114。見つかってしまったようです
「ひッ! ……ん、ぐっ」
思わず上げてしまった悲鳴は、次の瞬間には誰かの手で塞がれた。
そのまま玄関のドアに体を押し付けられる。
ーー見つかった!? けど、誰に?
ドアに背をぶつけた衝撃で閉じてしまった目を開け口を塞ぐ人物をゆっくりと見上げると、そこには黒猫のお姉さんが居た。
私は驚いて目を見開くけど、何故だか目の前のお姉さんもびっくりした顔で同じように目を見開いている。
あ、そうか。認識阻害の効果が解けたからか。
何もなかったはずの空間にいきなり人間、しかも多分探していた人物が現れたら、そりゃびっくりもするわよね。
お互いにしばらく見つめ合っていたが、遠くから「おいっ、どうした! 人質は居たのか?」と例の男の声がして、私は慌てて森の方に視線を移す。
ーーマズい。これは真剣にマズいわ。
魔道具は手元にあるから、もう一度認識阻害は掛けられる。
掛けられるがーー実際問題、現在進行形で黒猫さんに捕まってしまっているのだ。
姿が見えなくなろうが、このまま直で引き渡されたらそれまでだろう。
あー……詰んだわ、これ。
利用価値は十二分にあるから殺されないだろうし、迷い子相手は恐怖心を刺激しすぎたら元の世界に戻ってしまいかねないという話だから、加減はされると思う。
でも、それだけだ。
私にはそういう裏の仕事のことなんて想像もつかないけれど、怪しげな薬を使うとか、きっと色々やりようはあるんだろう。
迷い子であっても、捕まったらアウトなことに変わりはない。
それは分かっているのだけど……
だからと言ってこれ以上どうこうできることもなくて、私は抵抗するのをやめて全身から力を抜いた。
握りしめていた手が緩み、隙間からペンダントがこぼれ落ちそうになるーーと、ギョッとした顔で黒猫さんがペンダントごと私の手を掴んできた。
そのままペンダントを元の手に押し込められ、上から握り直される。
ーー? え、これは一体どうしろとーー??
戸惑った顔で黒猫さんを見上げると、首を横に振った後でもう一度手を握られた。
それから口を塞いでいた方の手を外され、静かにするようにジェスチャーで示される。
ええと、ペンダントを落とすな、声を出すなって言われているのよね。
ひょっとしてーーもう一度認識阻害魔法を掛けろ、ってこと?
よく分からないまま私が認識阻害を掛け直すと、黒猫さんは一歩下がってから満足そうに頷いて見せる。
そしてそのまま声を出さずに「ニゲテ」ーーと口を動かした。
……はい……?
えっと、今のって見間違えじゃないのか。
「逃げろ」って言った? ほんとに?
もしかしたら、私の『だったらいいな』って願望が見せた幻覚か何かかもしれない。
だって、黒猫さんはあの男の仲間……ではなかったけど雇われていて。
しかも奴隷って話だったから、雇い主の男には逆らえないはずなのに。
戸惑いが勝ってその場から動けないでいると、黒猫さんが空いている方の私の手に何かを握らせてきた。
月明かりに照らされたそれは、暗い色に変色してしまったハンカチでーー思い出した。これ、私が止血用に黒猫さんに渡したやつだわ。
手元から視線を上げれば、黒猫さんは初めて少しだけ笑って「ニゲテ、ハヤク」と口パクで言い残し、森の方へと戻って行った。
私はポカンと口を開けてその背を見送っていたが、森の奥から再度男の「見つけたのか?!」と言う声を聞いて体をビクリと震わせる。
ーーそうだ、逃げないと。
何でかは分からないけど、黒猫さんは見逃してくれたんだ。このチャンスを活かさないわけにはいかない。
本当なら別荘から離れたくなかったけど、あの男に見つかる方がマズいから。とにかく反対方向に逃げてやり過ごそう。
そう思って別荘の裏手側の森に走り込んだところでーー
「やっと見つけた」
そんな声とともに、私は見知らぬ腕の中に閉じ込められてしまった。




