地縛霊のトロイメライ2
ってな訳で、翌朝……と言うかもうお昼。二度寝が祟って寝坊していたあたしと凪は、ピポピポピンポンピポピンポーンとエンドレスに鳴り響くインターホンの音に叩き起こされることと相成った。
「な、何よこれ?!一体誰の仕業!凪!早くどうにかして!」
「はいはい。こりゃ間違いなく、あの娘だな。あの娘せっかちでさ」
「せっかちとか言うレベル?やってることがまるっきり小学生じゃない!」
「んにゃ……正確には小学生じゃなくて中学生」
「中学……生?ちょっと……ちょっと大丈夫なの?!」
「この業界、年齢は関係ないよ。特に『目』の良さってのは生まれ持ってのモノであることが多いし。彼女は俺が知る限り、最高の『目』を持ってる能力者さ。ま、経験浅いから能力にムラがあるけど」
そう言って玄関の鍵を開け、扉の取っ手に手をかける。
「そんな心配そうな顔しなさんな」
凪はそう苦笑して扉を開く。あたし、そんなに顔に出てたのか?
それはともかく、ガチャンと音を立てて開いた扉の向こうから現れたのは、中学生どころか小学生と見間違おうかと言うほど背の低い女の子。140cmにも満たない小柄身体の割に……胸が私より大きい……チッ。あの年であの大きさ だったら……いかんいかん。比べてみても虚しくなるだけだわ。
ブラウンがかった髪の毛をポニーテールに結んだ頭にキャップ型の帽子を被り、袖無しのダウンジャケットにデニムのミニスカート、黒を基調としたタイツと何故かバッシュといった出で立ちで、部屋のインターホンに指を乗せた体勢で小首を傾げて凪を見上げている。
パッチリと開いた二重瞼から覗くその瞳は、軽く青みがかった黒色で、光の反射の仕方によっては、仄暗くて音のない海底の世界を彷彿とさせる深く濃い藍色へと変化してとても神秘的だ。
その女の子が、凪の顔を見るなり口をとがらせ、不満を湛えた表情を作って口を開いた。
「凪っちおっそーい!ミオもう一分もここに立ちっぱなしなんだけど?」
「ゴメンゴメン。まだ寝てたんだ。と言うかずいぶん早いね。二時過ぎになるって言ってなかったっけ?」
「だっておにーちゃんが買い出し忘れて家に何もなくってさー。凪っちにお昼をご馳走になろうと思ったんだもん」
「相変わらずだねー。ま、こんなとこじゃなんだから中に入りなよ」
そう言って凪が招き入れると、彼女は遠慮の欠片も見せずに入り込みむ。
「ねー聞いてよ凪っち。おにーちゃんったら酷いんだよ? 今日はミオとお昼食べる約束だったのに、それを忘れて女の人と出掛けちゃったんだよー。可愛い妹置いて、よその女と出掛けるなんて酷い兄だと思わない?」
「お兄さんにはお兄さんのつき合いってもんが有るでしょう。まぁブラコンの君には面白くないだろうけどね」
「ブラコンじゃないし!単に一人じゃ何も出来ないダメ兄貴を心配してるだけだし!」
そう言ってぷいっとそっぽを向く彼女。それをブラコンって言うんだけどね。
そこでふと、彼女の視線があたしへと向けられる。
「あっ、あなたが凪っちの言ってた幽霊さんですね?」
「あ……う、うん。一応名前はアキってことになってるわ。今日は宜しくお願いします」
「あたしの名前は新垣ミオでーす。此方こそ宜しくです」
そう言って、ぴょこんと頭を下げる姿は、やっぱり小学生にしか見えない。本人には言えないけど。
「なんだ……最近、凪っちを合コンに誘っても断られるっておにーちゃんが嘆いてたけど、それってこんな美人な幽霊さんを囲ってたからなのね」
「そうそう。愛の告白までした身としては、この気持ちが成就されるまでよそ見をしてる余裕は無いんだよ。な、アキ」
「はいはい、そうでございますか」
「字面だけ見ると気のない返事なんだけど、そこまで顔を真っ赤にしちゃったら台無しなんじゃないでしょうか?」
「だぁ!言わなきゃ分かんないじゃない!」
「アキは表情に直ぐ出るからからかい甲斐があるんだよね」
「こんなに素直な幽霊さん、ミオ、初めてー」
「悪かったわね!分かりやすくて!って言うかやっぱりからかってたのね?!」
「好きなのはホント。告白を連呼するのはアキの反応が楽しいかぐばぁぁぁ……」
セリフを皆まで言わさず。あたしの放ったチョッピングライトが凪の左頬に突き刺さる。
「分かった。もうそれ以上喋るな」
「……照れ隠しで暴力振るうのはいかんと思う」
「いかんとかなんとか言う前に、霊体に殴り倒されるなんて不可思議をミオにも説明してほしーな」
「それは俺が知りたいくらい」
「凪っちにも分からないことあるんだねー」
「世の中分からないことだらけだよ。さし当たってはスマホの取扱いが分からない。どうやったらエロ動画見れるんの?」
「凪っち不潔ー」
「アンタ……未成年に何やらせようとしてんの……」
「じょじょじょじょ冗談だって……」
一瞬差し出しかけた自分のスマホを慌てて仕舞い、凪は部屋の中へと戻っていく。
「昨日のカレーが残ってるからこれで良い?」
「良いよー。凪っちのカレーって下手なお店より美味しいもん」
「カレーしか作れないけどね。んじゃ温めるからミオちゃんはちゃちゃっと霊視しちゃって」
「りょーかい。カレーのために頑張りますか」
そう言って、ミオちゃんはリビングまで来ると、一旦立ち止まって目を瞑る。そして大きく息を吐いてゆっくりと開いたその瞼の下から現れた瞳はうっすらと赤い光を放っていた。
彼女は頭を巡らしリビングにグルリと視線を向けると、次いで寝室やお風呂、トイレやキッチンと一通り見て回り、五分もかけずに戻ってきた。
「以上、霊視しゅーりょー」
「早っ!」
「ま、霊視と言えばカッコ良く聞こえますが、よーするに注意深く見るだけですから」
「そんなもん?」
「そんなもんです。一通り見せてもらいましたが……あっ!」
「お待たせー。今日のカレーはシーフードカレー。海老の頭を一緒に煮込むところがポイントだよー」
「やったー! ミオ、凪っちのシーフードカレー大好きなんだよねー! 食べよ、食べよ」
「え?霊視の結果は?」
「話しはいつでも出来るけど……」
「カレーには食べ時があるんです」
「ちょっと待てー!そんな中途半端じゃ気になるでしょうが!大体あたしカレー食べれないし!食欲をそそるスパイシーな香りが漂うこの空間で、美味しそうにカレーを食べる二人を黙って見つめさせるだなんて非人道的なこと……あんたらそれでも人間なの?!」
「ミオちゃんは福神漬け派だっけ?」
「最近らっきょもいけるよーになったよー」
「あんたら……聞けー!!」