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小栗上野介は幕府の堤防

林田藩ゆかりの幕臣に江戸幕府勘定奉行・小栗上野介忠順ただまさがいる。林田藩八代藩主・建部政醇の娘・道子と結婚した。大変な愛妻家だった。政醇の別の娘・はつ子は旗本の蜷川親賢に嫁いだ。


忠順は文政一〇年(一八二七年)六月二三日に生まれた。早熟、雄弁で幼少時は、天狗と呼ばれていた。道子との結婚は嘉永二年(一八四九年)であるが、それ以前から林田藩とは交流があった。一四歳の時、建部政醇を訪れ、悠然とたばこをふかし、たばこ盆をたたきながら、「船を作り海外に進出すべきだ」と論じ、周囲を驚かせた。林田藩士らは忠順の自信に驚きつつ、将来どのような人物になるかと噂しあった。忠順は嘉永六年(一八五三年)のペリー来航以前より近代化を考えていた。


忠順の危機感の原点は阿片戦争である。英国は阿片を清国に売りつけ、国民を阿片中毒にした。清国政府が外国からの依存性薬物の輸入を阻止しようとすることは当然である。ところが、それをしたところ、侵略戦争の口実にされた。とんでもない話である。


現代に置き換えれば危険ドラッグの原料が海外から輸入されることを阻止できないという話になる。外国が阿片を持ち込み、日本人を阿片中毒にするのではないかという脅威は幕末の政治課題になる。


忠順は進歩的な知識を持ちながらも、幕府を崩壊から守る堤防になろうとした。

「病の癒ゆべからざるを知りて薬せざるは孝子の所為にあらず。父母の大病に回復の望みなしとは知りながらも実際の臨終に至るまで医薬の手当を怠らざるが如し」

幕府を回復の望みのない病気の両親にたとえた上で、それでも最後まで治療を諦めるべきではないと主張した。幕府の立て直しをすることは幕臣の義務である。ところが、21世紀の日本では医療でも、治療の差し控え、死なせる医療が横行している。忠順が知ったら嘆くだろう。

忠順は安政二年(一八五五年)に医師の誤診で父を亡くしている。現代風に言えば医療過誤被害者であった。忠順の言葉には父親が十分な医療を受けられなかった悔恨もある。


アメリカ合衆国東インド艦隊司令長官マシュー・ペリーが嘉永六年(一八五三年)に浦賀に来航する。忠順は異国船に対処する詰警備役となるが、攘夷が不可能であると再認識する。


ペリーは浦賀来航に先立ち、琉球王国を訪問する。圧倒的な軍事力を背景にしていたにも関わらず、ペリーは琉球王国の高度に洗練された文化に劣等感を覚える。まるでイギリス人から成り上がりのアメリカ人と見下されたような感覚であった。軍事力に頼らない高度な文化国家であった琉球王国の面目躍如である。琉球王国というユニークな国家が消滅してしまったことは人類レベルでは大きな損失である。


幕府の対米交渉は「泰平の眠りをさます上喜撰 たつた四杯で夜も眠れず」と詠まれたように砲艦外交に一方的に屈服したイメージが強い。しかし、主張すべきところは主張する外交交渉を行っていた。その成果が日米修好通商条約などの安政五カ国条約である。


安政五カ国条約では阿片輸入を厳禁とし、外国商船が一定数の阿片を持ち込んだ際は日本側が没収できると定めた。これによって列強は阿片没収を口実に侵略戦争を始めることは不可能になった。これで日本は救われた。安政五カ国条約は不平等条約として不評であるが、依存性薬物対策の点では評価できるものである。阿片戦争という問題意識に応えた条約になっている。


一方で治外法権(領事裁判権)という不平等条約は依存性薬物対策の点でも不都合が露呈した。依存性薬物の売人を日本の法律で裁けないという問題である。一八七七年(明治一〇年)にはHartley阿片密輸事件が発覚した。Hartleyは英国人であるため、英国の領事裁判法廷が裁いたが、「阿片は薬用」とするHartleyの主張を容れて無罪判決を言い渡した。危険ドラッグを「ハーブ」や「お香」と強弁して販売するようなものである。依存性薬物売人の論理は古今東西変わらない。


この判決は当然のことながら日本の世論を激昂させ、不平等条約を問題と認識させた。不平等条約改正と言えば一八八六年(明治一九年)のノルマントン号事件が有名である。ノルマントン号事件の風刺画は歴史の教科書にも掲載されている。しかし、鹿鳴館は一八八三年(明治一六年)完成であり、ノルマントン号事件以前から条約改正に動いていた。一八八一年の国会開設の詔も教科書では自由民権運動の文脈で説明されがちであるが、条件改正のために立憲君主制になる必要があるとの考えがあった。条約改正の端緒がHartley事件である。


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