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10年で随分変わりました、お互いに

ソアリス・ヒースラン。22歳。

キャラメルブラウンの長い髪は、いつも右側で一つに結んでいる。


今の私は、成金の娘ではない。

元・成金の娘である。


戦が10年間も続いたせいで、父が営んでいた貿易商はすっかり寂れ、会社は何度も傾いた。

未だに営業しているのが奇跡だと思うほどに。


そんなわけで成金子爵家は没落し、今では母も含め弟妹も内職をしている。

ギリギリ貴族といえるかすら怪しい懐事情である。


「ソアリス様、こちらが寄付金の申請書になります」


「わかりました。すべて手筈を整えておきます」


家が没落したおかげで、私は今、王都でお城勤めをしていた。

もう五年半も、王女様の金庫番を務めている。


王女様のための予算は、三か月に一度の間隔で支給される。

それを預かり、適切かつ臨機応変に予算を組んで配分するのが私の役目。


計算が得意で本当に助かった!

事務仕事もやってみたら意外に向いていた。几帳面な性格が役立ったと思う。


王城の片隅にある寮に住み、業務時間中は仕事用の個室も与えられ、待遇はとてもいい。


白いシャツに青いタイ、細身の上着に黒のタイトスカートというシンプルな制服も気に入っている。


金庫番は既婚者であり、身分がしっかりした女性に任されるのが慣習で、私の超がつくほどの政略結婚がここにきて活躍した。


若い侍女でも計算ができればやれなくもない仕事なのだが、結婚して退職されては面倒なので、既婚者はそういう意味では喜ばれる。


もちろん、私の一存で予算がどうこうできるわけではない。

管理体制は万全で、文官3名も共に働いているから、横領の疑いをかけられることもなくわりと安心な職場だった。


この10年、家が没落したり引越したり、詐欺師に狙われたり、とにかく大変で。

騙されることも騙されかかることもしょっちゅうで、借金取りにお茶を出すのも慣れてしまった。


弟妹にいたっては家にお金があった頃の記憶があまりなく、人情深い借金取りにお菓子をもらったり、遊んでもらったり、騎士より借金取りに憧れるというおかしなことになっている。


金利が間違っていると、帳簿と借用書を片手に金貸しの店に乗り込んだことさえある私も、おかしな育ち方をしてしまったのだけれども。


娘たちを売り払うような悪い金貸しに借りなかったことだけは、父を褒めたい。


ただ、おとなしく遠慮がちだったソアリスはどこかへ行ってしまいました。

すっかり荒んで逞しい女に成長した。


金貸しの息子の嫁に、と冗談まじりでお誘いがあったくらいだ。アレンディオ様と政略結婚していなければ、きっと私は今頃……と思えてならない。


実は、王女様の金庫番になれたのも騙されかかったことで奇跡的に繋がった縁があってのことだし、この10年は悪いことだけではなかったかな。


色々なことがあったけれど、今が一番平和かも。


そう、私は今の自分に満足している。

お給金はいいし、同僚は皆優しいし気の合う友だちもできた。


豪華なドレスも宝石も、見るだけで心が華やぐような靴もない。それでも、家族が無事で、職があって、たわいもないことで笑い合える今の日々はかけがえのないものだ。


平穏。

その一言に尽きる。


しかしそれは、昼休みに終戦の報を聞くと共に脆くも崩れ去るーーーー


「ねぇ、ついに全軍が戻ってくるらしいわよ!」


隣に座ってピザを手にしているのは、同僚の文官・メルージェ。蒼い髪の美しい25歳だ。

彼女の夫もまた、司令官として戦地へ赴いている。


戦時下なので、城勤めの人間の6割が女性。かつて女性は数えるほどしかいなかったなんて、嘘のようだ。


「全軍って、戦後交渉も終わったってことよね」


私は驚きを隠せなかった。

だって、終戦したとはいえ、まだまだ戦後処理で軍は戻ってこないと思っていたから。


「それが、あっちが完全降伏したらしいわ。王族は全員逃亡か殺害されたから、うちの第二王子が王位に就いて属国になるそうなの」


「それで交渉が早かったのね。これからはどちらもうちの国だから」


「ええ、それにアレンディオ将軍の戦い方がすごかったらしくて、敵が戦意喪失したことも影響してるって」


「アレンディオ様……」


その名を聞いた私は、意味もなく復唱した。

そしてつい、遠い目になる。


アレンディオ・ヒースラン将軍、25歳。

今、わが国で知らぬ者はいない常勝将軍の名だ。


そして、私の夫の名前でもある。


結婚していることも忘れそうになるこの契約婚だが、私の家からお金を援助されていた衰退貴族・ヒースラン家は今ではしっかり持ち直した。


立場は逆転し、うちが援助される側になっている。


つまり、この結婚の意味はまったくなくなってしまったわけで。


「なぁに?うれしくないの?せっかく夫が活躍して帰ってくるっていうのに」


いたずらな笑みを浮かべるメルージェ。

でも私は乾いた笑いしか出ない。


うれしい?

うれしいかうれしくないか、それすらもよくわからない。


ただ、めんどうなことになるな……と思った。


この10年で私はこんなに薄情な妻になってしまった。

いや、そもそも私たちは最初から仲良し夫婦ではない。だから、10年も会わなかったらこうなるのも仕方ないのでは?


「手紙は半年に一回。それも『まだ生きている』とか『敵を片付けて砦を占拠した』とか、そんな話が3行ほど書いてあるだけの内容よ?しかも彼がどこにいるかは軍事機密だってことで教えてもらえなくて、こちらからは一度も返事を出せなかったわ。10年間、業務連絡だけの夫婦が今さら会ってもどうにもならないわよ」


「えー?でもいくら国境にいても、出入りの商人に頼んで誕生日の贈り物くらい皆しているわよね。まさか……」


「贈り物なんて一度もなかったわ。多分、私の誕生日を知らないんじゃないかしら」


名ばかりで愛はない夫婦。

けれど、私には運よく仕事がある。


今の彼には、お金も名誉も騎士としての仕事も、何もかもが揃っている。


「政略結婚って仲睦まじい夫婦もいるけれど、ソアリスのところは違うのか~」


恋愛話が大好きなメルージェ。残念ながら、私は彼女の期待に応えられるような話を持っていない。


「ごめんね~。私じゃなくて、大恋愛しているサブリナに話を聞いてみて?」


タイミングよく食堂に現れた、侍女のサブリナを見つけた私は彼女に向かって手を振る。

近衛騎士と大恋愛中の彼女は、いつも豊富な話題で私たちを楽しませてくれていた。


婚約者がいたのに、破談にしてまで近衛騎士と婚約しなおそうという女性なのだ。メルージェが求める大恋愛は、サブリナの話がいいだろう。


「ふっ……『なんで君なんだ』って失望された私には、恋愛のれの字もなかったわ」


「ソアリス!戻ってきて!戻ってきてぇぇぇ!大丈夫よ!私はソアリスの味方だから!」


あぁ、ついに夫が帰ってくる。


私はそろそろ準備をした方がいいか、と秘かに決意するのだった。






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