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116。泣いても仕方ないと思います

柔らかい月明かりに浮かぶのは、いつもよりは暴力的な色合いが抑えられた自分の飼い猫だった。

その姿を見てへなへなと膝から崩れ落ちかけた私を、マゼンタがサッと支えてくれる。



「おっと……フィアってよく倒れそうになってるよなー。危なっかしいって言われたことない?」

「そんなわけっーーないこともないけど。今のはアンタのせいでしょうよ!」


怒りながら、でもまだ私を捕まえた男が近くにいるはずだからと極力抑えた声でマゼンタをなじる。


「えー、オレのせい?」

「そうよっ! 普通に声をかけてくれたら良いだけなのに、あんな紛らわしい登場の仕方をするなんて……今度こそ捕まってしまったと思ったんだから」



詰りながらも、助かったという安堵と何故すぐにマゼンタ(自分)だと言ってくれなかったのかという苛立ちで頭がぐちゃぐちゃになった私は、そんなつもりは全くないのにジワジワと涙が溜まるのが止められなくなっていた。


「あれ、フィアーーもしかして泣いてんの?」

「……うるさいわね、ちょっと目が痛くなっただけよ」


言ってて自分でも苦しい言い訳だと思うが、気が緩んだところに癇癪を起こして昂って泣いているだけ、なんて意地でも認めたくない。

それにーーさっきから文句を言ってはいるが、実際こうして助けに来てくれたことが嬉しくて泣きそうになってるということもある。



そう。ーー助かった、のだ。

正直危ない場面もあったけど。ちゃんと迎えにきてくれた。



「……ありがとう」

「ん、どういたしまして。ーーなんかエラく素直じゃね?」


マゼンタが「この後嵐にでもなるんじゃないか」なんて言うから笑おうとしてーー失敗した。


ぼろぼろと後から後から涙がこぼれていく。



「…………怖かった」

「ーーうん」

「すごく、すごく怖かった……ッ! 迷い子だからいざとなったら逃げられるなんて噂でしかないし、捕まったら絶対無事で済まないし! そもそも助けに来てもらえるかも不安でーー」


もちろん助けが来ると信じていたから危険を冒しても逃げ出したのだけどーーそれでも、来てもらえなかったらどうしようかと考えて怖くてしょうがなかった。



「は、助けるに決まってんだろ? 自分の飼い主なんだからさ」

「……飼い主っていっても私は期間限定の飼い主だから……」

「オレは、フィアにならずっと飼われてもいいんだけど? 何、帰らないでいてくれるの?」

「それはーー」


ーー約束、できない。


大体帰りたいと思っても帰れなかったし、同じように帰りたくないと思っても帰らずに済む気もしない。

これまで帰らなかった迷い子はいないと聞いたから、おそらくは無理なんだろう。

それをつい半日前までは都合のいい話だと喜んでいた。


だって、私は帰らなきゃいけないんだもの。元の世界には家族が居るから。



でもーーさっき、飼い猫も家族だと思ったのは自分なのに。



黙ってしまった私の髪をぐしゃぐしゃと遠慮なくかき混ぜて、マゼンタが笑った。


「ま、今はそんな難しく考えなくていいって。それより、早く泣き止まないと喰っちまうぞ?」

「食うって何よ?! 私は食べ物じゃないわよっ」

「そっちの意味じゃないから。ーー泣き顔ってすげーそそるから、我慢するの大変なの」

「なっ……?!」

「やー、部屋だったら絶対押し倒してるね! あ、でも外でってのもそれはそれでーー」

「……今すぐ黙って。じゃないと殴るわ」


拳を作って見せれば、「冗談だって!」とへらへら笑われた。

全く。ふざけてんじゃないわよ、この変態ドS猫めっ!



揶揄われてカッとなったおかげとでも言えばいいのか、とにかく涙は止まった。

それと同時に抗えないほどの強烈な眠気に襲われる。


「え、なんで今こんなーー」

「ん? フィア、安心したら眠くなった? いいよ、寝ちゃって」

「そんなの、ダメよ……まだ犯人も、人質……も……」


あり得ない。まだ何も終わってないのに、こんなとこで自分だけ寝るなんてーー


そう思うのに目蓋がどんどん降りて、立っていることさえままならない。

カクリ、とマゼンタの方に身体が傾いで、そのまま倒れ込んでしまう。



「大丈夫だってーー起きたら、全部丸く収まってるよ」



そんなマゼンタの声が聞こえたのを最後に、私は意識を手放した。

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