続きとは?
純白のドレスを着て、メイクや髪のセットが仕上がるまで約二時間。
アレンがすぐに時間を取れなかったのをいいことに、メイク担当のリルティアをはじめメイドさんたちが本気を出し、私は本番さながらのスタイリングを施された。
「準備が終わりました」
「ありがとう」
息苦しさをどうにか我慢して、浅い呼吸を小刻みに繰り返す私。見かねたリルティアが「明日はもう少し緩めに締めますね」と言ってくれた。
これではとてもダンスは無理だ。素直に提案を受け入れる。
「本当にお美しいですわ」
「皆のおかげよ」
鏡の前に立つと、純白のドレスを着た自分が映る。
なめらかな肌触りの生地はキラキラと光を反射して、シンプルなのに華やかな雰囲気だ。
胸元から上、首にかけてはキラキラと煌めく繊細なレース。背中は大胆に開いているけれど、高貴な雰囲気の漂うデザインだった。
王家御用達を狙う、エフィーリアお姉様の本気を感じるわ……!
「おかしいところはない?」
「はい、おきれいです」
いよいよアレンに見てもらえると思うと、急にドキドキと胸が鳴り始める。
ただでさえ息苦しいのに、少し緊張してしまった。
座っていればいいのに落ち着きなく動く私を、使用人たちは温かい目で見守ってくれていた。
そしてついに、衣装室へ夫がやってくる。
「失礼いたします。アレンディオ様がいらっしゃいました」
私が着替えている隣の部屋は、すっかり片づけられて椅子やテーブルがセッティングされている。
アレンはそこへ案内され、衝立越しに私に声をかけた。
「ソアリス?もう準備は終わったのか?」
「ええ、ついさきほど」
「そうか……」
ん?なぜかアレンがホッとしている。
まさかすぐに来られなかったから、私がすでにドレスを脱いでしまったと思ったんだろうか。
アレンに見てもらいたくて私が呼んだのに……。
「それでは、ごゆっくりどうぞ」
メイドたちは、一斉に部屋から出て行ってしまう。
しんと静まり返った広い部屋に、私とアレンは二人きりになった。
目の前の衝立から私が出れば、もうそこに彼はいるんだけれど――――
衝立なんかがあるから、もったいつけたみたいで出るに出られない!!
どうしよう。
今になってさらに緊張してきた!
「ソアリス?そっちへ行っていいのか?」
様子を窺うようにアレンが尋ねる。
「いえ、あの、私がそちらへ行きます」
見てもらいたいような、逃げたいような。もったいぶるようなものでもないのに、足がまったく動かない。
「アレン」
「ん?」
「ドレス、とっても素敵でした。まさか純白のドレスを着られるなんて思ってもみなくて、驚いて、それで、うれしくて……」
心臓がドキドキと鳴る音が聞こえる。
手をぎゅっと組み合わせ、背筋を伸ばして深呼吸した。
大丈夫。アレンはきっと私に似合うと思ってドレスを贈ってくれたんだから、喜んでくれるはず。
自分にそう言い聞かせ、俯いていた顔を上げようとしたそのとき。
――ガタッ。
衝立が横に動き、驚いて顔を上げるとパチッと視線がかち合った。
私が覚悟を決めるその前に、アレンが障害物を取り除いてしまったのだ。
「「………………」」
彼は何も言わず、じっと私を見つめていた。
「………………アレン?」
ドキドキしながら、彼の反応を待つ。
呼びかけても何も言ってくれないので、私は困ってしまって首を傾げる。
「あの、こんなに素敵なドレスを贈ってくれて、ありがとうございました。うれしくて、本当に、うれしくて」
この気持ちをどう伝えたらいいのか。
たくさん時間はあったのに、適切な言葉が見当たらない。
「ソアリス」
二人して黙ってしまった後、しばらくしてアレンが口を開いた。
蒼い目はずっと私だけを映している。
「アレン?」
「きれいだ」
感極まったように、喜びで目を細める。
アレンのうれしそうな顔は何度も見たけれど、これほど幸せそうに微笑んでくれるとは思ってもみなかった。
大きな手がそっと私の肩に触れ、壊れ物に触れるように引き寄せる。
「想像していた何倍もきれいだ。誰にも見せたくないほど美しい」
胸に抱き寄せられ、私もゆっくりと彼の背中に腕を回した。
「本当にありがとうございます。まさか真白いドレスを着る日が来るとは思いませんでした」
目を閉じると、かすかに彼の心音が聞こえて心地いいと思った。
「俺が君にどうしても着せたかったんだ。ワガママを聞いてくれてありがとう」
「ふふっ、ワガママだなんて。アレンは私を驚かせるのが得意ですね」
彼が戻ってきてから、びっくりさせられてばかりだ。
それに、涙が出るほど喜ばせてもらってもいる。
アレンは少しだけ腕を緩め、私の顔を見下ろして言った。
「本当にきれいだ。ずっとこうして眺めていたい」
じっと見つめられると照れてしまい、私は少し視線を落とす。
すると、額や目元、頬に次々とキスをされる。
「あの……、眺めると言ったばかりですが?」
ただでさえ速い鼓動が、限界まで速くなる。
彼の行動を制するように手をつっぱると、両手ともに握りこまれてすぐに距離を詰められた。
「眺めていたらこうしたくなった」
唇がしっかりと合わさり、何度もキスを交わす。
背中と腰にしっかり腕が回されていて、立っているのがやっとの私をアレンは逃がさない。
「ふぁ……」
苦しげな吐息を漏らすも、私はすっかり捕まってしまっていた。
まずい、苦しい。
コルセットのせいもあって、うまく息が吸えない。
このままでは人生で初めて意識を失うかも、そう思った頃……。
――コンコンコンコンコンコン!!
「「っ!?」」
扉を連打するかのようなノック音に、私たちは驚いて動きを止めた。
「お姉様!助けてー!!」
「ニーナ!?」
驚いて名前を呼ぶと、それを返事と受け取ったニーナは扉をバタンと勢いよく開けて入ってきた。
そして、開けてあった続き間の入り口から泣きそうな顔を出す。
「明日、王妹殿下と王太子殿下とおでかけするって!着ていける服がないのっ!お姉様助けて……!!」
「「…………」」
突然にやってきた妹は、一気に用件を告げると「はっ!?」と目を見開いて唖然とした。
どうしたのか、と思えば、どう見ても私とアレンが抱き合っている状態なわけで。
「ご、ごめんなさい。お邪魔を」
「へっ、あっ、あああ、その、これは……!」
私は慌ててアレンから身体を離す。
妹に見せていい現場じゃなかった……!
みるみるうちに真っ赤に染まっていくのがわかる。
「えーっと、おでかけね?うん、そうよね?あの、そこにある茶色の衣装箱とワンピースを持って行って?そこにあるのは私が王都から運んでもらったものだから、好きに着てもらったら」
ルクリアの街へ出るかも知れないと思い、普段着でもちょっと高級なものは衣装箱に入れて持ってきていた。ニーナは私が指差した2~3箱をメイドに頼まず、軽々と持ち上げて「ありがとう!」と言う。
「お姉様と背格好が同じでよかったわ!今から買いに行くのはむずかしいもの」
「そうよね」
すぐに部屋を出ようとする妹を見て、私はホッと胸をなでおろす。
アレンと何をしていたかなんて、妹には見られたくないし聞かれたくないし、羞恥心が爆発しそうだから……。
けれど、妹はおとなしく客室に戻るかと思ったら、扉の隙間からちょっとだけ顔を出して言った。
「ドレス、とってもきれいよ。お姉様。お姫様みたい!」
「ありがとう」
「それから、いつの間にお義兄様とそんなに仲良くなったの……?お義兄様がお姉様を好きなのは知っていたけれど、お姉様まで……。びっくりしちゃった」
「!?」
何て返事をしていいのやら。
私は目を逸らし、黙秘することにする。
「あ、私はもう部屋に戻るから、どうぞ続きを!それじゃ!」
続きって何!?
気まずくてアレンと目を合わせられない。
しんと静まり返った部屋に、息苦しさが加速する。
けれどアレンは、私の背後からその長い腕を回して抱き締めた。
「アレン?」
まさかとは思うけれど……。振り返るに振り返れない。
そんな私に構わず、アレンは素肌の肩にチュッと軽く口づけた。
「続きを、と許可が出たから」
「なっ……!?」
待って、この状況で堂々と「続きを」って言えるってどういうこと!?
妹に見られて恥ずかしかったのは私だけ!?
卒倒しそうな私は、ユンさんとルードさんがやって来るまでなされるがままの状態になっていた。