レクイエムは誰が為に9
「……死者をも統べし汝が能力を我が元へ!」
朱美の唱えたその言霊に、俺はハッとなって顔を向ける。視線の先では、呪符が放った雷光をその身に受け、『神降ろし』を図っている朱美の姿があった。
あの馬鹿……
俺は心の中でそう舌打ちをする。
あまり知られていないことだけど、俗に人々に『神』と呼ばれている存在は、実は崇め敬うほど崇高な存在じゃあない。何故なら一般的に広まっている神々というやつは、実は強大な能力を持った時代の権力者達であったからだ。
他人にはない……しかも現代では考えられないほど強大な能力を持って世の中を統べていた能力者達が人々から敬われ、やがて神と崇められるに至ったって訳だ。
確かにその能力は強大で、肉体をも凌駕して精神体となって永遠の刻を生きるようになった彼らを俺らと同列に扱うべきではないのかもしれないけど、俺からすれば、生と権力にしがみつく、只の人間となんら変わらない存在なのだ。
特に今、朱美が喚び出した伊邪那美は、強大な能力と深い慈愛の念を持っている反面、かなり嫉妬深い側面を持っていて、扱いには注意が必要な神の1柱だ。男絡みだと、伊邪那岐との確執の事もあって暴走する可能性が高いから本当だったら『神降ろし』には向いてない。
見てると、案の定制御するのに苦労して……っ!
『妾ニ宿リシ雷ヨ、裏切リ者ニ死ヲ供エシ接吻ヲ!』
「あっさり乗っ取られてどーする!」
右手を振るって雷を放ってきた朱美……いや、伊邪那美を見て、俺は毒づきながらも慌てて鈴を鳴らして結界を張り巡らさせた。
『伊邪那岐メェェェ!』
過去のいざこざをこの場に……しかも赤の他人の前で持ち出さないで欲しいなぁ。雷を結界で受け止めながら、心の中でそう溜め息を吐く。まぁ、全くの赤の他人って訳ではないけどさ。俺の能力は、伊邪那岐に起因する物が多いしね。
さて……どうしたもんかね。伊邪那美が能力を振るっているとは言え、朱美だって只の人じゃない。この業界でも五本の指に入る極めて優秀な能力者の1人なのだ。
だから今は、伊邪那美も完全には朱美の身体を支配し切れてはおらず、術の威力も10分の1以下だから何とか抑えることが出来てる――それでも一般の術士にしたら規格外の威力だけど。それが完全に支配したらこの空間自体跡形もなく消え去ってしまうだろう。いや、それよりも、このまま戦い続けてたら、ここが崩れてみんな生き埋めになっちゃう方が先かな?
そこでふと見ると、伊邪那美の瞳から朱美の意志が見え隠れしていることに気付いた。さすがは朱美。伊邪那美に取り憑かれてもきっちり自我を保っている。それどころか、あれなら隙があれば逆に 伊邪那美の能力を取り込むなんて事も有り得るかも……でも、そいつはマズいんだよなぁ……。
伊邪那美の能力を宿したまま現世にいると、朱美の肉体がそれに耐えきれずに衰弱しちゃう危険もある。
何より……あの馬鹿の場合、俺を殺して自分も死ぬ何てこと言いかねないんだよね。責任感が強いのは結構な事だけど、先走った揚げ句に勝手に思い詰めて暴走するのは止めてもらいたいもんだ。
朱美は僕にコンプレックスを持っていて、対俺に関する限り、自分自身に自信が無くなっちゃう傾向がある。だから今回みたいな事があると、自分の命を軽く見た行動を取って、俺を困らせるんだ。
あいつは分かっていない。俺にとっては、朱美はアキと同じくらいに大切な存在だったりするんだよね。
あのアキの肉体がどんな由来の物かは、目にした瞬間に理解できた。あれをそのまま使ったら、朱美どころか、ミオちゃんやアキ本人にだって嫌われちゃうことだろう。それじゃあ困るんだ。
そんな俺が、朱美を敵に回してまで本気でアキにこの身体を与えるはずがない。俺はある事を確かめるためにここまで来たのだ。
実は、誰も犠牲者を出さずにアキに肉体を与える方法は、理論上は確立している。後はこの目でその『ある事』を確認できれば、簡単に……とはいかないまでも、何とか成功させる自信はある。
まぁ、みんなに反対されそうな方法であるって事には変わりがないので、ギリギリまで口を噤んでいるつもりだったんだよね。だから、こんな面倒なことになっちゃった。
こんな事なら反対覚悟で、朱美にだけでも言っとけば良かったかな?すんなり肉体を手に入れる事が出来ればそれに越したことはないっていう甘い考えも、今の状況に拍車を掛けている。
取り敢えず伊邪那美には早々にご退場頂いて、話を先に進めなくちゃ。
伊邪那美は、男に対して深い憎しみと絶望を抱いているから、それを少しでも軽減できれば追い出すこともできるだろう。
俺は、伊邪那美の放った雷が途切れる瞬間を見計らって、雷を防いでいる合間に組み上げた術を完成させる。
「……術式……水鏡……参れ、世界を造りし御姿を写して……」
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