86。前皇帝陛下はいじめっ子でした
どうしよう。
目の前でこの辺りの権力者が固まってお茶をしているのだけどーー私、偉い人達とお近づきになりたいなんて願望も持ってたのかしら……って、さすがにそれはない気がする。
むしろ自分がいつ何をやらかすかと不安でしょうがないから、これは全力で遠慮したい状況だ。
元々はシアンは女王陛下への謁見をするって言っていたから、てっきりシアンがエリザに用があるものだと思っていて。今回は普通に私は付き添いくらいのノリで来てしまったけど。
さっきこのお爺さんが「君を待っている間」って言ったのの“君”って、話の流れ的に私よね。
一体私に何の用事があるというのだろう……この後どうすれば良いのかしら?
困った顔で周りのメンバーをチラチラ見ていると、ばっちりサイラスさんと目が合ってしまった。
いつの間にか、夫婦喧嘩はひと段落していたらしい。
目が合ったついでに、もう一度前皇帝陛下だというお爺さんを観察する。
真っ白な豊かな髭。同じく真っ白な髪はオールバックに流して、一つに括っている。
口元には穏やかな微笑が浮かび、好好爺といった風情だけど……元皇帝陛下が、人の良いだけのお爺さんなわけがないわよね。
大体、エリザの元夫って時点で、きっと普通の人じゃないはず。
そんな私の疑念たっぷりの視線を平然と受け止めて、お爺さんはにっこり笑う。
そのまま「折角だから私からももう少し自己紹介をしようか」と口を開き、クロエさんの説明を引き継いでくれた。
「さっきクロエからも紹介してもらったけれど、私はこの国に隣接する帝国の前皇帝なんだ。ここにいるクロエの父親で、エリザベスの元夫だよ」
「オースティン帝国、ですよね。この大陸で一番大きい国だと本で読みました」
「おや、よく知っているね。この世界に来て間もないのに、随分と勉強熱心なお嬢さんだ」
感心してもらったが、当然私がこの世界の情勢に興味があって勉強したわけではなく。私が帝国のことを知ったのは食文化の本を読んだからだ。
この国は海岸線を広く押さえているから漁港もいっぱいあって海産物が豊富そう、ここなら日本で食べたような美味しいお刺身が食べられるかも?って思って覚えてただけでーー口に出しては言わないけど、褒めてもらえる話ではない。
まあそんなことより。
「あの……帝国の前皇帝陛下が、この国の女王様と元ご夫婦、っていうのはどういう?」
「サイラスと呼んでくれて構わないよ。ーー私は元々帝国の第三皇子でね、此方の国に入り婿にきたのだよ。可愛い娘と息子にも恵まれて、夫婦としてもうまくやっていたと思うのだがーーある日突然別れろ、と迫られたんだ」
全く酷い話だろう?と続けながらサイラスさんはエリザを流し見たが、その顔はニンマリと悪戯っぽく笑っている。
エリザの方はもう完全にそっぽを向いて、意地でも元夫の方を見ないつもりらしい。
そんな元嫁を愉しそうに見遣った後、
「まあもう半世紀以上も前のことだけどね? 兎に角、それから行く宛もないからひとまず生まれた国に戻ったんだけど、色々あって結局皇帝の座につくことになったんだよ」
詳しい話は本題でもないから割愛させてもらうね、と茶目っ気たっぷりにウインクされた。
ーーうん、その辺は聞いてもきっと頭に入りきらないから、ありがたく飛ばしてもらおう。
エリザは紅茶をガブ飲みしながら、渋柿でも食べたかのような何とも言えない表情をしている。
サイラスさんはエリザの嫌がっている顔を見るのも面白いようで、嬉々として話を続けた。
「そうそう、離婚の理由は最近になってようやく教えてくれたんだけどね。これがーー「いい加減にせんかっ!」」
ガシャンっと食器の打ち付けられる音がして視線を向けると、ティーカップが見事に割れていた。
その向こうでは、ガルルルッと音がしてきそうな顔でエリザがサイラスさんを睨み付けている。
「それ以上余計な事を漏らすでないわっ! お主はいつもいつもわらわの神経を逆撫しおって……さっさと本題に入らぬか!」
「おっと、これは申し訳ないーー面白くてつい、ね」
「……フンッ、わざとやっておいてどの口が吐かすか」
ーーなんかこの遣り取り、身に覚えがあるような。
シアンとマゼンタに揶揄われている時の自分を見ているようだ。
ちょっとどころでなくエリザに同情してしまい、心の中でエールを送った。
「ソフィア……やはりお主はわらわの真の友じゃ!」
わらわは嬉しいっ! とうるうるした目で見つめられた。
エリザったら相変わらず大袈裟なんだから。でも私も嬉しいわ、と心の中で返事をしておく。
……それにしても、本題ってなんだろう?




