閑話 将軍はあれこれ画策する
「邸まで送らなくて大丈夫なのか?」
馬車の前で、アレンディオは妻に向かってそう尋ねる。
柔らかな笑みを浮かべたソアリスは、忙しいのに自分を送っていこうとする夫に「大丈夫です」とだけ告げた。
そばに控えるユンリエッタに、アレンディオは念を押すのも忘れない。
「ソアリスを頼む。邸の中でも警戒を怠るな」
「かしこまりました。本日はわたくしが一緒に寝ます」
「いや、それはいい。夕刻には俺が戻るから」
「遠慮なさらず」
「……早く乗れ」
ユンリエッタはソアリスと共に馬車に乗り、特務隊の一人が御者の隣に座って出発した。
通用門を過ぎるのを見送ったアレンディオは、鋭い雰囲気のまま騎士団へと戻っていく。
いつになく殺気立つ将軍の姿に、すれ違う騎士や文官は背筋が凍る思いだった。
ルードは、今何が起こっているのか正確に把握しているため、素知らぬ顔で後に続く。
ーーパタンッ……。
執務室に戻ると、アレンディオの背中に向かって声をかけた。
「もういいですよ」
補佐官の声に、弾かれたように書机に拳を叩きつけるアレンディオ。
ーーダンッ!!
いくつかの書簡がはらりと床に舞い落ちた。
「っっっっっかわいすぎる!!ソアリスが俺を頼ってくれた……!わざわざここまで報告に来てくれた……!!」
「よかったですね、以前より信頼されていて」
「ぐっ……!しかも抱き締めたときに腕に収まる絶妙な感触……!もう一生、腕の中に閉じ込めておけるのではと思うほどの収まり具合だ」
んなわけない、と思いつつも補佐官は何も言わない。
ただ冷静に、アレンディオの暴走が落ち着くのを待っている。
「マルグリッド嬢は、ソアリスの美しさに嫉妬したのかもしれない。控えめでいてときに凛々しく、それなのに花のような愛らしさも兼ね備えた妻だからな」
「ソウデスネ」
「ソアリスを早く安心させてやりたい。今すぐ全員投獄したい」
「ソウデスネ……っていやいやいや、さすがに今すぐは」
「邪魔する者は、血の一滴すら残さず消す」
憎悪に染まる蒼い瞳。
仄暗さと妖しさを感じさせるその顔は、決してソアリスの前では見せないものだった。
「徹底的に潰す。すでに調べは終えてあるな」
「はい。ヴォーレス公爵家の傘下にいる貴族は、私たちが戦地で駆けまわっている間も甘い汁を吸ってきたようで……。証拠をちらつかせれば2、3日で落ちるでしょう」
「結婚式の参列者が減ってしまいそうだが、元より大規模なものにはしたくなかったからちょうどいい」
「とはいえ、末端は粛清するに当たらずという状況ではありますので適度にいたしますよ?ほら、雑草も根こそぎいってしまえばよそから害虫がくるやもしれませんから。あくまでさりげなく数を減らすようにします」
「任せる」
悪だくみは、将軍の自分よりも適任がいる。
アレンディオは再び席に着き、早く妻のもとへ帰るために残りの仕事に手を付け始める。
「では、またのちほど」
爽やかな笑みを浮かべた補佐官は、その腹に抱える黒いものを一切感じさせない様子で出て行った。