101。猫のお迎えが来るそうです
「読書の時間はおしまいですか?」
「ーーひぃいッ!! ごっ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ! 機密情報だとか知らなかったんですーー!」
「は?」
急に掛けられた声に心臓が止まりそうなほど吃驚して思わず全力で謝罪の言葉を口にしたが、背中から返ってきたのは困惑しきった声だった。
ーーあ、あれ? ひょっとして責められたわけではない?
恐る恐る振り返ると、そこには騎士の格好をしたお兄さんがちょっとぽかんとした顔で立っていた。
うん、どう見ても咎めにきた人の顔じゃないな。早とちりしてしまった……恥ずかしい。
にしても。この人の顔、よく見ると見覚えがある。ひょっとしてーー
「たまに書庫の前で見回りをされている方ですよね?」
「おや、覚えていてくれたんですね。これは嬉しいな」
人好きのする笑顔のお兄さんは流れるように礼を取って「オルフェント・リンドバークと申します。どうぞオルトとお呼びください」と名乗ってくれた。
やっぱりだ。
この人は書庫の前でよく見かける騎士のお兄さんで、たまに入り口の見張りのようなこともしている。
書庫に通っている間に何度も顔を合わせたこともあって、見かけると笑顔で会釈をしてくれたり本を抱えている時はさり気なくドアを押さえてくれたりと、スマートな振舞いが印象に残っていた。
兵士や騎士の人の中には貴族の次男坊、三男坊も多いと聞くのでこの人も貴族なんじゃないかと思っていたが、この世界でファミリーネームがあるってことはやっぱりお貴族様だったのね。
どうりで立ち居振る舞いが洗練されているわけだ。
「先ほどは驚かせてしまい申し訳ありません。実はお連れの方からの御伝言を預かっておりまして」
「シアンからですか?」
「はい。『この後仕事を頼まれてしまったから、先に家に戻っておいてほしい』とのことです」
「ーーえ?」
先に帰れ、なんてシアンが言う日がくると思わなかったわ。明日は嵐でも来るんじゃないだろうか。
まあ確かにエリザに何やら魅力的な話を聞きに行ったみたいだから、そのまま『情報の対価に仕事しろ』とか言われてそうだけどーー
とは言え、だ。
「その、私は普段ここまで転移で送ってもらっているので……情けない話なんですが、家までの道順も分かっていないんです。もうしばらく待たせていただくわけにはいきませんか?」
しかも窓からの光を見る限りもうだいぶ日が傾いている。誰かに送ってもらうにしても家に着く前に夜になってしまうだろう。
この世界は街灯もあるのだが、いかんせん家は人目につかない森の中。そこに行くまでの道は完全に真っ暗だ。
「あ、いえ。届け物屋のご兄弟がお迎えに来られるそうで、城の前の転移魔法陣でお待ち頂くようにとも言付かっております。良ければこのまま転位陣まで送らせてください」
「え、あ……そうなんですね……」
ご兄弟って、マゼンタのことよね。……どうしよう、微妙に会うのが気まずい。
別に喧嘩したとかいうわけでもないのに、私も何がそんなに引っ掛かっているというのかーー
そんな感じで昨日のマゼンタの態度を思い出してウンウン唸っていると、帰るのを渋っていると誤解されたらしい。
「ーー必ず送り届けるように言われておりますので、違えると命令違反になって陛下にこってり搾られるんですよ。私を助けると思って、一緒に行ってくださいませんか?」
転移魔法陣までの安全でしたらバッチリ保証しますので! とドンと胸を叩かれる。
ついでに茶目っ気たっぷりのウインクまで飛ばされてしまって、失礼かもだけど吹き出してしまった。
ーーうんまあ、ウジウジ考えていてもしょうがないわね。
どっちみち暗くなる前に帰った方がいいし、マゼンタの事は家に着いてから本人に聞いてみよう。
「分かりました。じゃあ一旦書庫に寄ってこの本を返したら、転位陣まで一緒にお願いします」
「そちらの資料でしたら、私の方で貴女をお送りした後に書庫に返しておきますよ」
「え、でも」
「お迎えの方を待たせるといけませんし。あの辺りが持ち場ですのでお任せください!」
有無を言わさず、腕に抱えていた本を取り上げられてしまった。
断るのも面倒になってきて、普通にお願いしてお礼を言っておくがーーこのお兄さん、物腰柔らかそうに見えて結構ぐいぐいくるわね。
この世界の人達って軒並みこうなのかしらとこっそりため息をつく。
半ば諦めの境地で預けていたカゴや帽子をメイドさんから受け取り、部屋の出口で扉を押さえて待ってくれているオルトさんのところまで小走りで駆け寄ったのだった。




