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【3巻8/2】嫌われ妻は、英雄将軍と離婚したい!いきなり帰ってきて溺愛なんて信じません。  作者: 柊 一葉
嫌われ妻は離婚したい

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妻は混乱しています

 爽やかな朝。

 アレンディオの邸から逃げ帰ってきた私は、まったく爽やかじゃない気分で目覚めた。


 二時間ちょっとしか眠れなかった……!

 突然の再会、アレンディオの豹変。

 頭の中がこんがらがっていて、今日の業務がきちんとこなせるか心配になる。


 もう何度目かわからないため息を吐き、クローゼットを開けてスカスカのそこからえんじ色のワンピースを着た。


 私服は3着。ここに入っているのは、ワンピース3着+喪服が1着のみ。

 あとはずらりと制服が並んでいる。


 制服はいつも衛生的でなければならないので、洗濯は洗濯係がやってくれる。上着なんて通常用と式典用、外出用と計7着もある。


 私服より制服の方が多いって、貴族令嬢とは思えない状況だなと改めて思った。

 あ、令嬢じゃない。伯爵夫人だったわ、私。


 あはははと乾いた笑いがひとりでに漏れる。

 末期だわこれは。


 ガチャッと扉を開けると、鍵付きのポストに手紙が入っていた。

 差出人は、アレンディオ・ヒースラン。その名前を見て、どきりとした。


 逃げ帰ったことに対する苦情かと思い、焦って上等な白い紙を広げると、そこには私のことを労わる内容だけが書かれていた。


『心配している。追加の薬は職場に届ける』

『今日は帰ってきてくれるか?夕食は共に摂りたい』


 そんな内容だった。


 私は申し訳なくなり、さらにため息を吐く。


 昨夜、絶対にしなければならない仕事などなかった。

 けれど、逃げるにはあれしか口実が思いつかなくて。「仕事を思い出したので」というのは、最適かつ合理的な理由だと思った。


 書き置きして逃げたのはさすがにまずいと、今なら判断できるのだけれど……。

 もう、ごめんなさいと謝るしかない。


 邸の使用人たちには、金庫番が激務と思われているかもしれない。


 アレンディオには今夜また会うんだし、そのときに今度こそ離婚申立書を渡そう。そして、何がどうなってこうなったのか、やはり一から話し合わなくてはいけない。


 もしかして、昔お金を借りたことで私を捨てるに捨てられないと思っているのかもしれないし。そうならば、「そんな必要ないんだ」って言ってあげなきゃ。




 トボトボと職場に向かって歩いて行くと、早朝というのに同僚のアルノーに遭遇した。


 一階の庭園は、文官たちの憩いの場。彼はそこのベンチに座り、朝食を食べていた。サンドイッチを手に、私を見つけてそれごと手を振って笑いかけてくる。


 人好きのする明るい笑顔の彼は、華奢で見るからに文官。26歳で、王都で一番有名なスタッド商会の三男である。

 私は彼の紹介で、金庫番になれた。


「おはよう。その顔どうしたの?」


 彼はとてもストレートに尋ねてきた。黒に近い茶色の髪が、陽の光に透けてとてもきれいに見える。


 にこにこ笑っているのは、私の状況をだいたいわかっていておもしろがっているから。


 私は疲労を隠さず、ぐったりした声音で答えた。


「おはよう。どうしたもこうしたも、寝不足なの」


 アルノーは同僚なので、昨日アレンディオが業務中にやってきたとき私たちのそばにいた。


 私を抱き締めるアレンディオを止めることはなく、背後で引き攣った顔で固まっていたような気がする。


 まぁ、ザ・文官の優男であるアルノーがアレンディオを止められるかというと絶対に無理だ。怪我するといけないので、見守るに限る。


 アルノーは、連れ去られる私を助けてはくれなかったけれど、私の分の早退届を代筆し、仕事を片付けてくれた。いいやつなのだ。


「昨日、あれから王都の邸に連れて行かれて……」


 隣に座った私は、まだ早い時間ということもありアルノーに状況を説明した。

 10年前とは見た目も中身も変わっていること、なぜか彼が結婚生活の継続に前向きであること、私は耐え切れずに逃げてきてしまったこと。


「あはははははははは!」


「笑いすぎよ!」


 お腹を抱えて爆笑するアルノー。他人事だと思って、笑いすぎだ。


「あー、おかしい!ソアリスに聞いていた話と全然違うじゃないか!『なんで君なんだ』って失望されたんだよね、昔?なのに今さら抱き締めてくるとか、邸で口説いてくるとか……!10年を埋めていきたいって、俺なら気が遠くなるね」


 当事者としてはまったく笑えない。


「なんでこんなことになっているのかさっぱりわからないの」


「いい医者を紹介した方がいい?」


 私と同じことを考えているらしい。

 力なく首を振った私は「目と頭が無事かどうかは、本人に確認済みよ」と言った。


「ひーー、あーおかしい!こんなことってある?舞台劇じゃないんだから」


「劇の方がまだ整合性が取れているわよ」


 クククとまだ笑いが収まらないアルノーは、目尻には涙まで浮かんでいる。


 人の反応を見ると、やはり「これはおかしい」と思う私の反応は間違っていなかったんだなって思った。


 彼はごめんごめんと謝ると、サンドイッチを一つ私にくれた。卵とハムのいい香りがする。


「ソアリスが拒絶されたって思い込んでいただけじゃないの?本当は、将軍はソアリスのことが好きで好きで仕方なかったとか」


「ありえない!」


「それなら、これから一体どうするの?」


「どうするって言われても、どうしたらいいかわからないから困っているのよ」


 ポケットには離婚申立書。

 私は今夜の話し合いが苦痛で仕方ない。


 胃が痛くて、サンドイッチは…………食べられた。そういえば、昨日夕飯を食べ損ねたんだった。


 いい食べっぷりだね、とアルノーはまた笑う。


「ソアリスはお人好しだからなぁ。心配だよ」


 彼がそう言うのはしょうがない。

 そもそも私が金庫番になったのは、アルノーの実家であるスタッド商会に騙されかかったからだ。6年前、スタッド商会は長男が取り仕切っていて、あやしげな薬や武器の密輸に手を染めていた。


 薬を作る際に薬草に投資する詐欺も。

 私の父がアルノーの兄に騙されそうになって、たまたまそのときある侯爵家で侍女をやっていた私がそれに気づき、スタッド商会に乗り込もうと事務所の周囲をうろうろしているときにアルノーに出会ったのだ。


 アルノーは三男で、次男さんとは同腹の兄弟。横暴で犯罪に手を染める長男を追い出すために、うちへの詐欺を実証してくれた。その後、お詫びにということで、お給金のいい金庫番の仕事を紹介してくれたのだ。


 当時からアルノーは金庫番の仕事をしていて、私は後輩にあたる。けれど、先輩後輩というよりは家ぐるみで付き合いのある友人といった方がしっくりくる。


「俺だったら、10年間も放置されていたんだからこれからしっかり養ってくれって、寄生してやろうって思うなぁ。今では没落しているかもしれないけれど、10年前にリンドル子爵家がヒースラン伯爵家に恩を売ったのは間違いない事実なんだから」


 恩を売ったという表現はやめてほしいわ!?

 娘を押しつけた、売りつけた……あ、何にせよ言葉にすると残酷だ。


「商人的な考え方で言わせてもらえば、本当に危ういときに助けてくれた人にはそれなりの恩返しが必要だよ。君は、自分も将軍も被害者だって思っているんだろうけれど、政略結婚である以上この話は家同士の契約なんだ。将軍が君を捨てるなんてこと、世間的に許されないと思うな」


「だからどうにかして、向こうに非がないように穏便な離婚がしたいのよ」


 アルノーは困ったように笑い、「むずかしいんじゃない?」とあっさり否定した。





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