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闇より舞い落ちるひとひら  作者: レムウェル
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未来へのファンファーレ5


 伊邪那美神から送られてきた映像……それは転生した後のあたしの姿……人として……全てを忘れて生きている自分自身の未来の姿だ。


 そう、本当に『全て』を忘れているのだ!


 あの部屋にいた頃から今までの記憶を全て……凪との記憶を全て失い、あたしは『紫藤亜紀本人』として生きていかなくちゃならないのだ!


「こんなの……こんなのってないよ!あたしは凪と生きていくために人間になりたかったの!それが叶わないんだったら、転生する意味なんて無いじゃない!」


 あの映像と伊邪那美神の憐れみの表情……そしてなにより、今まで感じていた漠然とした不安感と凪が何かを隠しているという確信が、あれが絶対の未来であることを確信させる。


 あたしがこのまま転生を果たせば、間違いなくあの映像の通りの未来がこの身に待ち受けているのだ!


 唖然とした表情のミオちゃんは、このことを知らなかったと想像できるけど、辛そうな表情で視線を反らしている朱美さんは、間違いなく知っていたに違いない。


 あの時聞いた凪と朱美さんの電話での会話は、このことに由来することだったのだろう……凪は転生後のあたしのことを、朱美さんに託したのだ。


 あたしは障壁に両手を突いて寄りかかりながら、ズルズルと滑り落ち、そのまま床に崩れ落ちて両膝を突く。


「酷いよ……酷いよ凪!」


 両手でドンッと障壁を叩きながらそう叫んだあたしの視線の先では、凪が胡座をかいて困ったような顔でポリポリと頬を掻いている。


 その左目は薄い膜が掛かっているように灰色に変化しており、瞳孔も開いて瞳としての機能を果たしていないのが伺える。


 あたしは俯きながら額を障壁に当て、震える喉を抑えながら何とか声を絞り出す。


「酷いよ……」


 涙が頬を伝ってポトリと床に落ちる。しかし霊体であるあたしの涙なんて、幻以外の何物でもない。涙は床を濡らすことなく塵となって消え失せる。


 このまま死のう……あたしは結局は幻でしかないのだ。この涙と同じく、塵となって消えるだけ……きっと人の記憶からも消えるは ず……。


 凪への想いと一緒に逝ければ、こんな中途半端な存在のあたしの『生』にも、きっと何か意味が生まれるはずだ。


 あたしはゆっくりと顔を上げ、弾けて飛びそうな自分の感情を抑えながら何とか口を開いて伊邪那美神に問い掛けた。


「伊邪那美神……あたしの身体を凪の左目に戻すことは出来ますか?」


『……可能じゃ』


「なら……それなら、その身体を凪に戻して、あたしを殺して下さい。凪の居ない転生に、あたしは何の意味も見いだせない……凪を好きだという想いを消されるくらいなら、あたしは死を選びます」


 あたしのセリフは、この場に沈黙をもたらした。


 ミオちゃんと朱美は口を噤み、伊邪那美神は、目を瞑って何かを考え込んでいるようだ。


 と、その時、それまで沈黙していた凪が、ため息を吐きながら立ち上がった。


「はぁ……こうなる事が分かっていたから黙っていたのに……」


『……それは男のエゴと言うものじゃ。真実を告げずに全てを自分の才覚のみで済まそうとするお主が悪い』


 自分のセリフにそう切り換えされた凪は、恨めしそうな視線を伊邪那美神に送りながら、更に深いため息を吐く。


「……だからこれは結局全部俺の我が儘なんだって……」


 そう訳の分からないことを言いながら、凪はあたしの前へと歩み寄る。


 あたしはゆっくりと立ち上がり、目の前で立ち止まった凪と真正面から対峙した。


「……凪、今まで有難う。でも……でも、このことだけは許せない!あたしの気持ちはあたしの物よ!例えあんた本人であっても、この『凪が好き』って気持ちは絶対に消させやしないわ!」


 あたしはそう怒鳴り上げる。そう……あたしは怒っていたのだ。あたしの想いを知っているくせに、その根元となってる想いを消し去ろうとした凪の行動が、あたしはどうしても許せない!


「アキ、あのな……」


「あたしは凪が好き!この想いを消されるくらいなら死んだ方がマシよ!」


 言い訳なんて聞きたくない!


「いや、だから……」


「あたしは『アキ』としての死を選ぶ!あたしはあたしの生を全うするわ!」


「……」


「あたしは、あたしの……ん?」


 無言で目を瞑る凪に追い打ちを掛けるように、あたしが再度言葉を紡ごうとしたその時、その手に握る短剣をすっとあたしに向けて突き出す凪。


「な、何ょうべしっ!」


 凪が突き出したその短剣を手前に引くと、あたしの身体が凪の方へと引っ張られ、そのまま障壁に圧し付けられた!


「んぐんぐうぐぅぅぅ!」


 流した涙のことも忘れてバタバタともがくあたしに、ため息を吐きながら凪は口を開いた。


「取りあえず聞け」


「ぷはっ!はぁはぁはぁ……い、いきなり何すんのよ!」


「だから取りあえず聞け」


「何を聞けって言うのよ!あたしは……」


「確かに!」


 あたしのセリフをそう声を上げて遮ると、凪は目を丸くしたあたしに向かってそのまま言葉を続ける。


「……アキと俺が一緒になれる確率は、限りなく0に近い」


「だったら……」


「でも!完全なる0じゃあない!」


「……」


 凪のその剣幕に呆気にとられ、あたしは言葉を失い立ち尽くす。


「アキがこのまま消滅してしまえば、俺がアキと一緒にいることは100%出来ない……でも、例え記憶を失うことになっても、転生さえすれば……確率が限りなく0に近いのは確かだけど……でも記憶を取り戻す事も、不可能なことじゃあないんだ」


「……」


「そもそも今回の転生で記憶を失ってしまう原因は、記憶を蓄積する役割を果たしていたはずの脳が存在しないことにある。アキの依り代になるはずだった肉体じゃあ、魂との結びつきが薄すぎてコピーが取れなかったんだ。だから、転生した暁には『紫藤亜紀』の記憶がダウンロードされることになる」


「それじゃあ、今の『アキ』としての記憶はどうなるの?」


「人格という意味ならば問題ない。人格は魂に依るからアキが肉体と結合すれば、『紫藤亜紀』ではなく『アキ』なんだ。ただ記憶となると話は別だ。記憶は脳に刷り込まれるから、『アキ』としてのコピーが無い以上、『紫藤亜紀』の記憶に頼らざるを得ない」


「……それじゃあ、やっぱりあたしは 『紫藤亜紀』として生きていく他ないんじゃない?」


「普通に考えればそうなんだけど、それでも人間の『想い』ってのは、もっとずっと複雑で強い物なんだ」


「つまり?」


「俺とアキの互いを想う気持ちが強ければ、もしかしたら記憶が甦ることもあるかもしれない」


「……」


「勿論可能性は低い。その上、直ぐに記憶が戻ってしまうのも駄目だ」


「なぜ?」


「あの肉体は……」


 そう言いながら、凪はあたしの肉体に視線を向ける。


「……あの肉体は、俺の左目を媒体にして作られている。だから、俺が近くにいると俺に引き寄せられて、アキの魂が、肉体に定着出来ない。俺の能力は強すぎるんだ」


「……」


「魂が定着できなければ元の木阿弥だ。こんなこと、2度3度と出来ることじゃない……俺は、アキの魂が肉体に定着するまで、アキとの接触を極力避けるつもりだ」


「……凪……」


「しかも!完全に定着できるか、やってみないと分からない。でも……俺は絶対諦めない。なにが何でもアキを俺のものにする。例え神が認めなくともやると言ったら俺はやる」


「凪……」


「俺は……」


「凪!」


「……」


「もういい……もういいよ……」


 凪の言葉を聞いてる内に、凪の心の奥底に秘められた感情が何であるか理解できた。


「もう……分かったから……」


 あたしの頬を涙が伝い、ポトリと床に落ちて消える。


 あたしは顔を上げ、真正面から凪の瞳を覗き見る。


 あたしの目に写ったのは、平静を装ってはいるものの、その瞳の奥では実は不安とやるせなさで揺れている1人の青年の姿。


 そうなのだ……実は凪は孤独に陥る自分の未来への恐怖と戦っていたのだ。


 記憶を失うあたしとは違い、凪は全てを受け入れ、全てを見守る事になる。それはつまり、あたしが記憶を取り戻せなくとも、凪には見守り続ける他に出来る事はない、ということだ。


 きっと、魂の定着そのものが確率の低いことで、更に言うなら例えそれに成功したとしても、あたしが記憶を取り戻すことは、それに輪を掛けて難しい事なのだろう。


 凪は全てをなげうって、孤独に耐えると言ってくれているのだ……それもあたしの為だけに。


「分かったから……あたし……凪のこと待ってるから……」


「……ごめん……こんな方法しか用意できなくて……」


 その言葉にあたしは首を振って応える。


「ううん……一番辛いのは凪だって分かった……あたしは凪を信じるよ……」


「……絶対に……絶対に、アキは俺が守ってみせる」


「……うん……」


「魂の定着も、何としてでも成功させる」


「……うん」


「記憶だって、俺が絶対取り戻してやる」


「うん」


「覚悟して待ってて。俺は絶対アキ……君を捕まえる」


「うん」


「捕まえたら……もう、何があっても離さない」


「うん」


「一緒にいろんな所に行きたいし、いろんなことをしたい」


「うん」


「勿論イチャイチャするし、エッチなこともたくさんする」


「うん……」


「子供は……」


「3人!……でしょ?」


「ああ……」


「早く来てくれないと、あたしオバサンになっちゃうんだから……高齢出産なんて御免だよ?」


「勿論!絶対に……絶対に俺はアキを捕まえる……例え神様が邪魔をしても……世界の全てが立ちふさがっても俺は力ずくでも、君を必ず捕まえる」


「……あたし待ってる……待ってるから……」


 涙が止めどなく流れて視界が歪む。でも、あたしは頑張って笑顔を浮かべて凪にそう答えた。


 あたしの視界の先で、凪も涙を浮かべてあたしを見詰めているのが、何故か、歪んだあたしの視界でもはっきりと確認できた。


 幾秒か後、凪は浮かんだ涙を拭ってキッと表情を引き締め、伊邪那美神へと視線を移した。


「伊邪那美神……儀式を進めて」


『承知した。……妾は邪魔などせぬがな……』


 苦笑を浮かべながら、伊邪那美神はあたしとあたしの肉体に右と左の手のひらをそれぞれ向ける。すると繋がった2つの魔方陣がじわりじわりと光り出す。


『ゆくぞ?』


 魔方陣が光で満ちると、伊邪那美神があたし達に向かってそう告げた。


 あたしは、一人一人に視線を向ける。


 朱美さんは、慈愛に満ちた笑みを浮かべて……


 ミオちゃんは、滝のように流れる涙を拭って……


 そして……凪はあのいつもの人好きのする……あたしが大好きな笑みを浮かべて……


 それぞれ頷きを返してくれた。


 あたしは、一旦目を瞑って深呼吸をし、目を開いてもう一度凪を見る。


 そして、伊邪那美神を振り返って頷きを返した。


「お願いします」


 伊邪那美神は、ニコリと笑みを浮かべ、両手を複雑に動かし印を結ぶ。


『……妾も……汝等の願いがいつか叶う事を願っておる……』


 そう言って、結んだ印をあたしの肉体に向ける伊邪那美神。すると、あたしの視界は歪みだし、急速に意識が遠退いていった。


「な、凪!」


 あたしがそう叫びながら、障壁に両手を突くと、凪はそのあたしの手のひらに重なるように障壁越しに両手を添え、目を瞑って顔を近付けてきた。


 それに合わせてあたしも目を瞑って顔を近付ける。


「「……」」


 あたし達は障壁越しにキスをする。


 それは温かみのない無機質な感触な筈なのに、何故かほんのりと温かい……。


 そして更に意識が遠退いていく。目を開けば、凪の姿が遥か遠くへと離れていた。


「凪……凪!あたし待ってるから!待ってるから!!凪!愛して……」


 そこで一気に視界が暗転し、あたしの意識はプツリと途切れた……。



 凪……待ってるから……

 あたしの大好きな……

 大好きな凪……


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