未来へのファンファーレ3
そして、その日の夜……あたし達は『紫藤亜紀』さんが入院していた病院の一室を借りて集まった。
メンバーは、あたしと凪、それと朱美さんとミオちゃんの総勢四名だ。キアちゃんとフェイちゃんは来てない。二人はあの場所からあまり離れらけないそうだ。
病室は殆ど物がなく、ベッドが一台隅に寄せられているだけだ。部屋の中央には、大きな円が描かれていて、その円の中に更に2つの円が並んで描かれている。
円の中にビッシリと文字が敷き詰められているところを見ると、これがあたしの肉体を作り出す儀式に使う魔方陣なのだろう。
「さてと……サクッと始めちゃう?」
軽い口調と態度の凪に、あたしはドギマギとしながら返事を返す。
「ちちちちちょっとたんま!まままままだ心の準備が……」
「いや……アキはどうせ見てるだけだから」
「ちちちち違くって!こ……これが終わればあたしは人間になれるんでしょ?」
「うん」
「だぁぁぁ!んな落ち着けったって無理な話じゃぁぁぁ!緊張すうぅぅぅ!」
「いや、だからアキは見てるだけだから、緊張なんてする必要ないんだって」
「そーゆー問題じゃないっしょ。アキさんは例え霊体であっても乙女なんだよ?」
「そうそう。でも凪に、その辺の微妙な乙女心を理解させようとしたって無理な話しなんだけどね」
「い、いや、乙女心の話じゃなくってね……」
ホントに生き返れるか心配なわけで……あたしがそう話を続けようとしたところで、ミオちゃんが頬を押さえてニコニコしながら遮った。
「アキさんは生き返ってからの凪っちとの生活を思い描いて緊張してるんだもんね」
「あらイヤらしい。きっと子供の数まで話し合ってるに違いないわ」
「……そうなの?」
「ちぃぃぃがぁぁぁうぅぅぅわぁぁぁい!」
そう叫びながら地団太を踏むあたしを囲んで、3人が笑い声をあげる。
それをあたしがぶ然と見ていると、一頻り笑い終えた凪が片目を瞑って口を開いた。
「あはは。そんなに気張りなさんな。俺が術を組み上げる限り、絶対に失敗なんかしない。アキがしなくちゃいけないのは……只、俺を信じることだけさ」
その台詞で、あたしの心の不安が、まるで朝霧が晴れるかのように、ぬぐい去られていく。あたしは頬が熱くなることを 自覚しながらも、笑顔の凪にコクリと頷きを返した。
ヒューヒューと口笛を吹いて茶化しに掛かる朱美さんとミオちゃん。
更に顔を熱くしたあたしは、回れ右をして背を向けて、2人の視線から逃れた。
これで少し緊張が弛んだのは確かなんだけど……それと同時に、あたしは朱美さんの心が幾分乱れていることに気が付いた。
悪意を感じる訳じゃない。
それはどちらかというと焦燥感……彼女の心に触れてあたしはさっきの夢を思い出す。
凪……ホントに……ホントに大丈夫なんだよね?
そう喉元まで出かかったけど、あたしはそれを押し留めた。
「それじゃあ儀式を始めるから、アキはその魔方陣の左の円に入って。朱美は俺のフォロー。ミオちゃんは、万が 一邪魔が入ったら困るから『目』を光らせといて」
「は、はひっ!」
「了解」
「らじゃー!」
あたしは慌てて魔方陣の中へと入り込み、朱美さんは凪の立ち位置とは反対の、魔方陣の向こう側へと移動し、ミオちゃんは目を瞑って能力を発動させる準備を始めた。
凪は魔方陣の正面に立って短剣を掲げ、あの人好きのする笑みを浮かべて口を開いた。
「安心しなよアキ。例えどんな障害があっても、俺が全て取り除いてやる。例え神に逆らうことになっても、全世界を敵に回すことになったって、俺が必ず人間としての『生』を歩ませてあげる。だから……アキは、只俺のことを信じてくれればいい」
凪の言葉に、あたしはコクリと頷いた。
あたしにとっては、凪があたしの世界の全てなのだ。凪の言葉を疑うことは、あたしの存在意義を疑うことに等しい。
でも……だからこそ……だからこそ、今の凪の言葉に引っかかりを感じるのだ。
事実、凪はきっとあたしを『人間』にしてくれるだろう。そのことを疑うつもりはない。でも……きっと凪は何か大切なことを隠している。
これは、只のあたしの勘にすぎないけど、でも確信をもってそう断言できる。
一体何を隠しているんだろう……あたしは思考を巡らすが、思いつくことは何もない。
考えられる事があるとすれば、それはこの儀式の中で凪が命を落としてしまう可能性なんだけど……いや、やっぱりそれはない。
もしそうならあたしにはきっと『分かる』だろう。凪は一体何を……
「アキ」
そんなあたしの迷いを見越してか、凪は苦笑を浮かべてあたしを呼んだ。
「言いたいことがあるのは分かるけど、今は儀式に集中して。想う事と願うことがこの儀式では力になるんだ。君の想いが強ければ強いほど……願いが深ければ深いほど、儀式の成功率はアップする。アキ……君は一体どうしたい?」
「……人間になりたい……」
「人間になってどうしたい?」
「人間になって……人間になって、凪と一緒に生きていきたい!」
あたしの言葉ににこりと笑みを浮かべ、凪は再び口を開いた。
「俺も同じさ。アキを人間にして……アキと一緒に生きていく。その為なら神様にだって喧嘩売ってやる」
今度は悪戯っぽい笑みを浮かべ、掲げた短剣をチリンと鳴らす。すると、魔方陣の外側の円が輝き出し、その光が徐々に中に描かれた文字をも埋め尽くしていった。
「招来……伊邪那美神……様式……神降ろし……術式……生命の創造……来たれ、死者の住まいし黄泉の国を統べし死の女王……」
凪の祝詞が進むと共に、魔方陣の光はより一層輝きをました。
そして、目を開けていられないほどの激しい閃光がこの場を埋め尽くしたその刹那、光は弾けて消え失せる。
そして、光が消えたその魔方陣の中には、いつの間にか一人の女性が佇んでいた。
突如として現れた謎の美女の姿に圧倒されたあたしは、口を噤んで思わず彼女を凝視する。
その姿は、例えるなら日本神話に出てくる女神様。
手先足先までをすっぽりと覆い尽くす白い羽衣に身を包み、髪の毛は綺麗に結い上げ金色の簪でまとめている。
身長は150cmにも満たない程小柄ながら、醸し出す雰囲気はかなり重厚で、この女性がただ者ではないということを、無知なあたしにも理解できた。
じっと見詰めるあたしの視線の先では、謎の美女がゆっくりと目を開き、凪の方へと視線を合わせ、薄く紅を塗った小さな口を開いてその美声を鳴り響かせた。
『なんじゃ、お主か。何用じゃ』
「聞かんでも分かるでしょ。それの上に召喚されたんだから」
呆れたように言葉を返す凪に、美女はニヤリと凄みのある笑みを返す。
『そう断じてしまっては面白味に欠けるであろう。物事には順序というものが存在するのじゃ。喚ばれたらからには問いを投げかけるのがこの世の慣わしと言うものではないか』
「はいはいはい」
美女のセリフに肩をすくめて返す凪。
すると、凪は唖然としているあたしに気付いたようで、この人が誰であるかを説明してくれた。
「この人は伊邪那美神だよ。そう言えば、昨日はこの姿は俺以外、見てなかったんだっけ?」
この人が伊邪那美神……
あたしは、ため息を吐きながら、彼女の御身に再び視線を戻す。
沸き上がるのは、幾ばかりかの恐怖と敗北感。この人を前にすると、全ての存在が霞んで見える気がするのだ。
あたしのそんな思いとは裏腹に、彼女は軽い口調で凪との会話を楽しんでいる。
『お主なら、妾の名を尊称抜きで呼ぶ事を許してやっても良いのだぞ?』
「有り難いお申し出だけど、伊邪那岐神に知れたら事だよ。絶対ブチ切れる。この先、彼の能力が借りれなくなったら困るよ」
『神をも恐れぬそなたでも、あやつの怒りは恐いと見える』
「あんたと伊邪那岐神はそっくりだ。プライド高く嫉妬深い。俺は嫉妬に狂った男の能力なんぞ借りたくはないんでね」
『くくく……違いない』
茶目っ気タップリにそう笑みを浮かべる彼女のその姿は、女性のあたしから見ても魅力的な姿だ。
あたしがその笑顔に見惚れていると、彼女は突然真顔に戻り、こちらにキリリと視線を向ける。
『さて……では、話を聞かせてもらおうか』
「は、はひ!?」
突然の切り替えについていけず、あたしは我ながら間抜けだと思える返事を返した。
「アキ、そんなに緊張するなって。神様っつったって、元は只の人間だから」
「へ?!」
『その通りじゃ。只、少しばかり長く意識を保っているだけじゃ』
凪のセリフに、彼女は苦笑を浮かべてそう相槌を打つ。
「そんなこと言われても……」
あたしが助けを求めるように視線を送ると、唖然とした様子で立ち尽くす朱美さんと、尻餅を突いているミオちゃんの姿が目に入った。
こりゃダメだと凪に助けを求めると、凪は苦笑しながら伊邪那美神との会話を引き受けてくれた。
「まぁ、ぶっちゃけこのアキの肉体を作り出したいって訳なんだけどね……」
凪はそう切り出して、今までの経緯を語り始めたのだった。
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