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妻は仕事中

 アレンと共に登城した私は、いつものように王女宮へ向かった。


 一年で最も暇な時期なので、休暇を取っている同僚も多く、空き机の目立つこの光景は毎年恒例である。


 金庫番の業務室にはゆったりとした時間が流れていて、早々と出勤した私を一番乗りだったアルノーが出迎えた。


「おはよう、今日もお熱いお見送りだったね」


 明るい笑顔でそんな風に冷やかしてくる。

 アレンが王女宮の手前まで私を送ってくれたのを、男性用の休憩室で制服に着替えている最中に窓から偶然目にしたらしい。


「おはよう。アレンは何て言うか、マメな人なのよ」


「ははっ、そんな受け取り方もあるのか~。平和だねぇ」


 机の上には、朝の一便で届いた書類や手紙の束が少しだけある。

 私はそれを手にして、ペーパーナイフで一通ずつ封を切りながら話した。


「メルージェは今日から戻ってくるのよね?もう少し実家でゆっくりしてもよかったのに」


 毎年、豊穣祭に合わせて休みを取るメルージェは、実家の食堂が忙しくなる時期なので長めの休暇を取っている。


 今日から出勤予定だけれど、慌ただしく働いていてちっとも休めていないのではと思った。


 アルノーは何度か食堂へ顔を出し、メルージェの様子を見に行っていた。

 メルージェのお母さんは娘の離婚を残念そうに嘆いていたそうで、アルノーに何度も「娘をよろしく」と頼んだと言う。


 ただしそこに他意はなく、友人として見守ってくれという意味だろうとアルノーは話していた。

 これほど長く友人関係を保ってきたのだから、まさか娘のことを好いているとはお母さんも思わないだろうか。


 メルージェとアルノーは相変わらず友人同士で、今はまだこれでいいのだとアルノーは笑う。


 離婚して今すぐ恋を、と言うのは無理だろうし、アルノーだって幼なじみだったダグラス様を失ってつらい思いをした。

 飛び蹴りしたところで、やるせなさは残ったらしい。


 すぐにでも二人がうまくいって欲しいと思うのは私の勝手な願望だから、とても口にはできず、どうか幸せになって欲しいと願うことで精いっぱいだ。


 口元だけに笑みを作り、アルノーが話すのを聞いていると、ふいに彼は私の肩をポンポンと叩く。


「大丈夫だよ、そんな顔しなくても。さすがに将軍みたいに10年は待ちたくないけれど、今はこれでいいんだ」


「アルノー」


「…………あ、しまった。ソアリスに触ったら斬られるんだった」


 いや、こんなことで斬られるとは思いたくないんですが!?

 クスクスと笑う私を見て、アルノーも笑った。


「あ、そういえば聞いた?事務官見習いのカルロッタ嬢が一昨日から行方知れずだって」


「行方知れず?」


 カルロッタ嬢は昨年入ってきた十六歳の男爵令嬢で、実家が没落寸前だと聞いた。私は特に接点があるわけじゃないけれど、没落仲間として存在だけは知っていた。


「失踪する理由も無きにしも非ずってところだから、家出も含めて捜索中らしい。実家が困窮していたから、すべてが嫌になって失踪するっていう可能性もあるでしょ?最近、気落ちしていたっていうし。それに、駆け落ちっていう線も捨てられないからなぁ」


「それはそうだわ。たまにいるものね、身分差から結婚を反対されて家出したり、婚約者がいる相手と恋に落ちて駆け落ちしたりする子って」


「そうなんだよね。カルロッタ嬢は婚約者も恋人もいなかったみたいだけれど、秘かに付き合っていたとか街で出会っていたとか考えられないわけじゃないし。でもここ数か月で、突然失踪する女性が急に増えたらしくてさぁ。平民や貴族問わずで失踪者がいるものだから、組織的な誘拐じゃないかって噂もある。うちのお針子たちも、寮まで馬車で送迎することになったくらいだし」


「そうなの?さすがスタッド商会ね。従業員に優しい」


「そりゃどうも」


 アレンも今朝、そんな話をしていた。

 私にはユンさんたち護衛騎士がいるから何かあるとは思えないけれど、こうなるとさらに妹への心配が増す。


「実は今朝からニーナが来ているの」


「今朝?社交のためにこっちに滞在するって言っていたのって、ついこないだだよね」


 連絡もなしにいきなり来たことを話すと、アルノーは苦笑いで呆れていた。


「元気だね、ソアリスの妹は」


「本当に。でも元気過ぎて心配だわ。アレンが失踪事件のことを話して忠告したから、さすがに一人で出歩かないとは思うんだけれど。きっと今頃、護衛騎士が邸へ向かっていると思う」


「そっかぁ。それなら今日は早めに帰りなよ。暇な時期なんだしさ」


「そうね、そうさせてもらうわ」


 まずは書類を全部片づけなくては。

 この量なら、三時間もあれば各所への返事も書き終わるはず。


 アルノーも自分の席につき、しばらく無言で作業を続けた。

 そして三十分ほど経った頃、メルージェが大量の花束を持って入室してきた。


 ――ガチャ。


「おはよう。久しぶりね~」


「「おはよう」」


 メルージェは水だけ入っていた花瓶に、オレンジ色のアネモネを挿す。


「それは?」


 初めて見た色だった。

 紫や白はよく花屋で見かけるし、王女宮の庭にも赤いアネモネは咲いている。

 けれど、目が覚めるようなオレンジ色なんて初めてだ。


「きれいでしょ?ソアリスのファンからたくさん届いたの」


「あぁ……、例の将軍純愛物語のファンの方」


 もう半年になるのに、相変わらず純愛物語のファンから金庫番に花が届いていた。

 それも、一人の人からではなくそれこそ何十人という送り主が存在するらしい。


「めずらしい色だったから持ってきたけれど…………匂いがきついわね」


 メルージェが顔を顰めた。


 私とアルノーもその甘い匂いが気になったので、花は廊下の飾り棚へ移動させることにした。


「人が少ないから、花の匂いが広がりやすいのね。いつもならそれほど気にならないのに」


 メルージェがそう言うと、アルノーが首を傾げた。


「単純にあの花が匂いの強い品種なんじゃないかなぁ。香水にするにはよさそう」


「まだまだ届いているわよ?持って帰って、スタッド商会で研究用に使ったら?」


 いつも大量に花が届くので、私たちは枯れる前に分けて持ち帰ることが常態化していた。


「成分と香りを抽出すれば、前にアルノーが持ってきてくれた香油みたいにもできそうね」


「持って帰って研究室に渡そうかな〜。花の寿命は短いし、有効に使わなきゃね。とりあえず今は廊下と倉庫に置いておくか」


 二人が話しているうちに、私は室長に届ける分の書類の確認を終えていた。

 席を立ち、アルノーが書き上げていた分も持って部屋を出る。


「室長のところへ行ってくるわ。後はよろしくね~」


「「いってらっしゃーい」」


 不穏な失踪話はあれど、二人が笑って手を振る姿を見ると「ここは平和だなぁ」と思った。


 ーーパタンッ……。


 警備の兵がいる以外に文官の姿はなく、静まりかえった廊下はさっきまでの和やかなムードとは正反対でどことなく淋しい。


「おでかけですか?」


「いえ、二階へ行くだけです」


 顔見知りの警備兵に笑顔で答え、私は色とりどりの花が飾られている廊下を歩いていく。


 そういえば、室長には書類を渡すついでにニーナの社交活動について報告しなくては。

 きっとまた見合い話や身上書が届いているはずだから……。


 私は足早に階段を上がって行った。












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