レクイエムは誰が為に1
扉を潜り抜けると……そのまま扉の向こう側に出た。
「ありゃ?」
「……アキ……異空間って言っても別に魔界や妖精界に繋がってるわけじゃないんだよ。ここは言ってみれば俺たちのいた現世のコピーなんだ」
「へー」
「私達能力者は『写し』と呼んでるわ。こんな現世と全く同じ空間が無数に出来ては消えていってるの。私が、的場を探しきれなかった原因がこれ。無数に存在する『写し』から、的場が居る『写し』を選んで『ゲート』を繋げるのは、どう考えても無理な話だったの。私は凪やミオちゃんほど目が良くないから」
「なる程……」
「私の『ゲート』の能力は、向こうと『写し』を繋ぐ時は同じ場所じゃなくちゃならないの。だから扉の向こうとこっちは同じ部屋の同じ場所なのよ。同じ次元であれば、霊気を辿ってどこへでも繋げることが出来るから、凪の思念鳥に案内をしてもらえば、的場のもとへたどり着けるわ。 凪……どお?」
朱美さんの呼び掛けにしかし凪は答えない。軽く顔を左に向けてじっと一点を凝視している。
「凪?」
「……探すまでもないみたいだね」
「え?」
「そこだよ。その先に的場がいる」
凪がそう言って指を差したその先には、凪が放った小鳥が何もないタイル張りの壁に向かって佇んでいた。
「……隠し扉?」
「多分ね。ミオちゃん、分かるかい?」
「う~ん……あ!その小鳥の目の前のタイルに、うっすらと人の手形みたいな物が見える!」
ミオちゃんのその言葉に、凪は無言で頷くと、思念鳥の元へと足を進め、ミオちゃんの言っていた場所に軽く手を当て力を入れた。すると壁が瞬時に消え失せて、地下へと続く階段の入り口がぽっかりと開いた。
「隠し方がおざなりだね。多分、他の人間が来ることを想定してないんだ」
「なんで?」
「今更『ゲート』みたいなレアな能力をもった能力者が出張って来くるだなんて思わないよ。だから『写し』にこもった程度で安心して、こっちじゃ用心が徹底されなかったってことじゃないかな。奴にとっては俺たちは想定外のお客さんなんだろうさ」
「でもあっちはあんな状態だったけど?」
「あれは多分自然発生したものよ。あの死霊達がかえって隠れ蓑になってて、普通ならあれを除霊したらそれでおしまいなはずなのよ。あそこからこの『写し』の存在を探るのは、はじめからその気じゃないと無理だわ」
「そーゆーこと。だからこっちは手薄なんだよ」
「手薄ってことは、奴をとっちめるチャンスってことだね、凪っち!」
「そうそう、そう言うこと。さあ行こうか」
元気なミオちゃんの一言に苦笑しながら、一同は地下室への階段へと足を踏み入れた。
扉の奥は地下へと続く階段になっており、一行はその階段を黙々と降りて行っている。階段は思いの外広く、2人の人間が並んで歩けるほどだ。
先頭は凪と朱美さんが肩を並べて歩いており、その後ろをミオちゃん、そして彼女の周りをあたしとキアちゃんフェイちゃんの3人が飛び回っているといった陣形で終着地点を目指している。
「後ろは警戒しなくていいの?」
「さっきも言ったけど敵の侵入は想定していないだろうから。大体、紫藤亜紀さんが亡くなってから五年も経ってるのに、今更取り戻しに来るだなんて思わないだろうし」
「それもそうね」
「それに外を凪が浄化してるから、しばらく死霊達や妖魔の類は現れないと思うわ。なら後ろは安全。前方に注意を向けておいた方が良策ね。後ろにはピスキー達もいるし」
そう言って、朱美さんは階段をどんどんと降りて行く。
しかしその背中に、何か焦りのような物を感じているのはあたしだけだろうか。
上での一件以来、あたしは、朱美さんから焦燥感に似た感情が漏れ出しているように思えてならない。
あの時朱美さんは、あのノートに一体何を見たのだろうか……。
「いよいよ終点みたいだね」
凪のその言葉に、あたしはハッと顔を上げる。見ればその言葉通りに、階段が途切れて部屋への入口が開かれていた。
扉は付いておらず、部屋の明かりがその入口から漏れ出している。
カツン、カツン、カツン--
凪は、足音が立つのも構わず無造作に入口へと足を進め、対して朱美さんは先頭を凪に譲り、懐に手を入れながら油断なく歩を進めていた。
「さて……と……」
入口にたどり着くと、凪は後ろを振り返り、あたし達に軽く頷き掛けてから、その入口を潜り抜けて……あ。
「ちわ~っす頼来軒で~す!出前お持ちいたしましたがどなたか居ませんグワァァァァァ!!」
「アホかいあんたはぁぁぁ!」
間髪入れずに朱美さんの跳び膝蹴りが凪の後頭部に突き刺さる。
「うぐ……みんながあんまりにも暗かったもんだから、少しでも雰囲気を明るくしようとしただけなのに……」
コイツの辞書にはTPOって言葉は書かれていないに違いない。その時、部屋の奥から足音がコツンコツンと鳴り響く。
「だ……誰ですか?」
その台詞と共に姿を現したのは、ボサボサの髪を中途半端に伸ばして後ろで束ね、長身痩躯を白衣で包んだ気弱そうな一人の青年……。
ドクン--
その姿を見た瞬間、あたしの心は震え上がる。
心臓が一度大きく波を打ち、徐々に激しく鳴り響き始め、身体の細胞一つ一つが目の前のこの男を拒絶し始めた。
勿論、肉体を持たないあたしには、そんな表現が当てはまるはずが無いことは重々承知なんだけど、そう言う表現がピッタリとよくはまる程、全身全霊を掛けてあたしという存在が目の前に現れたこの男を拒絶しているのだ。
間違いない……この人があたしを『造った』
的場宗政
「だだ誰ですか?あなた方は……」
どもりながら、おどおどと銀縁の眼鏡をズリ上げ、警戒した様子でこちらを窺っている的場宗政。しかし、あたしと目が合ったその瞬間、惚けたような表情を経て、その顔にいやらしい笑みを浮かべた。
「なななる程……わざわざNo.9を連れ戻してくれた訳ですね?」
No.9……あたしはその呼び名に、俯いて唇を噛む。
分かってはいた事けど、そうはっきりと自分が『造り物』であることを示されると流石にいい気分はしない。少なくとも、生みの親だからといって敬う気にはなれそうもない。
「別にあんたの為にここまで連れてき たわけじゃない」
「あ……あなた方の意志は関係ないんですよ。どんな事情であれ、ななNo9は今この場に戻ってきたのだから」
そう言うと「けっけっけっ」と薄気味悪い笑い声をたてる的場。
その様子に、あたしの隣にいるミオちゃんは、的場から視線を外して気色悪気に一歩身を引く。
「へぇ……じゃあ私達が何をしに来たのかも分かっているんでしょう?隠さない方が身の為よ?」
無表情にそう言い放つ朱美さんに的場はやや怯みながらも、卑屈な笑みを浮かべて軽く俯き、ずり下がりかけた眼鏡を抑えて口を開いた。
「そそそんなに凄まなくても、No.9の肉体は、お…お渡ししますよ」
え?そんなにあっさりと?
いや、油断は出来ない。この、見た目卑屈で性悪な青年が、無償でそんな事を言い出すはずがない。
「……No.9……そそんな警戒しなくともいい……ぼぼ僕は、何故肉体と魂が分離してしまったのかの方により興味があるんだ。『肉体を渡す』事に関しては、いい一切見返りを求めたりしない」
『肉体を渡す事には』……その言葉がやけに耳の奥に耳障りな雑音として残る。こいつの言葉が真実だとしても、きっと何か裏があるに違いない。
「……あたしはアキ……No.9なんかじゃないわ……」
あたしのその言葉に、的場は瞬時に怒気を孕ませ、その顔を朱に染め上げる。
「……たたたかがコピーの分際で、ほほ本体であるあの人の名を語るとは何事だ!」
おそらくあたしの言葉を、紫藤亜紀さんの『亜紀』と勘違いしたのだろう。だけどあたしはそれを訂正しなかった。あたしは『アキ』だ……出自はどうあれ、もうあたしは『紫藤亜紀』さんの コピーなんかじゃない!『アキ』って名前は凪から貰ったあたしの大切な名前だ!
「ききき貴様は、ぼぼ僕が彼女の肉体からの情報を組み上げて作り上げた、彼女のコココココピーに過ぎないんだ!そそその名はお前ごごご如きが使って良い名じゃな……うぎぁぁぁ!ヒィィィ!!」
顔と下腹部を抑えてその場に崩れ落ちる的場。
その傍らに立って的場を冷たく見下ろし、拳と脚をそれぞれゆっくり引き戻す凪と朱美さん。
まずは朱美さんが冷たく言葉を投げかける。
「……それ以上、亜紀姉の魂を汚す事はこの私が許さない……亜紀姉の魂は、アンタが好きにして良いものじゃない……」
その瞳から発せられる殺気にその身を震わせ、的場は立ち上がることもままならずに、左手で顔を押さえて、ずりずりと座り込んだまま後ずさる。
そして、続いて凪が的場の床に突いていた右の手の甲目掛けて足を降ろす。
「ひっ……ひぃぃぃぃぃ!!」
「僕は君と、アキが『何』であるかを議論するつもりは毛頭ない。取り引きするつもりも駆け引きをするつもりもない。ましてや頭を下げに来たつもりもない。 僕が君に求める物はたった一つ。僕らをアキの肉体の所へ案内すること……ただそれだけだ」
「あ……ぐ……こ…こここここんなことされて素直に案内するわけ……あぎぃぃぃ!」
的場の言葉を、凪は足に体重を乗せて黙らせる。
「言ったろ?僕は取り引きも駆け引きもするつもりはない。僕は正義の味方じゃないんだよ。気に入らなければ力で排除して先に進む。君が答えないのは勝手だけど、痛い目みたくないなら素直に案内した方が身のためだよ?君が答えなくてもこの狭い空間なら俺たちが本気で探せばどんな場所に隠していても見付けられる。素直に案内した方が利口だと思うけど?僕らもその方が面倒がなくていい」
顔は笑っていてもその瞳は野生の狼のように鋭く冷たく光っている凪の様子に的場は恐怖しその身を震わす。
「ああああ案内する!だだたからもう止めてくれ……」
あっさりと降参した的場のお尻を蹴っ飛ばして無理やり立たせると、的場はフラフラとした足取りで歩き始め、一同を部屋の奥へと引き入れた。
そこには飾り気のない扉で塞がれていて、外からでは中を窺うことは出来ない……が……なんだろう……扉の奥から何か得体の知れない気配が感じられるんだけど……。
あたしは凪や朱美さん、ミオちゃんたちを盗み見る。でも3人からは特に変わった様子は見受けられない。あたしが気付いたことにみんなは気付いていない?いや、あたしの気の所為である可能性も高い。この3人が気付けない事にあたしが気付くはずがない。
『どう……したの?』
気遣わし気にそう問いかけてくるキアちゃんに、あたしはそっと問いを返す。
『キアちゃん……貴方は何か感じない?』
『何かって?』
キョトンとした感じでそう返してくるキアちゃんに、あたしは自分の感覚が間違っているのだと結論付ける。妖精の感覚で何も感じないなら、きっと何も無いに違いない。
『ううん。何でもない……きっとあたしの気の所為……』
あたしはにっこり笑ってキアちゃんにそう返した……でも……なんだろう……胸騒ぎ……と言うよりは拒否反応が出てるように身が竦む……。
あたしたちは、思いのほか重量のあるその扉を押し開いて、部屋の中へと入り込む。凪に踏まれた右手を抑えて、ブツクサと文句を言っていた的場を先頭にして、あたしたちは順番に扉を潜った。
そして一番最後にあたしがその扉を潜り抜けたその瞬間……
『それ』があたしに襲い掛かって来た。
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