レクイエムは誰が為に15
風穴が完全に塞がると、鳴り響いていた絶叫もピタリと止んだ。あたしは、知らず知らずの内に握り絞めていた拳を弛め、目を瞑って大きく息を吐く。
その時、ドサリと音が鳴り響き、あたしは慌てて閉じたその目を開いた。
「っ!凪!!」
視線の先では凪が片手片膝を床に突き、力無く頭を垂れて肩で息していたのだ。
「凪!だ、大丈夫!?」
「ハァハァハァ……あぁ……ちょっとダメ……かも……」
そう言うと、凪はそのままうつ伏せに床へと倒れ込んだ。
「凪!しっかりして凪!」
「ハァハァハァ……今日は大技、いくつも使ったからね……もう限界みたいだ……」
凪は青ざめた顔で珍しく弱気になことを言った。
「凪……ちょっと休めば大丈夫……だよね?」
「ハァハァハァ……いやぁ……今回はちょっとヤバいかも……ハァハァ……黄泉比良坂はやりすぎだったなぁ……」
「そんな……そんな!凪!しっかりして!」
「ハハ……心残りがあるとすれば……アキに怖い思いをさせちゃったことかな?」
「心残りって……そんな縁起でもないこと言わないでよ……」
はらりと落ちる涙を拭いながら、あたしは凪の言葉に首を振る。
「ハァハァハァ……ごめんねアキ、怖い思いさせて……」
その顔から次第に精気が抜けていく。あたしはその現実が受け入れられず、駄々っ子のように更に激しく首を振った。
「こ、怖くなんかなかったもん!凪やることをあたしが怖がるわけないじゃん!」
「いやね、俺としては、あんな殺意に満ちた自分を、ホントならアキには見せたくなかったんだけどね……」
そう言って凪は静かに目を閉じる。
「いや……いやよ!凪!しっかりして!どんな時だって、凪が凪であることには変わりがないよ!あたしは凪の全部が好きなの!いつものおちゃらけた凪も……時々見せるさっきみたいな怖い凪だって……みんなみんなあたしは好き!だから……だから死なないで凪!」
凪はあたしの呼び掛けに、気だるそうにもう一度目を開き最後の力を振り絞って仰向けに寝転がると、傍らで膝を突いて見下ろすあたしの頬に軽く手を掛け口を開いた。
「ホントに……僕のこと好き?」
「好き!」
あたしは、頬に当てられた凪の手に触れ、そう即答する。
「怖くないの?」
「怖くなんかない……あたしが凪のこと、怖いだなんて思うはず無い!」
「そっか……良かっ……た……」
凪はそう言って満足そうに微笑むと、ゆっくり瞳を閉じる……。
「な……ぎ……」
あたしの手からスルリと抜け落ちる凪の右手……。
「凪!凪ぃぃぃ!」
力尽き倒れた凪の傍らで、あたしは凪の胸に取り付いて泣き崩れる。
何で……何でなのよ凪!あたしを生き返らせてくれるんじゃなかったの?!あたしを置いていかないでよ!
「凪ぃ……いやよ……いやよ、いやぁぁぁ!あたしを置いていかないで!凪……凪ぃぃぃ!」
「は~い♪」
泣き叫ぶあたしの呼び声に答えて、何ともお気楽な返事がこだまする。その声に、ビクリと肩を震わし慌てて顔を上げた。
「……はへ?」
「は~い♪いやぁ、アキに嫌われてなくて良かった良かった♪あんな殺気だった俺を見たら、ひかれちゃうんじゃないかって心配だったんだよね」
凪は何事もなかったかのように立ち上がると、にっこり笑って伸びをする。
「んん~っ!いやぁ疲れた疲れた。やっぱり『黄泉比良坂』は、体力使うよ」
肩を回したり、首を回したりと、何とも憎たらしい小芝居を打ちながら朱美さん達が集まっている所へと歩みよる。
「ん~……えぇと……」
よく見ると、朱美さん達は、今の騒動には加わらず、『紫藤亜紀』さんの肉体の元に集まって、なにやら真面目な顔で話し合っていた。
「……ん?あら、もう終わったの?」
歩み寄る凪に気付いた朱美さんが、『あら、今夜の晩御飯はカレーなの?』みたいな軽い口調で凪ぎにそう問いかけた。
「ん~アキは僕のことを好きなんだってさ。いや~良かった良かった」
「何を今更……」
げんなりした顔でため息を吐くと、朱美さんは再び亜紀さんの身体に視線を戻した。
「あ、あのぉ……」
「ミオちゃ~ん。アキが僕のこと好きなんだってさ」
「ハイハイそれはよー御座いました。つーか、んなこと今更って感じっしょ?それより早くこの後どうするか決めなくちゃ」
自慢げに話し掛ける凪を煩わしげに、蠅でも払うかのように手を振って追い払い、ミオちゃんも朱美さんと同様亜紀さんの肉体の方へと視線を向ける。
その傍らではキアちゃんとフェイちゃんが腕を組んでうんうんと頷いていた。
「え、え~と……」
「ちぇっ……この喜びを分かち合おうと思ったのに……」
「何で私らが、他人の幸せに喜びを噛みしめなきゃなんないのよ」
「時と場合を考えてやってよ凪っち」
「やだねぇ~、心に余裕のない人達は……」
首を傾げて肩をすくめる凪の様子に……
「いい加減にしろぉぉぉ!一体全体どういう事なのさぁぁぁ!」
とうとうあたしの堪忍袋の緒がプッツリと切れたのだった。
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