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闇より舞い落ちるひとひら  作者: レムウェル
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始まりのエチュード1

この作品は、旧サイト【5びょうまえ】にて、書き綴った私の唯一の長編での完結作品です。


引っ越しに当たり、昔何処かに応募する為に書き直した物と、旧サイトにアップされた物をミックスして再構築した物をここではアップしていきますので宜しく。


「アキぃ、これどう思う?」


「……」


「インスタントラーメンは普通にお湯で作ったやつが一番旨いと思ってたけどさ、トマトジュースとか牛乳で作っても意外にいけるんだよねー」


「……」


「でも、知り合いに聞いても誰も取り合ってくれなくてさぁ」


「……」


「トマトジュースだとイタリアンだし、ホットミルクだと洋風になるし」


「……」


「なぁアキ、どう思う?」


「……」


「なぁアキってばー」


「……さい…………」


「はい?なんだって?」


「……さいって……うるさいって言ってんのよこのスットコドッコイがぁぁぁ!嫌がらせ?嫌がらせでしょ?つーか幽霊にんなこと聞くなんて嫌がらせ以外の何物でもないよね?!つーか普通、幽霊にんなにこやかに話し掛ける?話し掛けないよね?!つーか話し掛けんな!大体あたしの名前は『アキ』じゃないって何回も言ってるでしょ!」


「……ズルズルズルズル……」


「そこでラーメンすするなぁ……」


「ラーメンには食べ時があるんだ」


「んなこと知るか!あんたあたしを幽霊だと思って馬鹿にしてんの?!」


「……ズルズルズルズル……」


「だからこのタイミングでラーメンすするな!」


「ラーメンは熱い内に食べないと」


「もう嫌ぁ! 誰かコイツをどっかにやってぇ……」





 あたしはあたし。名前はない。今までのやり取りを聞いては信じられないかもしれないけど、実はあたしは生きた人間ではない。世間一般で言うところの幽霊ってやつだ。


 嘘じゃないって。


 現に今までは、このあたしが存在しているこのマンションの一室に入居希望者が入ったら、彼らの心の隙間にちょちょいと干渉し、恐怖心を煽って追い出して、暗い喜びに浸っていたのだ。


 ところが先日、この男『鈴本凪』がこの部屋へとやってきたその日から雲行きが変わってきた。とにかく、この男には今までの常識が通用しない。何より、幽霊であるあたしを怖がらないのだ。恐怖を煽ろうと趣向を凝らした演出にことごとくダメ出しをされた上に、『恐怖を煽る演出』の細かいアドバイスをされる始末。


 生身の人間に幽霊が恐怖のなんたるかをご教示賜るなんて如何なもんよ?


 心の隙間を覗き込んだら、エロとご飯とお金の事しか見当たらず、しかも心を覗かれる事に対する嫌悪も見せずに、逆に純情なあたしを嘲笑うかのような映像を思い浮かべてあたしで遊ぶのだ。


 その後もあの手この手でこの男を追い出そうと試みるも、そのことごとくが空振りに終わって今に至る。基本、人の話は聞かないから嫌みや皮肉は通じないし、こうなったら無視するしかないと思って何を言われても無反応を貫いていたら、マシンガントークが発動してあたしの方が先に根を上げてしまった。


 その上、勝手にあたしに『アキ』という名前を付けて、嫌がるあたしの態度に頓着する様子も見せずにその名を連呼するし、もうあたしにはお手上げの状態だ。


 あたしはこの部屋でやるべき事があるのに、この男の所為でそれもままならない。


 神様!お願いだからこの鈴本凪に天罰を!どっか遠いところに投げ捨てちゃって下さい……。





「アキ……なあ、アキってばー」


 あたしは、神様への懇願に被せてしつこく呼び掛けてくる男にうんざりしながら、ため息をついて言葉を返す。


「……うっさい」


「いーかげん諦めたら?どうせルームシェアするなら名無しは不便だし、何かしら名前を考えなきゃなんないんだから」


「あたしはルームシェアする気なんてさらさらない!ここはあたしの部屋!」


 あまりのしつこさにあたしはそう怒鳴り返したが、男は堪えた様子もなく、肩をすくめながら口を開く。


「そうは言っても、この部屋の家賃は今や俺が払ってるんだし、契約上、この部屋の借り主は俺」


「アホかい!幽霊に契約も何もないわい!」


「なるほど……でもそれなら幽霊であるアキの主張を現世人である俺が聞き入れる必要もなくね?」


「うぐ……」


 予想外の切り返しに、あたしはそう言葉に詰まる。


「そもそも、アキはなんでこの部屋にこだわってんの?」


「アキって呼ぶなー……あたしはここでやることが有るのよ!」


「お化け屋敷に就職するための練習?」



 ピク--



「んじゃ、このマンションをお化け屋敷にして一儲け?」



 ピクピク--



「んじゃんじゃ、お化け仲間を集めてルームシェアして一儲け?」



 プチッ--



「だぁぁぁ!違うわぁ!どこの世界に金儲けを企む幽霊がいるってのよ!大体ルームシェアじゃ儲けられないでしょうが!」


「……居候を募って家賃収入?」


「だぁぁぁかぁぁぁらぁぁぁ!なんであたしが金儲けに明け暮れなきゃなんないのよ!」


 あたしが苛々とそう怒鳴りつけると、男は缶ビールを片手に小首を傾げて口を開く。


「んじゃ何?」


「だからあたしは……」


 と、男の問いに答えようとしかけたところで、ハタと気づく。


「……って、何であたしが教えなきゃなんないのよ!」


 全く……油断も隙も有ったもんじゃない。


「だって聞いてほしいんだろ?」


「なんであたしがあんたに頭を下げて『聞いて頂か』なくちゃ……」


 なんないのよ……と、男に向き直りながら続けようとしたところで、思いのほか真剣な男の視線に気付いて口ごもる。


「……な、何よ?」


「……だからホントは聞いてほしいんだろ?」


 あたしの問い掛けに、男は一旦、ゴクゴクとビールを喉に流し押し込んでからそう再度念を押すように言った。


「だ、だから何であたしがあんたに……」


「俺がこの部屋に初めて来たとき……」


 あたしのセリフを遮って、男は再度口を開いた。


「アキ……君は激しい拒絶を繰り返していたね」


「そりゃそうよ。あたしは……」


「けど俺は、同時に『助けて』って言われてる気がしたよ」


 再びセリフを遮られ、そう言われてハッとする。


「そ、そんなこと……」


 否定の言葉を続けようと試みるも、つっかえて上手く出てこない。


「なんか分かんないけど、どうせ分かりっこないって諦め入ってたろ?それでも助けて欲しいって……誰か何とかして欲しいって言ってるように聞こえたんだ」


「……」


 諦めと虚脱感……それはあたしが心の奥に押し込んでいる感情だ。この部屋にやってくる『人間』は、所詮あたしとは全く異なる存在で、幽霊のあたしの事なんて理解不能だろう。


 でも……


「……違う……あたしは……助けなんて……」


 男から視線を背けてそう呟くが、あとに言葉を続けることが出来ない。


「あたしは……あたしは…………っ!」


 その時、顔を背けてうつむくあたしの左の頬に、ほんのり温かな何かがふわりと触れる。ハッと顔を上げたあたしの視線の先には優しげな笑みを浮かべた男の顔……。


 温もり?そんなバカな……幽霊であるあたしが人の温もりなんて感じられるはずないじゃない!でも……じゃあ、頬に伝わるこのあったかい感覚は何?


 男が実際には、あたしの頬に触れてはいない事は分かる。男はあくまで頬のあたりに手を添えているだけなのだ。なのに……何故?


 混乱するあたしに向かって、男は笑みを浮かべたまま語りかけてくる。


「俺はね、アキももう気付いてると思うけど他人には無い能力がある。俺にとっては霊は身近なものだから、アキを見ても驚かないし話しも出来る」


 そのセリフに、あたしは無意識の内にコクンと頷きを返していた。そうだろうとは思っていたし、だからこそイラつきがあったのだと思う。初めは単なる他人への拒絶心だったものが、不信と猜疑に取って代わり、自己防衛的な警戒心がイラつきという形で表に出ていたのだろう。


「でも俺がこの部屋に来たのは全くの偶然だ。俺は仕事の拠点にこの街を選んだからここにいるんだけど、それだって不動産屋の知り合いがこの街に居たからって理由で、この街であるべき理由なんて他には何にもなかったんだ」


 あたしはまた、コクンと頷きを返した。さっきまでのイラつきは波が引くように収まり、心に平静が戻ってくる。そうなると、不思議と男の声に心地良さを感じてしまう。


「この街に来たのは偶然で、この部屋を選んだのも偶然だ。偶々この部屋を管理する唯一の不動産屋に知り合いがいて――まぁぶっちゃけ訳あり物件は狙ってたんだけど、その幾つかあった選択肢の中で偶々この部屋を選んで、アキに出会った……アキの声を聞くことが出来る上に、その言葉に耳を傾ける物好きが度重なる偶然の上でこの部屋にやってきたんだよ?凄くない?だからアキもこの偶然に運命を感じて俺に心を開いても罰は当たらないと思わない?」


 最後の方は冗談めかした言葉になって、優しげだった笑みが悪戯小僧的な笑みへと変わっている。でもそれは、おそらく男の照れ隠しだろう。


 それが分かったから、あたしは素直に男の言葉に納得し、自然にコクンと頷きを返していたのだった。


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