0。恋の終わり
「ずっと君のことが好きだった」
大好きな人の声が、響いて溶ける。
ほんの五メートルくらい先に立つその人の顔は、朝靄の中で霞んでぼやけていた。
黒い髪に、ヘーゼルの瞳。
少しだけ長い前髪と、黒縁の眼鏡。
男性にしては少し高い声は、緊張からか掠れていた。
「困らせたくなくて、ずっと我慢していたけど……もう限界なんだ。君の答えが聞きたい」
その問いは私の方に向かって投げられているけれど、答えを求められているのは私ではなかった。
当然だ。
今の私は、彼からは見えていない。森の入り口に立つ大木の、太い幹の陰に隠れているから。
本当にその言葉を掛けられているのは、私と彼の丁度中間辺りに立つ、とても珍しいストロベリーブロンドの女性。
ーー私の姉、だった。
腰までを緩やかに覆う髪、スッと伸びた背筋。
私の方からは今は見えないが、深い緑の瞳は知的な色を帯びて、綺麗な桜色の唇をしている。
霧に包まれたその姿は、人間離れした美しさだと思った。
妹からの身内贔屓を抜きにしても、私の姉は女神のような人だった。
外見だけでなく、それは中身も含めて。
十年前に妻を亡くしてから仕事に逃げた、私たちの父に文句も言わず。
母親の代わり、父親の代わりをこなし。家庭を維持するための雑事も全てをこなして。
私に対して、疑うこともできないような愛情を注いでくれた。
『お姉ちゃんって、実は女神様なんじゃないの?』
『あら、なあにそれ?ソフィーったら面白いことを言うのね』
『だって、お姉ちゃんみたいな完璧な人、もはや人だとは思えないんだもの。神様って言われた方がまだ信じられるわ』
『ふふ、やあね。私はあなたのお姉ちゃんなのよ?それ以外の者になんて、なる気はないわ』
ーーこんなに可愛い妹を手放したりなんかするものですかーー
そう言った姉は、本当に私にとっての女神様だった……それは今も同じ。
自分だって、あの頃は成人もしていない子供だったのに。
姉のことを、愛している。世界中の誰よりも。
……だから、姉が彼のことをもし好きなら。この告白を受けるのならば。
私はーー
「ええ……そうね。」
姉がコクリ、と首肯するのが見えた。
「私ーー貴方の事が好きよ」
……聞きたく、ない。
なんで、どうしてーー
体温がスッと下がっていく。
頭の中が白く塗りつぶされ、グラグラと視界が揺れる。
私、私はーーーー