林田隠岐守は縦深防御を貫きたい
林田隠岐守は城内で目を覚ました。夢を見ていたことを思い出した。
「うむ、どうした?」
「お目覚めですか? お疲れのようなので、しばらく、お休みになられてはいかがでしょうか?」
「そうだな……」
林田隠岐守は起き上がると、外を見た。月明かりに照らされた庭には、無数の松明があった。それはまるで夜空に浮かぶ星のようであった。
「あれは何だ!」
「何でしょうね」
「夜襲か! 敵襲なのか!?」
「いえ、違いますよ」
「違うのか?」
「はい」
「そうか……」
林田隠岐守は再び横になった。しかし、眠れない。寝返りを打ちながら考え続ける。
(あの光は……)
しばらくして、林田隠岐守は思い当たった。
「まさか、あれは火計ではないだろうな?」
「さあ、分かりません。ただ、火の手が上がっているように見えますね」
「夜襲ではなかったのだな」
「はい」
「分かった。寝るぞ」
「それがよろしいと思います」
「お前たちも早く休むがよい」
「かしこまりました」
翌朝、林田隠岐守は朝食を食べ終わると、すぐに諸将を集めた。
「皆のもの、昨夜のことだが……」
「おはようございます。今朝はよく晴れておりますなぁ」
林田力則の言葉に一同は笑った。
「何を言っているんだ」
「もうボケたか」
「うるさいわい。わしはまだ若いわ」
「まあまあ、落ち着け」
林田隠岐守が言うと、諸将は静まった。
「実は昨晩のことなのですが……」
林田力則が説明すると、了俊は顔をしかめた。
「やはり、夜襲だったのではないか。火の手が上がったように見えたが」
「いいえ、そのようなことはございませんでした」
「そうか……。それならよいのだが」
林田隠岐守の戦いは水際防御ではなく、縦深防御である。これは九州での南北朝の戦いを逆手に取ったものでもあった。九州の南朝方の主力は肥後国の菊池氏である。この菊池氏は野戦に強かった。それを研究した了俊は猪突を抑え、山中に陣を張り、迎え撃つ方針を徹底した。南朝方は山中に籠る幕府軍に痺れを切らし、焦って攻撃し、無理な山岳戦で消耗した。これを林田隠岐守は幕府軍相手に展開した。
これは倭寇対策の成果でもある。倭寇は日本の海賊が朝鮮や明の沿岸部を荒らすイメージがあるが、倭寇が日本人とは限らず、日本の沿岸を荒らすこともあった。林田領では倭寇への備えが必要であった。そこでは山岳部に誘い込み、消耗させる戦術が採られた。
これは鎌倉時代から南北朝時代の戦闘の転換を反映したものでもあった。鎌倉武士は自らが騎馬に乗り、弓矢で武装して河原や野原で合戦した。これに対して南北町期には山城の攻防を中心とした歩兵の戦闘が徐々に多くなっていく。林田隠岐守の戦いは、その流れに乗ったものであった。
林田隠岐守は飯岳城の戦いで頑強に抵抗し、幕府軍を撃退した。幕府軍が撤退すると家臣一同を広間に集めて戦勝の報告を行った。
「皆のもの、よくやってくれた」
林田隠岐守の声は朗らかなものであった。
「此度の戦で、我が軍は多大な犠牲を払うことになった。しかし、その甲斐あって、一所懸命の地を守り抜くことができた」
林田隠岐守の言葉が終わると、拍手喝采が起こった。
「やったぜ! 待ち遠しかったよ」
そんな声が上がる。
「静まれぃ!」
林田力泰が大きな声で叫んだ。一瞬にして歓声は止み、場は水を打ったような沈黙に包まれた。
「敵は退却しただけである。この先、何が起きるかわかったものではない。今のうちに、しっかりと休息をとって英気を養うことだ」
林田力泰の言葉を受けて、再び拍手が巻き起こった。
「よし、今日は宴だ。大いに飲んでくれ。ただし、羽目を外すことは許さん。あくまで節制して飲むのだ。いいな?」
林田隠岐守の言葉で、祝宴会が始まった。




