43。心配するだけムダでした
夢じゃなくて異世界って話は一旦保留にします。
そう言って私は席を立った。
考えたってすぐに結論が出そうもないし、それなら夢だという事で過ごした方が目が覚めるまで、あるいは戻るまでのここでの日々を平穏に過ごせる。
……この二日間がそれとは真逆の、安全装置のないジェットコースターに放り込まれた様な時間だった事には今はツッコミは入れない。
上の三人の様子が気になるので見てきますね、と言って水差しとコップだけ手に持って二階に上がると、奥から声が聞こえてきた。
「で、アンタ達なんか知らないケド、凹んでたらしいじゃないの? ソフィアさんが随分と気にしてたわよ~」
あんな良い子悩ませるなんて罪作りな事してんじゃないわよ! と、そんなマヤさんの言葉が聞こえて思わず足を止める。
それ、確かにすごく気になっていたやつだ……二人は何て答えるんだろう。
なるべく音を立てないように、そっと廊下の端に寄って息を詰める。
誉められた行為じゃないけど、どうしても気になるもの。
「……なんでそんなことアンタに話さないといけないんですか」
「そんなの気になるからに決まってるでしょっ!」
「理由になってねえだろソレ……」
「あーら、なら脅してほしいの?」
ネタならいくらでもあるのよぅ、城の彼女にでもチクってあげようかしら?
愉し気に笑う声と盛大な舌打ちが響きマゼンタが小さく唸った後、観念した様に話し出した。
「オレらの飼い主のーーソフィアの名前を。マヤに先に訊かれて、先に呼ばれたのが気に食わなかっただけだよ!」
…………
え、そんだけ?
マヤさんも同じことを思ったのだろう。
呆れた声で「何なのよソレ」と呟いている。
「……僕らも浮かれてたんでしょうね。いくらでも機会はあったのに、すっかり失念していたんです」
本当に迂闊でした。もう一生の不覚ですよと続けるシアンーーいやいや、ちょっと待て。
「……アンタ達、本当にそんな事で凹んでたワケ?」
「うっせー! 大事なことだろーが!」
「最初に名前を呼べるのは一人だけなんですよ。それをアンタなんかに取られたら腹も立つでしょう?」
え、いや立たないと思うけど。
誰が一番に名前を呼んだかとか、どうでも良くない?
本気? 本気でそんな事でガチ凹みしてたの? そんなくだらない事で?
うわぁ、色々心配してめっちゃ損した。私なりに結構気を遣ってたのに、完全に取り越し苦労じゃない……!
ああ、このやり場のない怒りをどうしたらいいのかしら。なんなら本人達に倍返しでぶつけてやりたい。
廊下でずるずると座り込みそうになるのを必死で堪えながら、アイツら後で覚えとけ、と心の中で毒づく。
「ーーはあぁ……。ソフィアさんになんて説明すれば良いのよ。こんなくだらない事だったなんて、あの子絶対思ってないわ」
ほんと、可哀想……。と続いて激しく同意する。もっと言ってやってほしい。
あの二匹が反省する図がこれっぽっちも思い浮かばないのが難点だけど。
ーーこの後。
『ところでこれ、私はどのタイミングで出て行けばいいんだろう?』
というもう一つの問題に気づいて悩む私に「……嬢ちゃんこんなとこで何してんだ?」と、皆を呼びにきたおじ様が声を掛けるまで。
私は部屋に入るに入れず、廊下で立ち竦む事になったのだった。




