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【3巻8/2】嫌われ妻は、英雄将軍と離婚したい!いきなり帰ってきて溺愛なんて信じません。  作者: 柊 一葉
10年分のすれ違いを清算しよう

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夫は戦場で洗濯を、妻は川で魚釣りをしていました

「大切にしてきたつもりだったが、明るいところで見るとやはりくすんでいるのは間違いないな。もっと丁寧に洗わなければいけなかったのかも」


 一抹の後悔を滲ませるその声に、そんなことはありませんと気づけば口にしていた。


「10年ですよ?そんなに前のものなのに、破れていないだけでも驚きます。刺繍は3年もすれば糸がほつれたり切れたりしても当然です。それに、そのハンカチを今も持っていてくださるなんて思ってもみませんでした」


 とうの昔に、汚れて使えなくなっていると思っていた。


「持っているに決まってる。君がくれたものだから」


 彼は天を仰ぐようにして目を閉じ、リラックスしているように見えた。


「戦場でも、これだけは肌身離さず持っていた。敵に囲まれても、必ずソアリスのもとへ帰らなければと思えたのはこれがあったから……。血を流しても止血には隊服のシャツを切って使って、ハンカチはなるべく汚れないようにした。いつもこれを見るたびに、ソアリスのことを思い出していたんだ」


「アレン」


「乾季で水が足りないときは、飲み水で洗濯したよ」


「飲み水は洗濯に使わずにちゃんと飲んでください。何やってるんですか」


 とんでもないエピソードに、思わず口元が引き攣る。


「同じことを、当時司令官候補だったルードにも言われた。それで飲み水で洗濯して、川の水を飲んで腹を壊したこともある」


 ホント何やってるのこの人は。


「まぁ、それからはきちんと川で洗濯するようにしたよ。飲み水がたくさんあるときは、そっちで洗ったけれど」


 私が呆れているのに、アレンディオ様はあはははと明るく笑い飛ばした。


「16の男なんてそんなものだよ、ソアリス」


 残念なお知らせだわ、それは。

 私はじとっとした目で彼を見る。


「皆が皆そんなんじゃ、国が滅びます」


「でもそんな男が将軍でも、国は勝ったよ?滅びていない」


「うっ」


 それを言われると返す言葉はない。

 軍部の頂点に君臨する将軍にそんな時代があったとは。絶対に秘匿しよう、と思った。


 けれどよく考えると、16歳の私だって褒められたことはしていないような……。


「そういえば、私は16歳のときに初めて川で釣りをしました。お金がなくて、妹たちにごはんがないって言えなくて。パン屋のおじさんに釣り道具を借りて、1人で川へ行ったんです」


 それまで私は、生魚なんて触ったこともなかった。でも没落したら、川や海はてっとり早く食糧を調達できる恰好の場所だった。元手が私の労働だけなので、うまくいけばけっこうな量の食事になる。


「それは釣れたの?」


 彼は驚いた顔で、私を見た。


「全然!針なんてすぐどこか行っちゃいました」


 笑ってそう言うと、アレンディオ様も「ダメじゃないか」と笑う。


「でもタモも借りてきていたので、川に入って掬いました。けっこう取れましたよ?」


「君はすごいことをしていたんだね」


 貴族令嬢のやることじゃない、それは私もそう思う。

 でも泣いても叫んでもお腹は満たされないし、母はお花畑な人だったからいつも「きっと何とかなるわ」と笑っていて頼りにならなかったし、自分でがんばるしかなかったのだ。


 品性や誇りより、持つべきものは釣り道具だと今でも思う。

 彼は私の話を聞いて同情したのか、罪悪感を持ったのか、眉尻を下げて悲しそうな顔になった。


 そんなつもりで話したんじゃなかったのに。


「あの、もちろんずっとそんなことばかりやっていたわけじゃないですよ?さすがにこれじゃ食べていけないって思って、王都へ出て……お義父様が紹介してくれたラティース侯爵家で、子どもたちの教育係をさせてもらいました。そこには優しい奥様と5歳の双子がいて、とても楽しい一年でした」


「そうか」


「金庫番の仕事はアルノーに紹介してもらったんですよ?こないだ会ったときに聞いていますか?」


 ちらと横を見て尋ねると、アレンディオ様は目を閉じたまま答えた。


「ん?あぁ、ちょっとだけ聞いた…………あ!」


 アレンディオ様は、寝不足で頭が回っていないんだろう。アルノーに会ったことを認めてしまった。


 口元を手で覆い、「まずい」という目をしている。


「ごめんなさい。意地悪しちゃいました」


 謝る私を見て、彼は申し訳なさそうに尋ねた。


「彼から聞いたの?俺が、その……」


「いいえ、ニーナです。アルノーとメルージェには、私から聞きました」


「ニーナ?」


 なぜここで妹が出てくるのか。

 眉根を寄せたアレンディオ様に、私はすべてを告白する。


「ごめんなさい。本当にごめんなさい。ニーナから聞いてしまったんです。本当は5年間ずっと、あなたから贈り物があったって。あの子たちが王都へ来たのは、アレンディオ様からの贈り物の一件を私に伝えるためだったんです」


「ニーナはどうして知っていたの?俺がお父上から聞いたとき、自分の他に誰も知らないとそう言っていた」


 父はやはり、サミュエルさんがニーナの願いで贈り物を売らずに保管していることは知らなかったのだ。


「最初の贈り物を父が売ったとき、偶然それを見ていたそうです。それで、ニーナは借金取りで商人のサミュエルさんに『いつか絶対に買い戻すから売らないで』と頼んだと。ニーナは私が何も知らないままだとまずいと思って、それでここまで来たんです」


 その結果、私の手元にはアレンディオ様からの贈り物の一部がある。


「父が売ってしまった贈り物は、今は私のところに……」


 私の告白に、アレンディオ様は「そうか」と小さく呟いた。


「ごめんなさい」


 こんな言葉では済まされないけれど、謝らずにはいられない。

 でも彼は静かに首を振った。


「いや、君は悪くない。仕方のないことだったと思っている。お父上から全部聞いたうえで、俺がソアリスには黙っていて欲しいとお願いしたんだ。君に嘘をつくことを決めたのは、俺だ。騙したかったわけではないが、結果的にそうなってしまった。本当にすまない」


 謝罪され、私は全力で否定する。


「いえいえいえ!謝らないでください!悪いのは全面的に我が家なのです……!本当にごめんなさい。あなたのお気持ちを、ずっと知らずにいました」


「いや、俺はただ当然のことをしただけだ。妻に贈り物をするのは当然なのだから」


「でも命がけで戦っているときに、いっときでも私のことを思い出して贈り物を選んでくれたなんて……。本当に感謝しています」


「いや、まぁ……君のもとへは届くのが遅くなってしまったけれど」


 悲しげに目を伏せるアレンディオ様に、私はなおも伝えた。


「とても素敵な手袋とショール、それから髪飾りもいただきました。うれしかったです。あぁ、それに」


 ここで私は、はたと気づく。

 あのキノコの化け物はなんだろうか?ぬいぐるみという解釈であっている?


「それに、何?」


 悩んでいた私を、アレンディオ様が不思議そうな顔で見つめる。


「いえ、あの、キノコが崩れたみたいな謎のぬいぐるみがありまして。一体あれは何と言えばアレンに伝わるかと」


「!?」


 アレンディオ様が驚きのあまり目を瞠り、ものすごい形相になった。そしてすぐに右手で顔を半分以上覆い、絶望している……!


「3年目に贈ったのは魔除けの置き物だった、と思う。黒曜石の魔除けっていう文字情報だけで選んでしまったんだ」


「黒曜石ですか。なるほど……!確かにキノコの目が黒い宝石でした」


 ようやくキノコの正体が判明し、私は大きく頷いた。魔除けだったのか、あれは。どう見てもあれ自体が魔物みたいな雰囲気だけれど、魔除けか……。


「おかしなキノコを、俺が送ったのか」


 茫然自失のアレンディオ様。ものすごくショックを受けている。

 彼はキノコの実物を見ていなかった。

 見ていて選んだのではないと知り、ものすごく納得した。


 よかった、趣味が悪いわけではないみたいだ。


「アレンは私が傷つくと思って、嘘をついてくれたんですよね?父が貧しさゆえにしたことなのに、自分のせいだと罪を被ってわざわざ贈り物まで用意してくださって」


「君に贈り物をしたかったのは本当だ。まさか全部知っていたなんて、まったくの無駄だったわけだが」


 そう言って笑うアレンディオ様は、力なく息をはいた。


「ごめん、俺すごくかっこ悪い……」


「そんなことありません!驚きましたが、とてもうれしかったです。あなたのお気持ちが、私を思いやってくれる心がうれしかった」


「ソアリス」


「ありがとうございます。それに本当にごめんなさい。あぁ、ニーナから受け取ったのは最初の3年分の贈り物ですが、父に催促して最近の2年分も近々受け取ろうと思っています」


 アレンディオ様は「それなら」と呟くと、立ち上がって書机の引き出しを開けた。


「それは?」


 彼が手にしたのは、白い布に包まれた何か。再び私の隣に座ったアレンディオ様は、私に向かってそれを差し出した。


「お父上から預かったものだ」


 そっと受け取り、白い布を開いていく。

 するとそこには、目が覚めるような青い上質な生地と翡翠のブレスレットがあった。


「これ……」


 顔を上げると、彼は淋しげに微笑み頷く。


「ソアリスに似合うと思って、俺が贈ったものだ。今さらだが、やはりこれは君に持っていて欲しい。身勝手な願いだが、それは君のための誕生日プレゼントだから」


「とても美しいです……ありがとうございます」


 もしこれを、5年前から毎年受け取っていたら何か変わっていただろうか。

 でもそんなことを考えても仕方がないので、私はすぐに頭を切り替える。


「本当にすみませんでした。知らなかったとはいえ、私にも責任が」


 そう言いかけると、アレンディオ様が途中で言葉を遮った。


「ソアリスに責任などない。あるわけがない。君はただ、家族のためにがんばっていただけだ。それに責められるべきは俺だ」


「そんな!」


 生地を持つ私の手をアレンディオ様がぎゅっと両手で握り、その美しい顔を歪める。


「いや、俺がすべて悪い。君はいかないでくれと言ってくれたのに、自分の矜持のために戦場へ向かった。君が苦しんでいるときに、そばにいることもできず、優しい言葉の一つもかけてやれなかった。支えてやれなかった。ソアリスにふさわしい男になりたいと思って剣を取ったのに、結局は一番守りたい人を守れなかったも同然だ」


 予想外の言葉に、私は目を丸くしてあっけにとられる。


「私に、ふさわしい男になりたいって……?」


 一体どういうことなのか。

 あれほどそっけない態度だったのに、と胸に疑問が湧く。

 アレンディオ様は、膝の上で握った手に視線を落としながら静かに話し始めた。


「結婚する1年前に、俺たちは会っているんだ。アカデミーの合格発表の日、俺は街で君に救われた」


 救われた?

 意味がわからず、私は彼の話に耳を傾ける。


「あの日君は、すべてに絶望した俺に優しく声をかけてくれた」


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