12。交渉成立しました
「なーなー、何飲む? 珈琲と紅茶どっちが好き?」
「こっちのサラダはいかがですか? ああ、でも冷めてしまうのでスープからの方がいいですね」
あくる朝。
二人は相変わらず部屋に来ていた。
昨日はあの後部屋から二人を追い出して、布団を引っ被って籠城した。
しっかり鍵だって掛けたはずなのに。
ロックピックくらい簡単だしー、とか言われた時は枕を投げつけようかと思った。
手元の食事の載ったトレイに気づいたので止めたけど。
朝食を台無しにしなくて良かったわ。
作ってくれた人の時間を無駄にしてしまうし、何よりご飯に罪はないもの。
黙ってトレーからパンをお皿ごと取る。
うん、ふわふわで美味しい。練り込まれたドライフルーツの配分も最高。
ご飯の美味しい夢の世界で良かった。
「いい加減、機嫌直してくれよー」
知ったことか。私は怒ってるのよっ!
面白いからって乙女の純情を弄んでいいとか思ってるの?!
そう言ったら自分で乙女とか言っちゃうヤツに純情ってあるの? と暴言吐かれたので、今度こそ全力で枕をぶつける。
うん、ちょっとスッキリ。
「じゃ、説明の続きしますね。食べながらでいいんで聞いてください」
シアンが椅子を引っ張ってきて、ベッドの横に腰掛ける。
……こっちは全くブレずにゴーイングマイウェイだわね。
「僕らが野良だったって話はしましたよね?」
「……してたわね」
きっちり過去形で話すあたり、昨日のことは確定事項だと主張してるのかしら。
私はまだ認めてないんだけど?
「野良だと飼い猫と違って色々立場が弱いんですよ。場所によっては街中でちょっと喧嘩しただけでも収容されて殺処分、なんてこともあり得ますし」
「ま、現行犯で捕まらなきゃいいだけなんだけどなー」
床からぴょっこりマゼンタが顔を出す。
ちっ、復活したわね。
何か硬いもの仕込んでから投げつければ良かった。
「逆だとお咎めなしなんだぜ? ヒドくね?」
「アンタらに関してだけなら酷いと思わないわ」
「冷たっ! なんか昨日より扱いが悪くなってるっ!」
「口調もだいぶ荒くなってますね」
誰のせいよ。胸に手を当てて考えてみなさいよ。
私だって、普段なら年長者にはちゃんと丁寧に話してる。
けれど面白いからってだけでセクハラかます人種にまで、丁寧に対応してやる義理はないわ。
視線を合わせないように明後日の方向を向きながら、紅茶を飲む。
時間が経って少し苦くなってるけど、飲めなくはない。
「なので飼い猫の方が安全ではあるんですが。ただ下手な飼い主に捕まると、それはそれで酷い目に遭うこともありまして」
「扱き使われることもザラだし、犯罪の片棒担がされたりってのもあんだよね」
「……だからって、なんで私なのよ」
絶対他に良い人いるでしょう。
どっかの有閑マダムにでも拾ってもらえばいいじゃないと言ったら、今度は構われ過ぎて自由がなくなるから嫌だと首を振った。
我儘ニャンコめ。
まあ猫がワガママって結構普通だけど。
「まあ別にオレら、ずっと野良でも良かったんだよね」
「必要なお金も稼げてますし、自分たちだけで問題無く生活できていますしね」
「……さっきまでの話はどうなったのよ」
「まあそう焦らないでください」
焦ってんじゃなくて、この先の話も聞く意味がないんじゃないかと疑っているだけなんですけど?
「オマエって、そのうち元の世界に帰る気だろ?」
「……そのうちじゃなくて、できることなら今すぐ帰りたいのだけど」
なんでなかなか目が覚めないんだろ。
現実の私熟睡し過ぎじゃない? 風邪引いちゃわないかしら。
「飼い猫の特権って、元飼い猫でも有効なんですよ」
「だからここに居る間だけ飼い主になってくれたら、オレらは超助かるってワケ!」
「……それってそっちの都合よね」
私の都合は完全無視ですか、そうですか。
「こちらに居る間逃げずに飼い主やってくれれば、その間の衣食住は保証しますよ?」
「あと情報提供もな! オレらが知ってることは話すし、ある程度伝手はあるから詳しそうな人間に渡りつけてやるぜ?」
迷い子が元の世界に戻るための方法とか知りたいだろ? とニヤニヤされる。
……なるほど、ギブアンドテイクってことね。
この夢がいつまで続くか分からないけど、困ったことに飢えも痛みも感じてしまうのは実証済みだ。
目が醒めるまでは安全と、人並みの生活を確保しないといけない。
紅茶のカップを戻して二人に視線を合わせる。
「いいわ……戻るまでの間だけ、あなた達の飼い主をやったげる。さっきの約束、くれぐれも忘れないでね?」
「オッケー! 任せといてっ!」
「ちゃんと守りますよ。僕たちは律儀な猫ですからね」
差し出された手を取って握り返す。
これで本当に契約成立だ。
不安だらけだが、まあなるようになるだろう。なんたって夢なんだし。
最悪でも死ぬことはないはず。
「やったね! それに『迷い子』が飼い主なんて、絶対レアだし! 一生話のネタにできるよな!」
「この人自体も反応がいいので、なかなか愉しめそうですしね? しばらくは退屈しなくて済みそうです」
ーーそっちが本音じゃないでしょうね?!
どうしよう、この世界にクーリングオフ制度とかあるのかしら……と、また遠い目でため息をついてしまった。




