニート時代の自分からはずいぶんと成長したな。

 などと考えながら、自転車が臼山神社のある町の外れにさしかかったところだった。孝士は急にブレーキをかけて、車道の脇に自転車を停めた。

 悪寒がした。

 どこか近くに幽霊がいるのだ。幽霊が視えるのに加え、いやなスキルを身につけてしまったと思う。妖怪アンテナじゃあるまいし。

 警戒しつつ周囲を見る。すると、右手のコンクリートで固められた法面の上に目がいった。小高く盛りあがった高台の斜面ところに、誰かがぽつんと座っている。

 あれだな。孝士は、自転車のハンドルのところにホルダーで取り付けてあるタブレットPCの電源を入れた。さらに地域巡回するときに使うルートナビを起動する。しかし、この場所にいる幽霊の情報は表示されなかった。

 ルートナビは霊界データバンクの自社製アプリケーションである。仕組みはこうだ。まず町のいろんな箇所に設置された霊子センサーが幽霊の反応をキャッチする。そしてその生データはいったん本社のメインフレームサーバーへと送られる。それから幽霊の脅威度や行動パターンを分析後、地域巡回スタッフの端末に情報として回される。ルートナビはその情報をタウンマップ化して視覚的にわかりやすく表示してくれるのだ。ゆえに霊バンの地域巡回スタッフにとっては必須のものであり、これがないと仕事にならない。

 みんなの町にも人知れず設置されている霊子センサーは、日に何度か幽霊の探知を行うシステムなため、リアルタイムの情報変化には弱い。あの新規の幽霊はどこか遠くの場所から移動してきたのか。それともここは町の外れであるから、霊子センサーの探知範囲では十分にカバーしきれていないのかもしれない。

 いずれにせよ、管理下にない野良幽霊がいるのは霊バンとして非常にまずい。今回は直接、幽霊と接触して調べる必要があった。

 孝士は高台へ登る階段を見つけると、そこまで自転車を押してワイヤーロックをかけた。土建屋が鉄パイプでこしらえた急造の手摺りにつかまり、階段をあがる。

 高台の上はなにもない草地だった。しかしつい最近に雑草が刈られたようで、すっきりとしている。幽霊が座っているのは斜面が急になる手前だ。孝士は草の匂いを吸い込みながら、そちらへ歩いた。

 近づいてみると、相手はフレアスカートにブラウスを着た女性の幽霊だった。両膝を抱え、背を丸めて座り込んでいる。年齢は孝士とそう離れてはいまい。ずいぶん若くして亡くなったようだ。

 そろそろ幽霊にはいくらか慣れてきた孝士だったが、話しかけるとなるとまだハードルが高い。躊躇し、何度も逡巡したあと、彼はようやく幽霊に声をかけた。

「あのう、すみませえん……」

 女性の幽霊はおどろいたように振り返った。そして孝士とは逆のほうへ首を回し、それからまた彼を見た。

「わたしですか?」

 自分自身を指し示し、幽霊は孝士にそう訊いた。

「はい、そうです。ちょっとお話し、いいでしょうか?」

「あなた、わたしが視えるの?」

「ええ。視えます。ばっちりと」

 ぎこちない笑顔で肯きながら、孝士は財布から自分の名刺を取り出した。それを見せると案の定、相手は戸惑いの表情となる。

「針村さんておっしゃるんですね。でもこの……霊界データバンクって、なんですか?」

「ごく簡単に言いますと、幽霊のことを調査する会社です」

「へえ。そんな仕事、あったんだ」

 ぽかんとした表情の顔をあげ、目を丸くする幽霊。淡く透き通った彼女は、ひどくはかなげな印象だ。孝士は幽霊や人間といった区別なしに、素直にきれいだなと思った。そんな相手からじっと見つめられては、彼の心拍数が一気に跳ねあがったのも無理はない。

「そ、そうなんですよ、びっくりですよね。あーいやでも、ぼくもまだこの仕事に就いたばっかりの新人なんで、よく知らないんですけどね、ハハハ……」

 その挙動不審ぽい孝士の様子がおかしかったのだろう。幽霊はストレートロングの黒髪をゆらしてくすくすと笑った。そして、

「じゃあ、わたしとおなじですね」

「え?」

「わたしも幽霊になりたてだから」

 そうだったのか。ならばルートナビに情報がなかったのは、タイミング的な問題だったのかもしれない。納得する孝士。

 そこで急に女性の幽霊がはっとなる。

「あっ、ごめんなさい。申し遅れました、わたし篠宮といいます」

「篠宮さんですか。ぼく、この地域を担当してるので、なにかあったら気軽にご相談ください。えっと、それで──」

 孝士はちょっと口ごもった。しかし、これはあとでデータにするので、仕事上どうしても知っておかなければならないことだ。

「なにか現世に未練があるとか、そういった感じですか? 幽霊になる方は、だいたい理由があってこっちの世界に縛られているのがふつうです。もしよかったら、お話しねがえませんか。なにかぼくのほうで手助けできるかもしれませんので」

 すると篠宮は孝士から目をそらし、顔を伏せた。

「そういうの、言わないとだめですか?」

「ああ、いえ強制ではありませんけど……」

「すみません。まだ、自分でも心の整理がついてないみたいで」

 言って、篠宮が腰をあげた。

「失礼します」

 こちらに会釈し、背を向けて立ち去る篠宮を孝士は黙って見送るしかなかった。

 仕方がない。いくら幽霊だとはいえプライベートな問題だ。孝士は踵を回した。そうして、彼もその日は事務所へ帰った。


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