近衛、騎士団、そして将軍
「近衛は貴族令息がほとんどで、己の剣に誇りを持った騎士たちです。相手を倒すことが何より重要な私たちとは、根本からして違います」
ユンさんがそう教えてくれる。
「例えば、戦で剣の流儀や作法なんかは通用しません。蹴りを入れようがふいを突こうが、目潰ししようが勝てばいいのです。やらなければやられますから。けれど、近衛が誇りをかける御前試合ではどれも禁じ手です」
年に一度、近衛騎士らは陛下の前で試合を行なっている。
それは純粋な剣技の競い合いであり、体術は禁止だ。
「それに騎士団には弓兵や投石隊もいますからね。彼らは帯剣していますが、剣技だけで見るとそんなに技量はありませんし」
「あら、そうなんですか?」
「どの武器を取るかは、個々の判断や上官の指示によるものです。体術は全員が訓練で学びますが、その時々の戦況に応じた武器を取らなければ勝てません。むしろ勝つために何でもやるのが騎士団です。近衛は剣に誇りを持っていますので、何かとやってはいけないことが多いのです。剣を交えている最中に殴るのも蹴るのも流儀に反しますし、不出来な上官の寝首をかくのも邪道とされるでしょうね」
ん?それはさすがに騎士団でもダメなのでは。
「まぁ、私たちは仲が悪いというよりも、互いに異なる正義を持っているが故に、どれほど歩み寄ろうが双方が相入れることはないのです」
「なるほど」
同じ騎士でもタイプが違うのね。
私はユンさんと顔を見合わせ、何度も頷いた。
「仲良くなるのは無理なんですか?」
国を守るという目的は同じなのに。
するとルードさんが明るい笑みで言った。
「私は別に、仲良くないことが悪いとは思いません。ほら、適度な緊張感やライバル関係は向上心に繋がると思いませんか?組織が一つだと、内部の諍いや組織の腐敗を心配しなくてはいけませんから。あくまで適度に競い合っている分には、問題ないのですよ」
「えっと、現状は?」
「過剰に互いを牽制し、敵視し合っています」
ダメじゃないの。
呆気にとられる私の隣で、アレンは小さく息を吐く。
「近衛騎士は何をどうしようが『守れて当然』という評価になってしまう。特に今は、戦で勝利したばかりだから騎士団への称賛が集まるのは仕方がない。彼らは誇りを抱きつつも、焦燥感もまた同じだけ抱えているのだろう。彼らからすると、戦地には名声や恩賞があるからな。俺からすればそんなものは微々たる見返りで、あそこにあるのは血と嘆きだけだ。やらなければやられるだけ、そんな過酷な地へ誰が戻りたいと思う?平穏こそ最上の恩賞だ」
アレンはあまり、この10年のことを話したがらない。私もあえて聞こうとはしなかった。
そこには、彼が抱える陰鬱なものもあると思ったから。将軍として持て囃されるアレンには、それだけの武功があり、またそれだけの闇があるのだと思う。
けれど彼は、私の前ではいつも優しく笑ってくれる。今だって、労わるような愛情をその目からはっきりと感じることができる。
「ソアリスは俺の妻だから、当然騎士団側として見られる。近衛の中には敵視してくるものもいるだろう。俺はそんなくだらない争いに、ソアリスを巻き込みたくない。王女宮の中で平穏に過ごしてもらいたい」
アレンは、派閥や流儀の違いには特にこだわらないらしい。「同じ師に学んでも、仲がいいとは限らないしな」とごもっともな意見である。
「これからは時代が変わる。俺たちのような攻める力より、護る力が重要になってくるだろう。だから、互いのいい部分は共有し合えばいいんだが」
「アレンはそれでいいのですか?」
自分たちがやってきたことが、形を変えてしまうのは怖くないんだろうか。
何気なく尋ねると、彼はふわりと柔らかな笑みを返して言った。
「俺は、これからは大事なものを護る力を磨きたいと思っている。ソアリスを護り、幸せにするのに過剰な戦闘行為は必要ないだろう?」
「私、ですか?」
まさかそんなことを考えていてくれるなんて。
「城や街中での戦い方は、近衛の方がよく知っている。個々の力は平均的で特徴がないように思えるが、彼らは連携がうまい。俺たちは個で押し切る戦い方をする者が多いからな。岩場や砂地、湿地なんかでの戦い方は俺たちの方が上だが、狭い空間での戦い方はまた異なる。騎士団の面々に、これから必要になる経験を積ませてやりたいとも思う」
少なくとも、アレンやルードさんは近衛に対して敵対心は持っていないようだった。
ユンさんは「嫌いです」とはっきり宣言していたけれど、近衛のジョナス隊長もこちらに好意的だと言うし、トップ同士がいい関係性を築いていければよりよい未来が待っているのでは……と素人の私は夢を見てしまった。
「まだ数年は、確執が残るだろう。だからソアリスを巻き込みたくない」
アレンは優しいから、常に私を優先してくれる。けれど、もとより王妹殿下からのお声かけを断れるはずもなく。
「十分に気を付けます。それに私はあなたの妻ですから、近衛だろうが誰だろうが何を言われてもあなたを信じています。まさか王族が暮らす場所で、襲撃されたりはしないでしょう?」
「そんなことは絶対にさせない」
「ふふっ、ならばお受けいたしましょう。私にできることがあるかはわかりませんが、王妹殿下が心細い思いをなさっているなら少しでも助けになりたいと思うのです」
なんていっても、平凡顔の安心感ある「普通」の私ですからね!これが役に立つなら、立ててみようと思う。
「私が絶対にソアリス様をお守りします!」
「ユンさん、ありがとうございます!」
何かあるとも思えないけれど、ユンさんの存在は頼もしい。
ルードさんによると、私の警護には特務隊から何人か交代でつけてくれるそうで、これからはなるべく1人にならないようにと約束させられた。
前みたいに誘拐されるなんてことはないだろうけれど、万が一がないとも言い切れない。
私は「よろしくお願いします」と言って頭を下げた。
「アレン様は救国の英雄、近衛の中にも将軍に憧れる者は多いそうです。実際、この数日で大きな問題は起こっていません。アレン様と剣を交えたいと申し出る近衛もいるくらいで、私たちを鍛えてくれとまで言ってくる者もいるんですよ。ですから、奥様に面と向かって喧嘩を売るような者は……」
「いたら始末します」
ルードさんの言葉をユンさんが引き継ぐ。
始末はやめて欲しいなぁ!?
穏便にお願いしたい!
ここで私は、昼間の騎士のことをふと思い出す。
「どうした?」
アレンは私の表情の変化を見逃さなかった。目敏く尋ねられ、少し迷いながらもあの騎士のことを話す。
「リヴィト様という近衛騎士に、王妹殿下を唆したのかと言いがかりをつけられて……」
ルードさんは報告を聞いていたそうで、すでに対処済みだと言ってくれた。
「リヴィト・ヘンデス侯爵令息は、3日間の謹慎となりました」
「謹慎!?」
あの一言で!?
驚きで目を瞠る私に、ルードさんは淡々と告げる。
「当然です。協力者に言いがかりをつけた上、あろうことかそれが将軍の妻だったのです。警護任務に就く間は、リヴィトはアレン様の配下でもあります。もちろん、正確には異なりますが……。近衛は身分制度に重きを置く慣習が残っていますから、そちらに倣ったまで」
侯爵当主ではなく、彼はあくまで息子。
私は自身は金庫番だけれど、「将軍の妻」という立場は何より強いらしい。
「奥様に何かあれば、アレン様の怒りを買います。そうなると国への損失です」
「国への損失……」
事の大きさに、狼狽えてしまう。
将軍ってそんなにすごいのね、と改めて気付かされた。
「流刑でいい、ソアリスに言いがかりをつけるなど」
「アレン、それはさすがに刑が重すぎるわ」
夫が悪い顔になっている。
いつもの優しいアレンと違いすぎて、私は慌てて彼の手を握った。
「大丈夫ですから。あまり大ごとになさらないでくださいね?」
「ソアリスがそう言うなら」
ルードさんにも、しっかりと念押ししておいた。自分のせいで誰かが流刑になるかも、なんて申し訳なさすぎる。
「リヴィト様には、かわいそうなことをしてしまいましたね……」
そう呟くと、アレンが不機嫌そうに眉根を寄せた。そして鋭い声音で、ルードさんに指示を出す。
「おい、ソアリスが心を痛めた罪も追加する。向こう一年は謹慎させたい」
「かしこまりました」
「ちょっ……!?」
なんて恐ろしいことを言うのだ。
冗談だとわかっていても狼狽えてしまう。
アレンはクックッと喉を鳴らして笑いを噛み殺し、うれしそうに目を細めた。
「すまない。ソアリスから手を握ってくれるものだから、少しからかい過ぎたようだ」
「はっ!」
彼の膝の上で、しっかりと繋がれた手。指摘されてそれを解こうとすると、逆に握り込まれて指が絡む。
「ソアリスのことは、俺が守ってみせる」
「あ、ありがとうございます……」
美形がうっとりと表情を緩ませるのは、直視しがたい光景だ。
頬を赤らめて俯くと、ルードさんの呟きがサロンにぽつりと響いた。
「お幸せそうで何よりですが、胸焼けがします」
補佐官に遠い目をされようが、アレンは態度を変えない。私の頭に口づけ、愛おしそうに視線を送ってくる。
え、さすがに警護の任務中は将軍モードでいるのよね……?
少々の不安を抱きつつも、私の新しい職務は決まった。




