76。オーナーは泣き上戸でした
「……へっ、えっ? あ、あの、マヤさん? どうしてーー」
えっ、ちょっ、なんでマヤさんこんなに泣いてるの?!
あ、ひょっとしてお酒飲んだから? マヤさんって泣き上戸だったの!?
ワタワタしながら、私はチェストからタオルを取り出して手渡す。
マヤさんは受け取ったタオルを握り締めながら、なおも滝のように涙を流している。
「ーーうっ、ぐぅっ、ううぅっ……ソ、ソフィアさんに…ソフィアさんに、そんなに大変な過去があったなんてぇ~~!アタシったら、迂闊に踏み込んだ事を聞いちゃってゴメンなざいぃーー‼︎」
ダバダバダバーーー……っと顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしながら、マヤさんがぺこぺこと頭を下げて謝罪してくる。
「ま、マヤさん!? い、いいですって、今となっては昔の話と言いますか、もう全然気にしてませんから! 本当に大した事ないので‼︎」
「そっ、そんなわけがあるハズないじゃないのおぉ~~! 辛かったでしょうっ、大変だったわよね!?」
えぐえぐと泣き続けながら、可哀想にと繰り返すマヤさんを必死に慰めるが……。
何なのこれ、どうすればいいの。
一向に泣き止まないマヤさんを眺めて私は途方に暮れた。
正直、自分よりはるかに年上の女の人の慰め方とか分からない。
しかも泣いているのは私が可哀想だから、という理由だ。マヤさんに辛いことがあったわけじゃない。一体これをどうしろと?
けどーーうん、他人の事でここまで全力で泣けるマヤさんって凄い。私には無理なやつだ。
こうやって代わりに泣いてくれる誰かがいるって、幸せだと思う。
それに、ここまで可哀想と連呼されると逆に大した事なかったって思えてくるし。あ、なんかこれもデジャブ。
泣き続けるマヤさんの背中を子供にするようにぽん、ぽんと叩いてあやしながら、私は少し笑ってしまった。
「マヤさんーーあの、確かに私は母を亡くしていますし、父は仕事中毒で顔も見ていませんけど。それでも、ちゃんと愛してくれる家族はいるんですーーだから、大丈夫なんですよ」
「ううっ……、グジュっ。……本当にぃ?」
「ええ、本当ですよ」
だって私には、愛してくれるーー愛している姉がいるから。
ただ泣いていれば良かった子供の私と違って、急に家のことも幼い妹のことも全部任されて。
それでも笑いながら私の手を引いてくれた優しくて強い姉は、今もこれからも世界で一番大切な人だ。
姉は慈愛に満ちた人で、父に対しても恨み言ひとつ言わなかった。
困った人だわ、と少しだけ苦笑いはしてたけど「それだけ母さんの事を愛していたのよーー二人とも幸せなヒト達ね」と、どこの聖人君子かと思うようなことまで話していたーーその意見には、凡人の私は未だに賛同ができないのだけど。
「なんていうか……ソフィアさんのお姉さんって、デキた人間なのねぇ」
「ホントそれです。血が繋がっているのが信じられませんよ。しかも顔もスタイルも奇跡みたいに整ってるんですよ!? きっとあれは中に女神様でも入っているんですって!」
「ふ、ふふ。スゴいわねそれ」
良かった。マヤさん、だいぶ持ち直してきたみたい。
コップに水を注いで手渡すとマヤさんは「ありがとう」と言って受け取り、半分程勢いよく飲み干してから、涙の跡が残る顔でくしゃりと笑った。
「なんだかゴメンなさいねぇ、関係ない人間が泣いちゃって。実はアタシもね、母親を子供の頃に亡くして、父とも縁遠い生活だったから。余計に感情移入しちゃったのよぉ~」
「マヤさんも、ですか?」
「ええ、病気でね。生活のために無理をしてるのは気づいていたのだけれど、アタシも子供だったから。ちょっと疲れてるのかな? って感じで流しちゃってたのよねぇ…」
もう少し早く気づいていれば、何か違ったのかも知れないのだけど。まあ今更言っても詮無いわね、とマヤさんはうっすらと苦笑いを浮かべた。
「それは……仕方がないと、思います。少なくともマヤさんのせいではないです」
「ええそうね。でも……誰のせいでもないとしても、ひょっとしたら母が死なずに済んだ未来があったんじゃないか、とは考えてしまうの」
そう言って少し悲しそうな顔をしていたマヤさんだが、戸惑った顔で見つめる私に気づくと、勢いよく自分の両頬をバシンッ! と両手で挟んだ。
「え、えっ?! ……マヤさん?」
「思い出話はおしまいよっ! さ、お酒は美味しく飲まないとねー!」
次どれ飲もうかしら? と瓶のラベルを見比べながら、マヤさんは新しい瓶のフタをどんどん開けていく。
呆気に取られて見ていると、少し恥ずかしそうな顔で照れ笑いをし、片目をつぶった。
「さっきの、リュウにはナイショね? あの人昔の話をすると自分の方が辛そうな顔するのよ」
リュウってばなんのかんの言って心配性なのよねえ、と嬉しそうにしているマヤさんは、やっぱりリュウさんと素敵な関係を築いているんだろうなと思うのだった。




