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みなとみらいラ(イ)ヴストーリー 〜ジャズテイストで行こう!〜  作者: かがみ透
Ⅰ. Bar J moon 〜ジャズワルツのように〜
6/79

Ⅰ.(5)ギムレットな(?)バーテンダー(*)

※2018.9.25 改稿しました。

 琳都は、大学から帰ると毎日店を手伝っていた。

 奏汰の狭いアパートには寝るために帰るようなものだが、蓮華と違い、人見知りで無口に見えた弟でも、蓮華の勧めたよう初対面でセッションをしたせいか、楽器や音楽の話で始まった会話も広がり始め、奏汰の目が輝いていく。


「ジャズオルガンうまいよなぁ! 小さい頃ピアノ習っててクラシックの基礎が出来てるのも大きいよな! ジャズやるにも、やっぱり基礎出来てるのと出来てないのとは違うって、琳都が弾いてるの見て思ったよ。明日の閉店後も、また合わせような!」


 表情の乏しかった琳都も少しずつ、控え目ではありながらも笑ったり、学校で専攻しているデザインや映像の話もするように打ち解けて来ていた。

 映像の編集作業でパソコンに向かっていることも多かったが、その後ろで、奏汰がベースの弦を弾こうが文句も言わず、互いに自分の世界に集中出来ていた。


 父親との確執も本人から少しだけ聞くと、髪を金色に染めたのも、静かな反抗心らしいと思えた。心を閉ざしていた琳都は、髪を染めたことでも同級生からも近寄り難く思われているだろうと、彼のスマートフォンに友達からの連絡もなさそうな様子から、奏汰はそう想像した。


 これまでも、家出をすると蓮華の部屋に泊まっていたと聞く。その代わりに店の手伝いをしていただけあり、多少のカクテルも作れ、仕事場のバーでは、奏汰よりはヘルプとして役に立っている。


 事情を知るチーフ・バーテンダーの優のことも信頼しているのか、満面の笑みとまではいかないまでも、時折笑顔を見せていた。

 奏汰とも、カクテルの話が増えていく。フルーツのカットの仕方も、琳都から教わった。


「すげー! 琳都に言われた通りにやったら、キレイに出来た!」


 煌めいた瞳で琳都を見た奏汰には、琳都も照れたように笑った。


 ベースを習い始め、ベテランのバンド通称オヤジバンドとの練習が増え、店には遅れて駆けつけるようになった奏汰は、アルバイトの時間は多少減っていたが、閉店後の練習では簡単なカクテルを作ることからシェイカーを使う練習に進化していた。


 いよいよ、自分もシェイカーを使う時が来た!

 カクテルって言ったら、やっぱ、こうじゃないと!


 その日は、琳都は先に上がり、奏汰は閉店後に居残り、優から指導されていた。


 優には、シェイカーの持ち方から、振るのに適した速度や向きがあると教わり、初めて振ってみる。


 よく耳にしていたのと同じ音が鳴った。

 氷の重みが移動するのが冷たさと共に指先に伝わるのは感動だった。


「この氷が当たって鳴る音って、好きだなぁ!」


 惚れ惚れしている奏汰に、優が「同じく」と微笑む。


「優さんの好きなカクテルって、何ですか?」


「飲む方? 作る方?」


「あ、じゃあ、両方で」


「なかなか一つには絞れないけど、まあ、ギムレットかなぁ」


「ギムレット……誰かが飲んでたなぁ、居酒屋のだけど」


「『長いお別れ』っていう小説で有名になったんだよ」


 優が、ギムレットを作ってみせる。


 シェイカーにドライジン、ライムジュース、シロップを入れる。

 ライムジュースは市販の物ではなく、優は、生のライムを絞っていた。


「いちいち絞るの、大変じゃないですか?」


 なんで楽なジュースになってる方を使わないのか、不思議だった。


「ギムレットには、こだわりがあってね。市販のジュースだと甘いものもあるから。オリジナルは甘口らしいけど、辛口タイプにしたレシピもあって。いろいろ作ってみたけど、僕には、ギムレットは本物のライム果汁の方が合うと思えたんだ。もちろん、お客さんの要望で甘口のギムレットが良ければ、そう作るよ」


「へー、ギムレットって、いろんな顔があるんですね!」


 奏汰が見たことのあるギムレットは薄いグリーンだったが、出来上がったものは、白っぽい。

 優に勧められ、シャンパングラスに口をつける。


「うわー、かなり辛口ですね。ちょっとクセがあって苦手な人もいそうですね。俺は、この味、なんか好きかも。なんでこんな味になるのか知りたくなるっていうか」


 同意するように、優は微笑みながら何度も頷いた。


「ギムレットには、ワインのコルク抜きに似た、木工用のキリっていう意味もあってね」


「喉を刺すような辛さってことなのかな」


「そうかもね。あとは、人の名前だという説もあるよ」


 イギリス海軍が、海のシルクロード━━インド洋を旅していた時、船員たちが好んで飲んでいたドライジンのストレートに、健康のためにインドで取れたライムを絞って飲むようになった。その時の提唱者ギムレット卿にちなんで名付けられたとも言われている。


「ギムレットを知った時、これが似合う男になりたいって思ったんだ」


「わ〜、かっけぇ……!」


「いやいや、冗談だからね!」


 目を輝かせる奏汰に、優は少し慌てた。


「俺は何のカクテルにしようかなぁ。そんなに種類飲んだことないけど、ジントニックとかジンライムは好きかな。一般的過ぎるかな?」


「わざわざ探さなくても、いずれ見つかるから大丈夫だよ。それで、蓮華ママからの課題には何を選ぶか、もう決まった?」


「あ、いいえ、まだ。奇をてらわなくていい、といって、ジュースみたいなのはダメだとか、言ってましたけど……」


 優は、にっこり笑った。


「口説くつもりで作ったら、うまく行くと思うよ」


 思わず手が止まる。

 奏汰は、自分の顔が赤くなるのがわかった。


 この人は、なぜ、こんなことを、屈託のない笑顔で、さらっと言えるんだ?


「や、やだなぁ、何言ってるんです?」


「そうだねぇ、蓮華さんなら多少強いお酒も好きだし、ワインも日本酒も好きだし、どんなカクテルでも大丈夫だと思うよ」


「日本酒を使ったカクテルなんかもあるんですね」


「味見しながら作ってみたらいいよ」


「そうですね、味見は大事ですよね……」


 ブラッディ・メアリーの一件が甦り、しみじみ呟くと、奏汰は気になるページに貼った付箋のカクテルを試作していくことにした。


「日本酒を使ったカクテルは、俺には飲みにくいかなぁ。それと、あまり男らしい飲み物もやめておこうかな」


「ああ、かわいらしい物を選んでおくといいかも。お世辞で」


 優が、「お世辞で」の部分を、小声で言って苦笑してみせた。


「そうなると、グラスも選んだ方がいいのかな」


「そうそう! そんな感じ」


 飲み物だけでなく、グラスまで考えないとならないか。

 ますます難しく感じられたが、優と話しているうちに、選ぶカクテルのイメージが湧いていった。


「バーテンダーって、お客さんを主役とした裏方ですよね。俺、前にいた会社ではPA(public address system)やってて、あの仕事自体は気に入ってました。バンドでも、ボーカルやギターみたいに目立つものよりは、地味だけど、縁の下の力持ち的なベースが性に合ってたし。だからか、バーテンダーの仕事って、なんか共感出来るところがあるんです」


「僕もライヴでピアノ弾いたことあるけど、()()()()は重要だよね。バンドの上手い下手は、それで決まってしまうようなものだよ。目立たない仕事ほど大事だし、やってみると、ちょっと楽しいよね」


「はい!」


 そんな話の最中、

「蓮華さんから、写真が送られてきたね」


 優が、着信を受けて震えたスマートフォンを見せる。奏汰も取り出した。


 従業員たちとのSNSに、蓮華がシンガポール空港の写真と、ラッフルズホテルのロビー(実際に宿泊したわけではなく、入ってみただけらしい)、ラッフルズホテルのバーで頼んだ、本場のシンガポール・スリングの写真が添えられていた。


 彼女の発信は、旅先の風景と、料理の写真が主だった。


 翌日も、マレーシアの、カレー味の知らない魚料理だとか、タイに行った時は、本場のトムヤムクンを食べられて、辛くて酸っぱかったけど美味しくて感動しただとか、そんな程度の感想は添えられていた。


 蓮華は、今、シンガポールへ行っていた。十日間の単なる旅行であった。


 『J moon』オープン以来、初めての旅行で、奏汰が来る以前から計画されていた。

 前もって従業員には話し、店の従業員とのSNSでも知らせてあったのを、奏汰だけが見ていなかった。


     *


 蓮華の旅行中、母親から戻ってくるよう電話で泣きつかれた琳都は、家に戻っていった。


 奏汰のアパートでは、元の一人暮らしに戻っていた。


 俺、前からここに住んでたんだよな?


 琳都がいなくなったせいか、部屋が広く感じる。

 二人でいたのはほんの数週間だったとはいえ、会話も増え、仲良くなったところだっただけに淋しい。


 オヤジバンドとの初ライヴは、三日後。

 奏汰が弾かせてもらえるのは二曲。


 蓮華が帰ってくるのは、ライヴの二日後。


 急に広く感じられる部屋の中を、吹くはずのない風が通り抜けていった気がした。



挿絵(By みてみん)

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