アンドロイド
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だいぶ前に書いたアンドロイドの話です。
アンドロイド
気が付くと、僕たちはガラスケースの中にいた。自分が何者かさえ分からなかった。ただ、僕たちを取り囲んでいるこの透明な物体がガラスだということは知っていた。記憶の奥底にある何かが呼びかけていた。何をすればいいのかも分からなかったので、皆で固まって真ん中に座っていたら、誰かが歩いてきた。ケースの外側だ。その人は僕らとよく似た立ち姿をしていたが、白い服を着て、口とあごの辺りに毛が生えていた。
「私は今からお前たちを教育する者だ。私のことは父だと思ってくれ。」
その時、僕の頭の中を膨大な量のデータが駆け抜けていった。父とは何か、教育とは何か、言葉の意味が、分かる、分かる。それは一瞬の出来事だったが、とても心地よかった。そしてそれは僕以外の仲間にも共通して起こっていたようで、みんな「あっ」とか「ウッ」とかよくわからない声をあげた。
「ハッハッハ。どうだ、驚いただろう。お前らの頭にはちょっとした仕掛けがされていてな、耳から聞いた言葉の意味がすぐ分かるようになっているのさ。これでたくさん勉強してくれたまえ。」
そう言うと、その人は去っていった。
父:親のうちの男の方
仲間の誰かが「オヤ……?」とつぶやくと、僕たちの頭の中をまた情報が駆け巡った。
*
あれからどれくらいたっただろう。分からない。ガラスケースの中は明るいままだったし、『眠る』なんて動作は僕たちには必要なかったからだ。
僕は貪るように勉強した。そのおかげで、僕は随分なめらかに話ができるようになった。仲間の中でも一番上手だと言われるようになった。
でも、分からないことはまだたくさんある。
自分たちは何者なのか、あの人は誰なのか、ガラスケースの中はどうなっているのか。勉強するのに飽きると、僕らは決まってそのことについて語り合ったが、結論が出たことはなかった。
僕たちが覚えるのに飽き、考え始めるようになった頃、あの人が戻ってきた。口のあたりに生えていた毛――すなわち髭が、少し伸びていた。父だなんて言っていた割に、随分薄情じゃないかと思ったが、僕が今頼れるのはこの人しかいない。
僕が口を開こうとした、その時。
「このケースの外を見てみたいんじゃないか?」
あまりにも思っていたことをぴたりと言い当てられたので、僕たちは驚いた。
「驚いたか……? まあ、お前たちのことはずっとモニターで観察していたからな。考えていることなどすぐ分かる。」
見回したが、カメラらしきものはどこにも見当たらなかった。ただ白い部屋の四すみがあるだけだ。
「そこでだ。今からこのケースの中に一匹の動物を入れようと思う。それを倒すことができたやつを外に出してやることにしよう。」
僕たちの意見は同じだった。全員で力を合わせてそいつを倒してやろう。そうすれば全員外に出られるはずだ。
しかし、それは唐突だった。何もないところからいきなり茶色いケモノが出てきた。それは猫に似ていたが、猫の何倍も大きくて、たてがみもあった。
そのケモノの動きの速さに僕らは混乱し、みんな戦うことなんて忘れて逃げ始めた。
そして十数人の仲間のうち逃げ遅れたのが一人。
そいつは運動神経こそ悪かったが、いつも冷静で僕たちをまとめてくれたリーダーだった。
僕は咄嗟に前に出てそいつをかばったが、次にどうするかは考えていなかった。
大きな牙のある口が目の前まで迫ってきている。えーと……たしか動物は火が苦手ではなかったか。
いや、こんなこと今思い出してもしようがないのだ。大きな口が開かれる。中には、とがった歯がびっしり。だめだ。何も考えられない。火、どこかで火をおこせれば……。火、火、火、ヒ、ヒ、ヒ……。
「食われる……」と目をつむったとき。
急に「ギャン」という鳴き声が聞こえた。
見てみると、なんと、そのケモノは燃えていた。全身が炎につつまれ、断末魔の叫びを上げる。
ケモノの皮膚が焼けただれ、内側の人工的な機械の部品がむき出しになる。どうやら生き物に似せたロボットだったようだ。僕は何がどうなったのか分からなかったが、みんなはなぜか怯えたような目で僕を見ていた。
その火は燃え尽き、灰だけが残った。唖然とする僕たちは、拍手の音でハッとした。
「よくやった! まさか、ここまでとは! よし、約束通り外に出してあげよう。」
すると、突然僕の目の前に、ちょうど僕が通れるくらいの穴があいた。吸い込まれる気がして目をつむると、一瞬無重力になった気がした。そして、どんどん昇っていく感覚。気持ちが悪くなって口を手で押さえると、誰かが右肩に手をおいた。
「ようこそ。」
聞き覚えのある声に目を開けば、そこにはあの人が立っていた。となりにはやけに大きなコンピュータ。そういえば、まだこの人の名前も聞いていないな。
「あ、あの……あなたのこと、なんて呼べば……。」
「ああ、私かい? そうだな、『博士』とでも呼んでくれれば良いよ。」
「では博士、早速ですが、先ほどの実験には何か意味があったのでしょうか。」
「ハッハッハ。さすがだな。君は。あれが実験だということに気がついていたのか。あれはね、君らが見たことのない敵に出くわした時の訓練さ。今までに与えられた情報をどうやって応用するか。君は火を使おうと考えたのだな。素晴らしい! 火はたいていの動物にきくからね。」
「で、でも僕は火って思っただけで火をつけたのは僕じゃなくて……その……。」
「何を言ってるんだ。私はこの目ではっきり見たんだよ。君の右手から火が吹き出して、あれを包み込んだところをね。」
えっ……。自分の右手をまじまじと見つめる。
なんの変哲もない手。焦げた跡も何もなかった。やっぱり博士の見間違えだったのだろう。
「そんなに信じられないのなら、確かめてみるか?」
博士は傍にあった透明なドアの中に僕を押し込んだ。そこは以前僕たちが居たあの部屋にそっくりだった。博士がコンピュータをいじっているのが見えた。
いきなり、ぱっと、部屋の中が暗くなった。そして、頭の中に、鮮明に、あの日の映像が蘇る。迫ってくるケモノの顔、口、牙。こわい。逃げなくちゃ。そうだ。火があれば……。僕の中心から何か熱いものが出ていった。するとその獣は消え、目の前が赤く染まった。周囲を照らすそれは、火。しかも、それは僕の右手から出ていた。すごい……! でも、何故だろう。怖い。
驚きと恐怖を感じながら、それでも僕はこの新しい能力の発見に興奮していた。火はだんだん大きくなり、部屋いっぱいに広がった。
*
自分の本当の力を知った僕は、それをコントロールする為に、博士と猛特訓した。博士は、僕が思っていたよりもずっと優しかった。
あの時のケモノはライオンに似せたロボットで、ライオンはこの世界ではそこまで珍しいものではないということを、博士は教えてくれた。僕たちの脳内に入る情報は、全てあのコンピュータが管理しているということも。一度興味本位であれに触ったことがあったけれど、とても怒られたのはそういうことだったのか。
博士は、僕のどんな小さな悩みも、親身になって聞いてくれた。僕が欲しいといったものはたいてい買ってきてくれたし、僕が今までやったことがなかった、『食べる』という動作の楽しさも教えてくれた。でも僕たちは何者なのか、という質問には何度問いかけても答えてくれなかった。悲しそうな顔で笑って、「いつかわかるよ。」と俯くのだ。次第に、僕はその質問をしなくなった。
博士のことが、好きだったから、困らせたくなかった。
仲間のことも、時々考えた。博士によると、ちゃんと元気で過ごしているらしい。もう一度あの実験を行って、もうひとり外に出してあげればどうかと提案したことがあったが、博士は真面目な顔をして言った。
「あいにく、ここには私一人しかいない。でも、私は焦りたくない。一人ずつ、たとえ時間がかかっても、丁寧に、真剣に、君たちと向き合いたいんだ。仲間がいなくて寂しいのならすまなかったが、もう少し我慢していて欲しい。」
と。嬉しかった。
今考えるとあの時が一番幸せだったのかもしれない。しばらくして、博士の家に誰かが訪ねてきた。そいつらが僕と博士の平和な日々を壊したのだ。
*
ガラス張りの白い部屋で、博士に見守られながら、僕が炎を出す練習をしていた時のこと。どうして何もないところから炎が出るのか仕組みは未だに分からなかったが、僕は大分慣れ、自分の力をコントロールすることができるようになっていた。
でも、どんなにすごい技を見せても博士は浮かない顔をしていた。
時計を見ては、そわそわしている。何か悪いことでもあるのだろうか。その時、ピンポーンと小さな音が聞こえた。博士がまるで世界が終わるかのような悲しそうな顔で僕を見た。
どうやら、一緒に行かなければならないようだ。長い廊下といくつもの部屋と扉の先に、ひときわ大きな扉があった。博士が震える手で扉を開けた。
僕は本能的に隠れなければいけないと思い、傍の部屋の中に駆け込んだ。黒ずくめの男が二人、博士の前に現れる。白い廊下の中で、それは強烈な違和感を発していた。
三人が話し始める。僕は一言も聞き漏らさないように、ドアに耳を押しつけた。
「……で、博士さん、アレは出来上がったんですかい?」
「そ……それは……。」
「まさかあれだけ期限をのばしておいて出来てねぇなんてことないよな?」
「で、出来ています。でも……。」
「でもじゃねぇよ! さっさとそれを渡してもらおうか。」
「出来ません。」
「はぁ?!お前さっき出来てるって言ったじゃねぇか。」
「はい。たしかに、頼まれたものは出来ています。でも、それをあなた達に渡すことはできないと言っているんです。あなたたちが私の約束を守ってくれるというなら話は別ですが……。」
「うるせぇ!」
同時に、ドスッという音と博士の「うっ」という声。殴られたのか……?
博士は悪くない。たとえどんな理由があろうとも、暴力は良くないと博士は言っていたもの。
僕はとっさに前に飛び出た。こんな奴ら……博士をいじめる奴らなんて……右手に神経を集めて、集中する。僕の右手から炎が吹き出して三人を取り囲もうとしたその時、
「やめろ!」
博士の声が響いた。驚いて、右手を引っ込める。
「だめだ。暴力に暴力で対抗してもなんの解決にもならない。」
「ほう。そいつ、なかなかいい子じゃねぇか。」
さっきまで怯えていたくせに、黒ずくめ、なかなか生意気だ。
「や、約束通り、この子は渡しましょう。でも、その前に一つ、やらせてください。」
僕たちが見守る前で、博士は白衣のポケットから白いスイッチを出した。そして、それをゆっくりと押す……。
何が起こったのかわからなかった。まず、僕の頭の中にこれまでとは比べ物にならないほどの量の情報が入ってきた。そして、電気が一斉に消えた。どこかでガラスの割れる音がした。慌てふためく二人の声。
「おい! てめぇ! 何をした!」
「簡単なことです。ここに流れていた電気を全て止めたんです。ここのケージは全て電気で管理しているから。おそらく、私が飼っていた様々なロボットが逃げ出したことでしょう。」
そう言って博士は笑う。
「なんだと! じぶんがなにをしたか分かってるのか!?」
地響きが聞こえる。ああ、分かる、あれは、仲間だ。
正確には、博士の言ったことは少し不十分だった。ここの電気を止めるとともに、博士は僕らの頭の中に、ある情報を流したのだ。僕らは何者なのか、一瞬で理解した。博士は本当に僕らの父だったのだ。僕らの生みの親だったのだ。そして僕たちには使命があった。
僕は火をつけて周りを照らした。仲間がこちらに向かって走ってくる。ドアを開けると初めて見る陽の光が僕らを照らした。
*
今日、街はこの話題で持ちきりだ。あちこちで新聞が配られている。
その上の見出しには
「コンフラクトvsアンドロイド」
と書かれていた。
コンフラクト。誰もが知るロボットの大手企業だ。世の中に出回っているロボットのほとんどはこの会社が生み出したものだ。しかし、裏では数年前に禁止された、人間そっくりのロボット同士を戦わせるという競技を、今尚行っていると噂されていた。そしてついに、それがこのアンドロイドたちによって暴かれたというのだ。
残念なことに、アンドロイド達はコンフラクト本部の横にある、小さな小屋の前で、コンフラクト側の防犯設備により全員焼かれてしまったということだが、不審に思った警官が実地調査を行ったところ、地下室が見つかり、そこで行われていた数々の不正行為が発覚したのだ。
アンドロイドの生みの親の博士は、五年前、コンフラクトと契約した。彼は自分が生み出したアンドロイドが何に使われるのか知り、とても苦しんだようだ。しかし。彼は密かにそのアンドロイドたちを使い、不正を暴こうと計画をし始めたらしい。
博士は一躍有名になった。しかし、テレビに映る彼の瞳の奥には、悲しみが、密かに、映りこんでいるように見えた。
《終》
ここまで読んでくださりありがとうございました!
こういう近未来の設定が好きです。完全に趣味です(笑)
この作品のスピンオフ的な話……(恋愛要素もあります!)を連載予定なのでそちらもよろしくお願いします~!