番外編SS 延長戦~俺たちの茶番はこれからだ!~
ニーナちゃんの結婚話の延長戦です。
応接室にて。
アレンディオは不機嫌の極みだった。
隣に座るソアリスは、困った顔でちらちらと夫の様子を窺っている。
「すみません、お邪魔してしまったようで」
正面に座るクリスは、満面の笑顔でそう言った。
ちっとも「すみません」と思っていないことは明らかである。
その隣で、カタカタと小刻みに震えるニーナは「この状況は私のせいなの?」と怯えている。
アレンディオは紅茶を一口飲むと、クリスに対してこう言った。
「いきなりやってきてニーナと結婚したいとは、働き過ぎてどうにかなったのか?」
休日を妻とゆっくり過ごそうとしていたのに…、と不満げなオーラが物語る。
しかし、対人関係ではアレンディオをはるかに上回るクリスは、まったく動じない。
「私はとても元気です。ニーナ嬢がそばにいてくれたら、これまで以上に仕事がはかどりそうですよ」
にこりと笑い、ニーナを見つめるクリスはどう見てもこれまでの彼とは違っていた。
応接室の扉の前で、護衛として立つ妹・ユンリエッタは憐憫の目でニーナを見た。
(ニーナ様、あとで揚げパンをお部屋に持っていきますからね。もうあきらめて捕まってください)
重苦しい空気(?)が漂う中、ふっくらしたお腹に手を置いたソアリスはアレンディオに声をかけた。
「アレン、顔が怖いです。せっかくのお申し出なのですよ?ニーナの気持ちが前向きになっているのなら、婚約はおめでたいことなのでは」
そんなソアリスに対し、アレンディオは「すまない」とつぶやくように言った。
そして。
「あぁ……!今日も俺の妻が最高にかわいい。この慈悲深さ……!突然やってきた胡散臭い笑みを浮かべたクリス殿にまで寛容とは」
「将軍、一応先ぶれは出しましたよ?」
「断ったが?」
「はい。断られましたが、急を要しましたので奥様宛の遣いもやって、快く承諾をいただきましたのでこうして来ました」
「おのれ、二段構えでくるとは」
あははと笑うクリスは、アレンディオの反応をおもしろがっているように見える。
将軍を軽くあしらえる男は、国内にそうはいない。
ソアリスは二人を見ながら、密かに思った。
(アレンが暴走したとしても、クリス様なら止めてくれるかもしれないわね)
一番はニーナを幸せにしてくれることだが、夫のこともできれば頼みたい。
これは頼もしい味方ができるのでは、と何となく感じていた。
「ニーナ、わかっていると思うがこの男はかなり癖が強い。何より、ユンリエッタの実兄だ。危険すぎる。本当にいいのか?」
「うわぁ、真正面から失礼ですね。うちの妹は確かにおかしいですが、私は社会的に道を外したことはありませんよ」
2人に見つめられ、ニーナは動揺しつつもはっきりとその想いを口にする。
「えっと、確かに私はクリス様と婚約したいと思っています。これほどいいお話はないと思いますし、お優しい方だと思いますし、それに質素倹約だっていうのも魅力です」
「え?」
ここで反応したのはソアリスだった。
本当に大丈夫なのか?という表情で妹に問う。
「ねぇ、質素倹約の意味はわかってる?」
「ええ、贅沢しないってことでしょう?」
「それはそうだけれど。贅沢っていうか、貧乏ではないのよ?お邸だってきっとご立派で、リンドル子爵家とは違うのよ?」
「さすがにうちと似たようなものだとは思っていないわよ」
「そう……?」
本当に大丈夫だろうか?どうにも勘違いしているような気がする。
ソアリスはどう説明していいものか、と頭を悩ませた。
クリスはだいたいの状況を察し、ソアリスを安心させようとした。
「大丈夫です。うちは本当に華美なものはありませんし、社交の場では当然装いなどは手をかけますが、日常は貴族の中でもまれにみる質素さですので」
「そうなのですか?」
「ええ。それに、婚約したら我が家で行儀見習いもかねて過ごしていただければと思いますし、ニーナ嬢の心が休まるような日々を作れたらと考えています」
「それでしたら、私からは特には……。本当にありがたいお話ですし、何よりクリス様がニーナを好いてくださっているのが伝わってきて、姉としてはうれしいですわ」
恋愛感情を一切持たない夫婦もいる。人それぞれだとはわかっているが、ソアリスは自分がアレンディオと暮らす日々を幸せに感じていて、ニーナにもそうあってほしいと密かに願っていた。
クリスの様子を見れば、ニーナの性格や貴族令嬢らしからぬ行動を知った上で、それでも好きになってくれたのはわかる。
「姉上から許可は下りましたが、将軍はいかがでしょう?」
ここでクリスは、黙っていたアレンディオを見て尋ねる。
ニーナも揃って義兄を見た。
「いかがも何も、ニーナがその気になっていて、ソアリスもよいと言っている。俺がダメだという道理はない」
「それはよかったです。ありがとうございます」
「だが、本当に妹を任せられる相手かどうか確かめる必要はある」
「おや、それはどのようにして?」
「もちろんこれだ」
アレンディオは立ち上がり、かけてあった剣を取るとそれをクリスに投げ渡す。
受け取った彼は、まったく動じずに感想を述べた。
「いい剣ですね。飾りとはいえ、実践でも使えそうだ」
「ちょうど訓練場が空いている」
「では、そちらへまいりましょうか」
にこやかに立ち上がるクリス。
ニーナが驚いて彼の袖をひっぱり、行くのをやめさせようとする。
「クリス様!相手はお義兄様ですよ!?死んじゃう!死んじゃいます!」
あわあわとうろたえるニーナを見て、クリスは意地の悪い笑みを浮かべた。
「これでも武門の家の長男ですよ?将軍相手とはいえ、さほど無様なことにはなりませんから安心してください」
「え?」
「ん?ご存じないですか?私は補佐官になる5年前まで近衛にいました」
「え?」
嘘でしょう、と目を見開くニーナだったが、すっとそばに寄ってきたユンリエッタが耳打ちする。
「兄は私より強いです。殺されることはないのでご安心を」
しかしその言葉とは反対に、その目は言っていた。
──兄がボコボコにされたらおもしろいですね
すべてを感じ取ったクリスは、ため息交じりに言った。
「妹の期待を全力で裏切るつもりでいきますよ。ニーナ嬢に格好の悪いところは見せられませんし」
「え、あの。私も行くんですか?」
「そこはきてくださいよ!?」
ニーナは、テーブルの上にある揚げパンをちらりと見て、そして言った。
「待っててね……」
(((二人が戦っている間に、食べる気だったのか)))
全員の視線が揚げパンに集まる。
「では、行くぞ」
応接室を出て行こうとするアレンは、ついてきたソアリスに向かって一言告げた。
「ソアリスはここにいてくれ。訓練場は寒いから体によくない」
「でも」
「紅茶も淹れたばかりだろう?揚げパンや菓子を食べ終わる頃には戻ってくるから」
妻の髪を撫でると、アレンディオは颯爽と出て行ってしまった。
「え、お姉さまがここにいるなら私も」
「さぁ、ニーナ嬢!行きますよ。応援してくださいね」
「あ、はい……」
クリスに連行される妹に手を振り、ソアリスは応接室に残った。
「あら、ユンさんは行かなくていいのですか?」
ふと気づけば、自分と同じくユンリエッタもここに残っている。彼女はソアリスに座るように勧め、笑顔で言った。
「どうせすぐに終わりますよ。あの剣では、アレン様の攻撃の前で長くはもちません。折れて終了です」
「まぁ、そうなの?」
「はい。茶番ですよ、茶番。さぁ、奥様はここでゆっくりしていましょう」
静かな応接室で、ソアリスは言われたとおりにのんびり過ごす。レモンを入れた紅茶は、さっぱりしていておいしかった。
「あ」
「どうかしました?」
クッキーを手にしたソアリスは、ふと気づいた。
「婚約が決まった気になっていたけれど、お父様にも知らせなきゃ。アレンに任せるっていうから、つい忘れちゃってたわ」
リンドル家の当主は、アレンディオではない。
忘れがちだが、父親は健在である。
ソアリスは苦笑した。
「お父様、びっくりするだろうなあ」
持参金を用意できるのだろうか?
夫たちが茶番を繰り広げているその裏で、頭を悩ませるソアリスだった。




