12歳で結婚しましたが、夫が私を嫌っています
※書籍とは内容が異なります
貴族たるもの、いかなるときも笑顔でスマートでいなければならない。
それは、金で爵位を買った祖父の口癖だった。
社交界ではそこそこ幅をきかせているが、裏では「成金」と笑われるリンドル子爵家。
それが私の実家である。
ソアリス・リンドルとして生を受けて、早12年。長女である私は、母親譲りのキャラメルブラウンの髪を朝から丁寧に結い上げられ、宝石をちりばめた豪華なドレスを纏い、どこかのお邸へ連れてこられた。
そして上機嫌の父から、見知らぬ親子を紹介されて「明日からソアリスはアレンディオ様の妻になるんだよ」と言われ、その場に崩れ落ちそうになる。
貴族たるもの、いかなるときも笑顔でスマートでいなければならない。
頭の中で、祖父の声が聞こえる。
けれど、目の前にいる青年の不満げな顔に私は言葉をなくしてしまった。
ここは、由緒正しい家柄と有名なヒースラン伯爵家。
どう見てもそこの当主であるおじさまと、その息子がいる。
とても見目麗しい二人だけれど、訳あり感がひしひしと伝わってくる。
「さぁ、アレンディオ。挨拶を」
青年は、短めの黒髪に蒼色の瞳。風に飛ばされそうなほど細身で、15歳という年齢にしては小さく160センチ弱の背丈だ。
その儚げで頼りない雰囲気に、同情してしまうくらい。
容姿は整っているが、それだけでなく凛とした顔つきが美しいとは思った。
「アレンディオ・ヒースランだ」
「ソアリス・リンドルと申します」
悔しさを滲ませるかのような目。アレンディオは、ぐっと拳を握って何かに耐えていた。
彼がこんな風だから、私はすぐに父の言った「結婚」がどういうものか理解した。
――お父様、お金でアレンディオとの結婚を買ったのね。
いずれ、どこかの子息とお見合いするんだとは思っていた。
でも私はまだ12歳。まさかこんなに早く結婚することになるとは、思いもしなかった。
この国で、結婚年齢の制約はない。一応、夫婦が同居するのは双方が15歳になってからという決まりはあるが、12歳でも戸籍上の結婚はできる。
おそらくヒースラン家はかなり困窮していて、援助してくれる家を探していたのだろう。
そこに、都合よく歳の近いこどもたちがいた。
――アレンディオも私も、ある意味では被害者だ。
互いに望まぬどころか、降って湧いた縁談。問答無用で手続きは進められ、二人は名ばかりの夫婦になった。
顔合わせから、わずか10日。いや、もう10日というべき?
私は再び、ヒースラン伯爵家へとやってきていた。
「「…………」」
今日もまた、私はこれでもかというほど着飾ってアレンディオとお茶をしている。目の前の彼について、今のところ名前と身分以外のことは知らない。
いいお天気ですね、といえるような天気でもない薄曇り。私たちの気分を表しているようだと、柄にもなくそんなことを思う。
ヒースラン伯爵家は、私でも想像できたようにとても貧しい暮らしをしていた。
私との結婚からそれは一転し、すでに邸の中は美しく整えられている。
今だって、我が家の分家筋からやってきたシェフがおいしいお菓子を厨房で焼いて、それをテーブルに並べてくれた。ヒースラン伯爵家には使用人も増え、いずれもうちから派遣された者たちだ。
当主であるお義父様は、決して贅沢が好きで身を滅ぼしたわけではない。
事業に失敗したわけでも、ギャンブルにハマって散財したわけでもない。
「アレンディオの母親が長く病を患っていて、異国から薬を取り寄せたり、高名な医師に診せたり……結局彼女は助からなかったが」
顔合わせをした帰り道、ヒースラン伯爵家の貧乏さに疑問を抱いた私に、実父が簡単に説明してくれた。
アレンディオが生まれてから、母親は10年間の闘病生活ののちにこの世を去ったという。
何不自由なく暮らしてきた私にとって、家が没落するほど奥様の治療費に財産をつぎ込んだ伯爵の行動は衝撃的だった。不憫だと思った。
アレンディオはそのことをどう思っているのか、とても聞くことはできない。
金にモノを言わせてやってきた成金の娘。それが彼の私に対する評価だと思うから、今は焦らず、少しずつ親しくなっていけたら……と秘かに思った。
せっかくの縁だ、私は成金の娘だが彼と仲良くはしていきたい。
伯爵家がうちに資金援助を受けている以上、離婚するなどできないのだから、優しくしてあげたい。
そう、優しく…………
と思っていたのだけれど。
会ってまだ2回目。
優雅な所作で紅茶を飲んだアレンディオは、ソーサーにカップを戻すと思わずといった風にため息を漏らした。
そして、消え入りそうな声だが確かに聞こえた。
「なんで君なんだ」
驚きのあまり、私はひゅうっと息を呑む。
だってまだろくに会話もしていないのに、「なんで君なんだ」と言われれば、彼が私を疎ましく思っていると誰にでもわかる。
ショックだった。
私はまだ12歳で、彼は15歳。二人とも、これからまだまだ人生は長い。
家にお金がある以外に、目立って秀でているところのない私が、彼のこの深い拒絶をひっくり返すことはできるとは思えなかった。
「…………そうですよね、私もそう思います」
泣かなかっただけ褒めてほしい。
苦笑いでそう言うと、私は俯き唇を噛む。
彼は「しまった」という顔をしたが、謝罪も弁解もなく、この日は無言のまま時間だけが過ぎていった。
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