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闇より舞い落ちるひとひら  作者: レムウェル
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地縛霊のトロイメライ1


 ふと気付くと、無限とも思える暗がりの中で、あたしは1人ポツンと立っていた。辺りを見渡しても、動くものは人っ子1人どころか、のら犬やのら猫、トンボや蝶、風にたなびく草花なんかも含めてなにも見当たらない。


 これは夢だ。この部屋で目覚めて以来、何度となく繰り返されてきた悪夢の始まり。暗闇の中で、否応無しに突き付けられる孤独感に苛まれ、最期は魂を擦り切らせて人知れず消滅するところでいつもハッと目が覚めるのだ。あたしは抑えることの出来ない……慣れることの出来ない恐怖感に耐えるため、両手で自分の身体を抱き締める。


 しかしそこで、いつもとは違う光景が目の前で繰り広げられ始めていることに気が付いた。


 暗がりの中にほんのり薄く、温かな光が刺しているのだ。


 あたしは唖然としながらもその光に向かってゆっくりと歩き始めた。


 一歩一歩近付く度に、光は激しさを増していき、それに伴って心を覆い始めていた恐怖心が少しずつ軽くなっていく。


 あたしは気付くと走り出し、目前へと迫ったその光の中へと飛び込んでいた。目蓋を開けることが出来ないほどの光の奔流の中を走り続けていると唐突にその光が途切れて、次の瞬間これまた唐突に夢から覚めたのだった。





「へにゃ?」


 ハッと目蓋を開いて飛び込んできた光景に、あたしの口からは、自分でもどうにかなんないのかと思う奇声がポロリと飛び出した。


 初めは変質者が入り込んだのかと思ったけど、なんとまぁ、先日から同居している男――鈴本凪が間抜けな顔で眠りこけてる姿が飛び込んできたのだ。まぁある意味変質者か。


「っ!? ひぐ……」


 危うく叫び声を上げるところだったけど、とあることに寸前で気付いて何とか抑えこんで飛び退いた。あたしは居間で寝ていたはずなのに、ここは凪の寝室で、どう言い訳してもあたしがここに押し掛けてきたようにしか見えないだろう。


 それを知ったらこの男は、これ幸いと愛だ恋だと騒ぎ立てるだろうことは目に見えている。ハッキリ言ってウザい。全く、自分の寝相の悪さにうんざりだ。


 あたしは凪に気付かれないように、そっと部屋から抜け出した。勿論、幽霊のあたしにドアを開けることなんか出来ないから、壁をすり抜けてだ。居間のソファーに横になると、ふうと大きく息を吐く。当然あたしじゃ実際にソファーで横になれる訳じゃないんだけど、気分だ気分。こんな風にソファー横になったように見せるのも結構技術がいるんだよ?


 ホントならここでコーヒーの一杯でも飲みたいところだけど、さすがにそれは無理だよねぇ。


 あたしは大きくため息を吐きながら身体を起こすとソファーに座り直し、さっきの夢のことを考える。


 あたしは、今まで見続けていたあの悪夢は、現実へと繋がっていると思っていた。あの夢の中に自分の死の真相に通じる何かが潜んでいるものだと思っていたのだ。


 でも今日の夢はどうだろう。あれはどう考えてもあたしの願望を反映させているとしか思えない。


 あの、鈴本凪があたしの前に現れて一縷の望みが生まれたことで、今まで見続けてきた悪夢があんな形に変わったんじゃなかろうか。


 出会ったばかりの時と比べれば、あたしの凪への印象は悪くない。やたらと愛だ恋だと連呼するのを除けば、話してみると悪い奴じゃないみたいだし、何よりあたしをこの部屋の呪縛から限定的であるけど解放してくれたからだ。


 実は、あの日アイツの言葉を受け入れてから、アイツと一緒であればこの部屋から外に出れるようになったのだ。あれほど感じていた強迫観念を、何故か凪が側にいるときに限り感じなくなったからだ。


 それから何回か試しに自分一人で部屋から出ようとしてみたんだけど、それはいずれも失敗で、心が恐怖と焦燥に包まれてしまって身動きが取れなくなってしまった。


 それでいてアイツが側にいるときにはそれがないんもんだから、アイツは運命だの赤い糸だの騒ぎ出してかなりウザかった。きっとこれは、アイツが霊能力か何かを使って何とかしてるんだと思うんだけど、なんの知識もないあたしにはそれを見破ることなんて出来るはずもなく、ウザいのを我慢してこっぱずかしい言葉の数々を聞き流すよう努めている。


 短気なあたしが聞き流す……それほど外の世界は、あたしにとって魅力的だった……いや、魅力的と言うより魅惑的と言った方が正しいだろうか。


 この、1LDKの狭い空間から飛び出したあたしを待っていたのは、どこまでも広がるこの広大な風景……暖かな太陽や美しいお月様、優しく流れる春風にそれにそよぐ草花たち、建ち並ぶビルやその間を縫うように走るアスファルトの道でさえ、あたしを優しく包み込み、喜びと……そしてある種の寂しさをあたしの心に流し込んでくれたのだった。


 毎日壁しか見ていなかったあたしには、目に映る全てが新鮮で、そして心に滲み入る暖かな存在だ……だけど同時に、全ての存在に壁を感じてしまうのは、既に生者ではないあたしにはやむを得ない事なのだろう。その事を残念に思う気持ちも無いではなかったけど、それを上回る感動があるからアイツの言葉も聞き流せる。


 でも、目の前にある幸福に、軽く触れることさえ許されない存在であるのは確かなわけで……そんな今の『あたし』という存在を……アイツは……鈴本凪は……。


 正直な話し、悪い気はしない。孤独の中で消え失せるはずだった運命から救い出してくれた上に、嘘か本気か分からないけど告白までされたのだから。


 だからあんな夢を見たのだろう。こんな嘘のようなお話しが、真実であるようにと願うあたしの心が見せた夢……あ、別にあたしがアイツのことを好きになったってわけじゃないからね!単に感謝するようになったってだけで……その辺勘違いしないよーに!



 ガシャ--



 その時、唐突に寝室の扉が開いて、その悩みの一端を担うご当人である鈴本凪が眠そうに目をこすりながら出てきた。


 思考の深みにどっぷりハマっていたあたしは、すぐさま反応できずに業務用冷凍倉庫に吊される冷凍マグロのようにカチンコチンと凍り付く。


 凪は、手探りで部屋の照明のスイッチを見つけ出し、パチンとONにした。言うまでもないけどあたしじゃ照明は点けられないんだよ。


「ふあ~……ってアキ?!ビックリした~。お化けかと思ったよ。この時間に起きてるなんて珍しいね?」


 カチンコチンなあたしを怪訝に思ってのことだろうそのセリフに、ようやく落ち着きを取り戻したあたしはコホンと咳払いを一つ入れて言葉を返す。


「な、何でもないわよ。ちょっと目が覚めただけ……って言うか、あたし一応お化けの類いなんだけど?」


「だから俺にとっては……」


「あー!その先はもう良い!……アンタこそどうしたの?一旦眠りに入ると地震がこよーが、パトカーのサイレンが鳴り響こうが梃子でもおきないアンタこそ、こんな時間に起き出すなんて珍しいんじゃない?」


「いや~、夢見が良くってさ。アキが突然俺のベッドに入り込んで、抱きついてくる夢見たんだよ」


「……」


「ここまできちゃうと自分でも呆れるけどさ~。やっぱり愛だよね~、愛」


 押し黙ったあたしの様子に気付かなかったのか、凪はまた色ぼけ発言を口にしながら両手を軽く広げて肩をすくめるジェスチャーを入れる。


「んで、その幸福に浸ろうとしたところで何故か目が覚めちゃってね。咽も乾いてたから水でも飲もうと起きてきたってわけ。んで、世にも珍しい睡眠をとる幽霊さんはこんな時間にどうしたの?」


「……それ、この間も言ってたけど、そんなに珍しいことなの?」


 それと言うのは幽霊の睡眠のことだ。ルームシェアするようになって、あたしが夜になるとソファーで寝てる姿を見て絶句してたと思ったら、指差して笑いやがったんだコイツは。


「珍しいと言うより有り得ないことなんだよね」


「有り得ないって……あたし前から夜は寝てたけど?」


「よく考えてみなよ。幽霊に睡眠をとる必要があると思う?」


「幽霊だって夢見る時間があったっていいじゃん」


「そうじゃなくてさぁ……例えば人間は何で睡眠をとると思う?」


「必要だからでしょ?」


「その通り。必要だから寝るんだ。人間、何日も寝ないと死んじゃうんだよ」


 そこまで言われて凪が言いたいことをようやく悟る。


「……つまり、あたしは何のために睡眠をとってるかって言いたいの?」


「そう。アキは夢を見るって言ってたろ?夢を見るってことはアキの睡眠は形だけのものじゃなくて本物だってことだ。本来なら眠る必要のないはずのアキが睡眠を必要とする理由を探れば、アキのルーツを探ることに繋がるだろ?この部屋には手掛かりがある可能性は低そうだし、他の方向から探ろうと思ってさ」


 実はこの間、早速この部屋の管理をしている凪の知り合いの不動産屋に話を聞きに行ったんだけど、結果は芳しくないものだった。芳しく無いどころか、この部屋には手掛かりが無いという事実を突きつけられたのだ。


 このマンションはあたしが目覚めたその当時は新築で、実はこの部屋の最初の住人はあたしだったってんだからお笑うしかない。あたしが幽霊騒動を引き起こした所為でこの部屋も買い手がつかずに借りに出されてたってわけ。


 それならと、建設中の事故とか隠蔽された犯罪とか色々考えてみたんだけど、いずれもその可能性は低いって話だった。思い起こしてみれは、いつだったかこの部屋の壁を壊して何かないかと(ようするに死体でもあるんじゃないかって)確認してたな、あのイケメン不動産屋さん。


 凪の『霊視』とやらにも引っかからず、結局はこの部屋からは何も見つからないとの結論に達したってわけだ。


「霊がその場に止まるには何か理由があるんだけど、ここまでその痕跡が無いとなるとねぇ……」


「アンタの実力不足で発見出来ずって可能性は?」


「なくもないよ?今度知り合いで一番『目』がいい能力者連れてくるつもり」


「今度っていつ?」


「明日……いや、もう今日か」


「それを今度とは言わん」


「放浪癖のある娘でようやく昨日連絡取れたんだ」


「ほうほう……娘ってことは女の子ですかい。ほほーう」


「そんな汚職事件で頭下げてる政治家でも見るような目で見なくとも、俺の心は君に対して清廉潔白だって」


「んなこと聞いてないし!」



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