1 僕は友達を殺した
『魔が差した』という言葉はとても都合の良いものだと、今実感した。
ただの出来心でも、現実は結果を見逃してはくれないのだから。
「はぁ……はぁ……」
首から上が焦げて吹き飛んだ死体。雨に濡れた泥の地面の上で尻餅をつく傷だらけの僕。
そうさ。僕は今日、友達を殺した――。
◇
『てめぇがローグを誑かしたんだろ』
意識の中で僕が殺した奴の声が反芻する。
自分の体の一部のはずなのに、僕の脳は勝手に悪い思い出ばかりを再生していく。楽しい思い出もたくさんあるはずなのに、フラッスバックするのは今すぐにでも忘れたい記憶ばかりだ。
『前から気に入らなかったんだよ! てめぇなんて!』
僕は空を見上げる。雨が激しくなってきた。前髪が目にかかる。僕の赤髪が濡れて、暗い色に見えた。僕の気持ちと同じ色だ。
「ねぇ」
脳内の声――違う。これは現実のものだ。後ろから女の声がした。
ずぶ濡れのまま振り返ると、そこには傘を差した紫紺の瞳で黒い長髪の女性が立っていた。僕よりも背が高い。
「風邪ひいちゃうよ?」
儚い顔で笑って言うその女性。僕はそれを無視して、振り返った。
僕は人殺しだった。風邪をひこうが病気になろうが、赦されない。すべてが退廃的だった。
「――」
不意に、冷たさの中に人の暖かさを感じた。
宙に舞う傘。僕の前の方にぐるりと回った腕。背中に感じる女性の感触。
ここでようやく、僕は彼女に抱き着かれたことに気づいた。
「ダメだよ」
耳元で、彼女の甘い声が聞こえる。普段の僕ならちょっとその気になってしまったかもしれない。
けれど、今の――いや、これからの僕は人殺しだ。そんなことをして良いはずがない。
僕は意を決して、彼女を振りほどこうと腕に力を入れる。
その時だった。
「見事だったよ……?」
震えるような、惚気るような、甘い甘い声。僕はその言葉に瞳を震わせた。
「貴方の、殺し」
女性の腕がさらに強く僕をしめる。
雨音が静かになった気がした。女性の腕が、もっと強く僕を抱きしめる。
僕は理解した。彼女――カーテルも、僕と同じ人殺しだったのだ。
そしてこれは、僕と彼女の数日間における甘く冷たい思い出だ。