終局へのオーヴァチュア1
そもそもは、亜紀姉こと紫藤亜紀さんが、一人の男に付きまとわれていたことから始まったらしい。二人は同じ大学の同じ研究所に所属する、言わば同僚だったらしいが、いつしか男が一方的に言いより始め、それに辟易した紫藤さんが研究所を辞めて大学を去った。
しかし男はその後も付きまとい続け、紫藤さんは身の危険を感じるも、まだ本格的な被害を受けてはいなかったため警察に届ける事も出来ず、取りあえずは無視してジッと耐えていたそうだ。
ところが事態は唐突に変化を見せる。紫藤さんが件の事件に巻き込まれ、命を落としてしまったのだ。
男は一頻り嘆き悲しんだあと、すぐさま行動を起こした。朱美さんと同種の『ゲート』と呼ばれる能力を操り、既に死体となっていた紫藤さんを病室より運び出したのだ。
その後、男は大学を辞めて人前から姿を消し、自らが作り上げた異空間にこもって一つの研究に没頭し始めた。それは死体を媒介に魂を錬成する悪魔の術。研究所でも表向きはナノテクノロジーを専攻しつつも裏では魂の錬成を研究していたマッドサイエンティストだった男は、その研究の成果を紫藤さんの肉体を使って試したのだ。
紫藤さんの肉体を奪い去り、魂の錬成などという悪魔の業であたしをこの世に生み出した男の名は……
『的場宗政』
あたし達は、朱美さんの話を聞き終えると、彼女のゲートの能力で、数々の変事が起こったことで何年か前に打ち捨てられた研究所跡へとやってきた。朱美さんが調べ上げた情報から、この場所が一番怪しいと狙いを付けたからだ。
「……こりゃ匂いますな。プンプンですわ」
「念のために言っとくけど、私が前に的場の調査で来たときにはこんなんじゃなかったんだからね……まさか二年足らずでこんなに気配が変わるだなんて思ってなかったし……」
朱美さんが言い訳じみたセリフを口走ったのも無理もない。一同を迎えたのは、どんよりと重い気配を醸し出した建物を中心とした、如何にも心霊スポットらしい、不気味な空間だったからだ。
「お前さぁ、いい加減、頭でっかちに自分の物差しで物事を決めつけるその悪い癖、治せよ」
「何も考えずにトラブルを巻き起こすあんたに言われたくないわよ」
そうプイッとそっぽを向く朱美さんのこめかみには一滴の汗が流れ落ちている。
「お前の言う、的場宗政が怪しいなら、一番注意しないといけないところだろう、ここは」
「い、一番最初は的場の住処でしょう?!そこを何年も探し続けた挙げ句に書き記された住所が単純にお役所のミスで間違ってて、ようやく捜し当てたと思ったら既に建物が取り壊されて新しい建物に変わってただなんて、私の責任じゃないわよ!大体ビックリよ……あんたのあの部屋が取り壊される前のマンションの的場の部屋のあった辺りだったなんて……」
そうなのだ……あたしがあの部屋で目覚めた理由がひょんなとこから判明したのだ。朱美さんが揃えた資料の内、的場が潜伏している異空間に通じるゲートの在処を推測したところを読んだ凪が、その中の一つに自分のマンションの住所が有ったことに気付いてよくよく調べたところ、今のマンションが建つ前に存在したアパートに的場が住んでいたことが判明した。
どういう理由でか、あたしはこの部屋へゲートを通ってやってきて、恐らくはその後、的場がなんらかの事情でそのゲートを閉じてしまったたのだろうとのことだ。ゲートは閉じてしまうと短時間で痕跡が消えてしまうので、そこから的場の居場所を手繰ることは難しいらしい。
「違うだろ?お前は、他の人間が多数出入りする研究所じゃ、どこから情報が漏れるか分からないから避けるだろうって的場宗政が思うと思い込んで後回しにしたんだろうが!」
「ああそうよ!悪かったわね、頭でっかちで!大体あんただってあそこに住んでいながらあそこが的場の元住処だったって事に気付かなかったじゃない!」
「ゲートの気配に……しかも五年以上も前の気配に俺が気付けるかよ!」
「あの土地の経歴を手繰っていけば、的場の所までたどり着けたかも知れないじゃないの!」
「何を!ムムム……」
「何よ!ヌヌヌ……」
「二人とも止めよーよぉ……ホントになんで二人揃うとそんな風になっちゃうかなぁ……」
ミオちゃんのその言葉に、角突き合ってた二人はフンと一つ鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「そんなことより早く行こうよー。こんなとこ、あんまり長くいたくないよー」
「そうだねー。ここがおかしいってことはあたしでも分かるわ」
「なんでも、一年前にそれまで変なことが度々起こってたこの場所から移転したらしいわ」
「そら移転したくもなるわな……こんな気配をプンプンさせてたら変なことも起こるよ」
「なんか出そう……」
「ウンコか?」
「幽霊にウンコとかあるかぁぁぁ!」
「緊張感のないメンツね」
「その中にお前も入ってるんだよな、勿論」
「……」
「あ!で、出てきた!」
再び高まり出した凪vs朱美さんの気配を察したミオちゃんが、慌てたようにそう言って、地面に向かって指を差した。見ると黒い影が染み出して、うねうねとくねり始めている。
「キモいのキター!」
慌てるあたしを尻目に、朱美さんは懐から簪の様な物を取り出して地面に投げつける。簪が『キィィン』と金属音を鳴り響かせながら地面に突き刺さると、刺さった場所を中心に音の波紋が広がり、影のうねりを瞬時に打ち消していく……が……
「これは……アキさん!凪から絶対離れないで!」
周囲を見渡すと、同じ様な現象があちこちで起こっており、その影のうねりの中から大量の死霊が手を突きだしている。朱美さんは、頷くあたしに目も繰れず、数枚の紙人形を取り出して四方に放り投げた。
「我は求む……伊邪那岐命が呪に依われし、汝が能力を今ここに……来たれ『意富加牟豆美命』!!」
朱美さんが唱えた言葉に応えるように、紙人形はその姿を桃の樹木へと変化させ、あたし達を中心に四方に根差して不可視の障壁を作り出した。
「さて……どうしたもんなんでしょうかね、隊長殿」
障壁越しに、四方を死霊に囲まれているにも関わらず、凪は緊張感の欠片も見せずにそう問いかけた。
「……あなたはどう思う、凪?」
何故かジト目で睨みながら、凪にそう問い掛ける朱美さん。
「どうってまぁ……」
頭をポリポリと掻きながら、視線を逸らし、語尾を濁し何かを誤魔化そうとする凪。
「あの……凪?こいつらなんか、あたしに狙いを付けてない?」
「うん、そうだね。こいつらは、この場で唯一清浄な霊体であるアキを取り込もうと躍起になってるんだ」
「と、言うことは……これってあたしの所為なのかな?」
「アキさん違うわよ。これの原因は、全て凪の不注意よ」
「いやぁ~あはははは……うべし……」
「……笑って誤魔化さないでくれるかしら?」
こめかみに血管を浮き上がらせながら、凪の顔面に拳をめり込ませる朱美さん。
「ええーと……朱美さん?」
「あっ、ご免なさい。つい、いつもの癖で」
「どんな癖っすか」
あたしの呆れたような視線を気にした様子もなく、朱美さんは真顔で凪の顔面から拳を引き抜き話を続ける。
「今のこの状況は、凪が有り余る霊気を一向に隠そうとしない事に原因があるわ」
「隠そうとしないんじゃなくて、隠せないんだって。かくれんぼは苦手なの」
「あんたの場合、その努力すらしようとはしないじゃないの!」
「ええーと……」
つまりはどう言う訳?
「分かり易く言うと、薄く氷の張った池にドスンと力一杯足を踏み入れるようなものなのよ。ゆっくり慎重に入れ ば氷を割ることなく向こう岸まで渡る事が出来るのに、こいつは敢えてドスドス地響きを立てて入り込むのよ。それ故に氷にはひび割れ亀裂が入 り、あちらこちらから水が飛び出て足場が水没してしまうってのがいつものパターン」
「何故に?」
「凪曰く『その方が面白そうだから』だそうよ。こいつの所為で一体何回死に掛けたことか」
「いや、だから僕は気配を消すのは苦手なんだって」
「嘘おっしゃい!支払いの時は見事な技で消え失せるくせに!」
「まだあん時のこと言うの?後でちゃんとお金払ったじゃん」
「それは当たり前のことでしょ!?あん時ゃ私は……」
「ねぇねぇ……そんなこと言ってる場合じゃないよー」
朱美さんの台詞を遮って、呆れたようにそう注意を喚起するミオちゃん。周りを見渡すと、既に四方八方に死霊の大群がひしめき合い、蟻の子一匹入る隙間も見あたらない。
「キモいの更にキター!」
「なんか楽しそー」
「アキさんホラー映画好き?」
「自分がホラーなのに?」
「ホラーって言うなー……てか更にキター!」
「あら、いけない」
「朱美さん!そんな『今日の夕食はカレーかしら?』みたいな口調で言ってる場合じゃないって!」
死霊達は、ありとあらゆる負の感情の他に、あたしを見つけてのことだろう、明らかな歓喜を引き連れて結界の周りにひしめき合っている。
「そうそう。ここは朱美大明神がバシッと己が分身の如き魑魅魍魎どもをだなぁ……うげっ!」
「誰が分身よ!」
凪の台詞に拳で返した朱美さんだったけど、直ぐ真顔に戻ってジッと凪に視線を向ける。
「……何だ?」
「……あんたがやりなさい」
「……」
朱美さんの言葉に、一瞬驚きの表情を浮かべる凪。
「えぇと……」
何とも困った表情を見せながら、凪は言葉を詰まらせる。
「う~ん……いいのか?」
数秒の沈黙の後、凪は、やっぱり困ったようにそう口を開いた。
凪が能力を振るう事に何か問題があるんだろうか?
「……これから先、どうせあんたの能力が必要になるのでしょう。ならここで私が意地を張ってあんたを抑えても意味がないわ」
「それもそうだね。分かった。じゃあこの場は僕が抑えよう」
困った顔もそこまでで、瞬時にいつものにやけ顔に戻って一歩足を踏み出す凪。
朱美さんはその様子を、何故か苦々しげに見つめている。
「んじゃサクッと行ってみようか」
凪は懐から取り出した鈴付きの短剣を前方に掲げてチリンと鳴らす。
鈴の音色は、さっきの朱美さんの簪の音色よりも静かに、それでいて心に沁み入る波動を感じさせながら、波紋となって広がって行く。
「朱美……アキとミオちゃんを頼む」
「分かってるわ。ミオちゃん、アキさん、こっちに来て」
朱美さんは、地面に何やら五芒星らしきものを描きながら、あたし達を呼び寄せた。
「この中に入っていて。じゃないと巻き添えを喰らうから」
「朱美さん……巻き添えって?」
「凪の能力は大き過ぎて、余波を浴びただけでダメージを受けかねないのよ」
「それってホントの話だったんですか?ミオ、協会を揶揄するための冗談だと思ってた」
「本当よ。凪の能力は……まぁ見てれば分かるでしょう……」
そう言った朱美さんの口調は、決して凪に賛辞をおくってのものではない。畏怖の感情さえ見え隠れしている。普段の凪を見ていると想像できないんだけどなー。
そんなことを思っていると、視線の先で、凪は次の動きを見せ始めた。
「開眼……」
短剣を掲げた体勢のまま、ややうつむき加減だった顔を、その言葉と共にゆっくりと持ち上げる。
「招来……火之迦具土命……
様式……呪言化……
術式……全方位結界……
廻れ……神をも滅ぼす聖焔の祝詞と共に……」
凪は、まるで別人の様な抑揚のない口調で言葉を紡ぎ出した。AI(人工知能) が搭載された人型ロボットみたいだ。凪の口から一言一言、言葉が発せられる毎に、凪の身体は薄い光に包まれていき、最後の言葉でその光の強さは最高潮に達した。
朱美さんの張り巡らした結界の外では、死霊達が逃げ出すことも叶わず、明らかな恐怖の感情を湛えて蠢いている。
更に、凪はあたしには意味不明の言葉を紡ぎ出し、その紡いだ言葉が文字となって凪の周りを取り囲み始めた。死霊達が益々恐怖におののいているのが分かる。でも、多分鈴の音の効果なのだろう、彼らはまるで、蛇に睨まれた蛙のように身じろぎできずに固まっている。
凪の周辺を取り囲んでいた文字の羅列は、凪を中心に次第に螺旋状に回り始め、死霊達に向かって放たれていく。更なる恐怖に包まれる死霊達……文字の羅列は激しい光を放って辺りを包む。そして……文字は正視に耐えられないほどにまで光り輝き、次の瞬間弾けて消えた……辺りにひしめき合っていた死霊達と共に……。




