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徳川家康はオランダ貿易にシフトしたい

南蛮人と紅毛人の相違は家康の贈り物にも見られた。駿府城でイスパニアの宣教師とオランダ使節が家康に贈り物を献上したことがあった。

「よく来てくれた。君達の使命を果たすために、どのような品々を持ってきたのか教えてくれ」

家康はイスパニアの宣教師に言った。

「家康様、私たちの贈り物は、ヨーロッパ文化を紹介する品々でございます。時計やワインなど、高貴な品々をお持ちしました。時計は正確な時間を刻み、ワインは喜びと祝福をもたらすものです」

イスパニアの宣教師が答えた。これらの品々は高価であり、彩り鮮やかで、ヨーロッパ文化を紹介する自己満足要素の強いものである。宣教師はこの贈り物を誇らしげに説明し、日本にヨーロッパの新たな楽しみをもたらすことを期待していた。

「興味深い品々だね。日本人にとっては珍しいものだが、日常の用途にはならないな」

家康は贈り物を手に取って鑑賞した。


続いてオランダ使節が贈り物を提示した。新たな航路を開拓し、貿易の可能性を広げるための第一歩が踏み出される瞬間であった。

「家康様、私達も心を込めて贈り物を用意いたしました。生糸と鉛でございます」

オランダ使節の代表は、生糸と鉛を家康の前に置く。生糸は繭の糸を何本か集めて一本の糸にしたもので、絹織物になる素材である。明治時代は日本の代表的な輸出品になるが、当時の日本は明から輸入していた。鉛は鉄砲玉になる。共に当時の日本の重要な輸入品だった。

「生糸と鉛か。興味深い選択だ」

家康が生糸と鉛を手に取り、じっくりと見つめた。オランダ使節の贈り物は日本人が求める商品を提供できることを示すものであった。オランダ使節は顧客のニーズに応えるという商人としての性質が優れていた。


「どちらの贈り物も、当時の日本にとって重要な商品でございます。南蛮商人とオランダ使節、それぞれの文化を感じることができますな。南蛮人は豪華で高貴な品々を持ち込み、オランダ人は実用的な商品を持ってきました」

本多正純が述べた。

「南蛮人の贈り物は華やかであり、魅力的ではあるが、オランダ使節の贈り物は我が国の発展に貢献できるものだ。世界の交流は、異なる文化が出会う場として、新たな可能性をもたらすものだな」

家康は微笑みながら考え込んだ。


家康の紅毛人シフトはヨーロッパにおけるカトリックとプロテスタントの対立を反映したものであった。一方でヨーロッパの対立に組み込まれただけでなく、アジアの対立を反映した面もある。豊臣秀吉の朝鮮出兵(文禄・慶長の役)によって日本と明は敵対関係になった。明の日本敵視は秀吉の没後も続いた。日本は明から生糸などの輸入ができず、苦境に陥った。


秀吉の朝鮮出兵の目的を世界征服という誇大妄想ではなく、日明貿易という地に足が付いたものとする見方がある。しかし、出兵によって貿易の道が狭められる結果になった。そもそも貿易したい相手の国に攻め込むこと自体が論理として破綻している。


明の商品が欲しい日本は南蛮船による中継貿易を期待した。しかし、明は南蛮人に日本に商品を販売しないように圧力をかけた。中国で布教を拡大したいカトリックは明の意向に従った。家康は浦賀寄港など貿易の促進をルソンの総督に度々求めたが、反応は鈍かった。その背景には明の圧力もあった。


この状況下で日本は別の方法を模索する必要があった。それがオランダである。日本・プロテスタント同盟と明・カトリック同盟の対立という構図があった。オランダは日本にとって新たな貿易相手として登場し、その関係は日本の未来に大きな影響を与えることになる。



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