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71。ニンジンは安直だったようです

呼吸を落ち着けながら手元の本に目線を落としていると、ページの端に影が差した。


「お城の書庫でイチャつくなんて、あの猫もいい性格してるよね。あそこまでこれ見よがしに牽制してくると逆に笑えるんだけど」

「クレイ……どこから見てたの」


影はクレイが前に立ったから差したらしい。全然気づかなかった。

ウサギもあんまり足音がしないものなのね。


「場所を聞かれてるなら書庫の奥から、期間を聞かれてるなら、まあ大体全部かな」

「……できれば止めて欲しかったのだけど?」

「無理だね、ボクが出ていった方がこじれたと思うよ?」


あの猫相当嫉妬深いよね、イヤになっちゃう、とクレイが深々とため息をついた。


そういえば前も自分で、猫の嫉妬は怖いんですよとかなんとか言ってたわね。


他人からも指摘されるってことは、冗談でなくシアンはかなりのヤキモチ焼きらしい……これ、結構まずいんじゃないだろうか?

何がマズいって、シアンがナチュラルに実力行使に出そうなところが。

前回クレイのことをシメると言ってた時も目が本気(マジ)だったもの。


シアンのいる前でクレイに声を掛けるのは極力避けよう。地雷と分かってて踏み抜く趣味はないわ。



ーーだとすれば、今が前回のお礼をするチャンスね。さっさと済ませないと。


私は居住まいを正してクレイの目を見上げる。



「……何、急に改まって」

「クレイ、前回は本当にありがとう。あなたのおかげで助かったわ」

「ーー別に、目の前で人が倒れそうになったらあれくらい普通でしょ?」

「そうかもだけど、助かったのは事実よ」


あのまま地面に激突していたら、今頃顔面に結構な青痣ができていたかもしれない。

いくら大したことのない顔でも、そんな事になったらしばらくは鏡を見るたび凹む事になっていたもの。


「なら、もう二度と同じ事がないように気をつけてよ。普通に心臓に悪い」

「ええ、それはもちろん。ーーそれで、昨日街で素敵な洋菓子屋さんを見つけたの。良かったらこれ貰ってくれない?」


私は手提げバッグの中から焼き菓子の詰め合わせが入った袋を取り出し、クレイに渡した。

クレイはとりあえずは受け取ってくれたが、袋の中をじっと見て固まっている。


あれ、外したちゃったかしら?



「……ねえ、これ何?」

「え、ニンジンクッキーの詰め合わせだけど」


袋の中身は、大小様々な形をした人参クッキーだ。

ひょっとして甘いもの嫌いだった? と首を傾げる。


「この前クレイ、私の読んでた本を戻すときにお菓子の挿絵をじっと見てたじゃない? だから、お菓子が好きなのかと思って」


前回書庫でクレイに頼んでいた資料をもらった時。

それまで読んでいた近隣諸国の風土や食文化について書かれた本を、片付けておくと言って持っていってくれた。

その時ついでのように中身をパラパラ捲ったあと、クレイはお菓子のページのところで手を止めて、しばらくじっと眺めていたのだ。


「お菓子は嫌いじゃないけど。だからって、何でニンジンクッキーなのさ」

「まあウサギと言えば人参かなーと」


お店の人にも好きなはずだとオススメされたし。

そう言うと「偏見もいいとこだよね」とため息をつかれた。


「言っとくけど、別にウサギ全員がニンジン好きってわけじゃないからね」

「あ、そうだったの……ひょっとしてクレイはニンジン嫌いなの?」

「ボクは……まあ普通」

「得意じゃなければ、また別のを買ってくるわ」

「ーーその場合、これはどうするの?」

「え? そうね……シアンとマゼンタに食べてもらおうかしら」


甘いポップコーンもバリバリ食べていたし、お茶会で出されたクッキーも普通につまんでいたから、二人とも甘いものも大丈夫なはず。

エリザにあげても良いんだけど……トマトとピーマンが嫌いって話だから、人参も高確率でダメな気がする。

やっぱりあげるならあの二人かな。


家でお茶をする時にお茶請けとしてでも出せば食べてくれるだろう。


そう思って袋を受け取ろうと手を出したが、クレイは渡してくる事はなく。

少し逡巡する素振りを見せた後で、しっかりと袋を抱きかかえた。



ーーあれ? なんで?

てっきり返却される流れかと思ったんだけど。


一向にお菓子の袋を渡そうとしないクレイを見て、私は首を傾げたのだった。


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