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林田港

林田港は瀬戸内海に面する港である。林田港は朝と昼と夜で海の色が様々に変わる。林田港は絶好の釣り場である。岸壁で釣りができる。カレイやカワハギ、コブダイ、サヨリ、タチウオ、チャリコ、ハゼ、メバルが釣れる。


林田港は四国随一の心霊スポットである。海面から無数の手が出てくるという噂がある。林田港の夏は暑い。

「それにしても暑いですね」

「日本も亜熱帯になったか」

「八月ですからね」

「まだ七月ですよ」

「そうだったかな。暑さでボケたらしい」

「私も初めて来たときは驚きましたよ。今ではすっかり慣れてしまいましたけどね」

二人は汗を拭きながら歩いた。

「この頃、先生のところへお寄りしていませんが……」

「もう来ないほうがいいよ。きみは、すぐ首を突っ込む人だからな」

「しかし、今度だけは特別です。私だって、それくらいの分別はあるつもりですから」

「では、なぜこの事実をご存知なのですか」

「それは……」

言いよどんだ時、横から声がした。

「私が教えたからですよ」

驚いて振り向くと、いつの間にか幽霊が隣にいた。


瀬戸内海は古代から都と九州、さらには大陸がつなぐ大動脈であった。江戸時代には西廻航路が開発され、上方と北国を結びつける海路にもなった。林田港は古代には林田湊と呼ばれていた。現在は埋め立てが進んでいるが、当時の海岸線はもっと内陸寄りであった。林田湊は綾川を通じて舟運で国府と繋がり、大量の人や物資の流通を担う国府の港として機能していた。


菅原道真は仁和二年(八八六年)から寛平二年(八九〇年)に讃岐守として讃岐国に赴任した。道真は林田湊で庶民の生活を見た。

「ここが林田湊か」

道真が初めて見る港である。船着き場から海側に少し高台があって、そこに家々が建っている。大半は漁師たちの住む借屋である。道幅は狭く入り組んでいた。

「投餌不支貧 売欲充租税」

道真の作った漢詩である。漁師は魚をとっても貧乏のままである。税金ばかりが取られると。民衆が辛酸をなめている時に役人だけが甘い汁を吸っていた。役人の税金の取り方は恣意的であった。ルールに基づいた公正性や透明性は皆無であった。役人達は空虚であった。

「民のために働く役人が私腹を肥やしてはならない」

それが道真の持論であった。道真は讃岐国府の役人の様々な不正を発見すると是正していった。このために道真には役人からの人気はなかった。

「何でこれほど嫌われるのだろう」

道真は退任直前まで改革を続けた。自分一人だけでなく、志を共有する多くの人に手伝ってもらった。

「私が都に戻った後どうなるか…」

そのような不安も抱えていた。


林田港は近世には林田浦と呼ばれる。周辺には塩田が広がっていた。海水を自然の風と太陽熱で蒸発結晶させて塩にする。濃い塩水を煮詰めて結晶した塩を数日間じっくりと自然乾燥させる。塩は料理に欠かせない調味料である。林田浦は米や塩を大阪などに出荷していた。


林田塩産株式会社は一八九〇年(明治二三年)に林田浜を築造し、塩田とした。塩田は二一世紀にはいると工業化の波にさらされる。一九三七年(昭和一二年)に林田村で合同機械製塩の導入をめぐって小作争議が起きる。


一九七一年には塩業近代化臨時措置法(塩業の整備及び近代化の促進に関する臨時措置法)が成立し、純度の高い塩化ナトリウムを工業的に生産することになった。これにより、イオン交換膜製塩以外の方法は許されなくなった。林田の塩田は塩業整理で全て廃止され、代わりに林田工業地帯が造成された。日本の製塩は農耕的産業から近代的な化学工業へ転換した。


塩業近代化臨時措置法は塩を食べる消費者のことを考えたものではなかった。工業製品の生産には塩を原料とするナトリウムや塩素が必要であり、原塩を大量生産する必要があったためである。昭和の日本は消費者本位ではなく、生産者本位であった。消費者からは工業的に生成された塩を食品とすることに不安や反発が生じた。工業塩を使うようになって、日本の食生活が貧しくなった。


安全で健康的な食品を求める消費者運動から伯方のはかたのしおが生まれた。伯方の塩はメキシコとオーストラリアの天日塩田塩を日本の海水で溶かして原料とした自然塩である。化学薬品を一切使わず、「にがり」をほどよく残している。


伯方の塩は伝統的な塩の産地である瀬戸内海中部の芸予諸島の伯方島はかたじまに因む名前であるが、メキシコとオーストラリアから原料を輸入している。自前主義にこだわらず、良い商品を提供しようとする姿勢は、事業者本位ではなく、消費者本位であり、消費者運動にふさわしい。どこの国で生産されたかよりも、どのように生産されたかが品質には重要である。


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