Ⅴ.(3)Three Views Of A Secret
大学軽音楽部の部室の一つでは、翔がひとり、ギターを弾いていた。
部室のドアが勢いよく開くと、奏汰と雅人が飛び込んできた。
「やっぱり、ここにいたか!」
「お前、まだ菜緒さんとこにいるし、スマホも電源切ってるだろ?」
「香月さんから、返事来てなかったか!?」
「え?」
翔は、おもむろにスマートフォンを取り出す。
香月ゆかりのオーディション以来、シェアハウスには戻らず、何日も電源を切ったままだ。
「やっぱり、見てなかったんだな! オーディションの結果が来たんだよ!」
奏汰に言われて初めて、翔はスマートフォンの電源を入れ、貯まっていたメールを確認する。
ゆかりの兄、香月孝治からのメールが届いていた。
「……合格……してる」
翔は、放心した声をもらした。
「やっぱり!」
「奏汰、お前もか?」
「ああ! これで、一緒にゆかりさんとセッション出来る! やったな!」
奏汰が翔に飛びついた。
「良かったな! お前たち!」
雅人も嬉しそうに、眩しそうに、二人を見た。
カシャッ
小さくシャッター音が聞こえた気がした翔は、さっと、目だけで部室のドアの方を見る。
ドアは開いたまま、数人の女子がスマートフォンを向けて、写真を撮っていた。
「奏汰、お前、騒ぎながら、ここへ来なかったか?」
「騒いでないよ。走っては来たけどな」
「同じだバカ! お前がバタバタ廊下走って目立つことすっから、腐女子に尾行されてんじゃねぇか! おい離れろよ! また誤解されんだろーが!」
奏汰の腕を振り解いた翔だったが、遅かった。
のぞいていた女子たちは、きゃっきゃ笑いながら、風のように去っていく。
数分後、またしても、一部のSNSで、写真は公開されていた。
ゆかりの予告通り、オーディション最終日の受験者たちは、ほぼ合格していた。
コンサートのメンバーではなかったが、奏汰も翔も合格し、さっそくライヴ・バーでそれぞれ演奏することになった。
「あら、ベースくん、今日はウッドベース持ってきたの?」
「はい。師匠の使ってないのを借りてきました!」
消音ウッドベースもコンサートでは使われているが、ゆかりのコンサート動画からは、アコースティックの楽器にこだわりがあるように思えたからだった。
ライヴ・バーでは、オーディションではバックで演奏していたドラマーとピアニストが、さらに彼の知らない、まだ若いヴァイオリニストの女性もいた。ジャズ・ヴァイオリニストとして売り出し中ということだが、まだライヴに出ているだけだった。
Cメロ譜を渡され、演奏のスタイルを軽く確認すると、さっそく合わせる。
若く、品の良いお嬢さん風のヴァイオリニストは、演奏も優雅であった。
遊び感覚で弾くと言っていたゆかりは、ファンキーに冒険し、時には優雅で美しく、たまに指の練習だと言って超絶技巧を用いたりしていたが、いずれもダンサブルで、一曲ごとに、奏汰は驚かされたものだった。
セッションの合間に話していると、ヴァイオリニストもゆかりも、元はクラシックの出身だと知った。
ヴァイオリニストの優雅さの理由に、奏汰は納得が行った。
音大を卒業してから、ライヴでは、彼女はジャズしか弾いていないというが、奏汰には、ゆかりのヴィオラの印象とはまったく違うように聴こえた。
二人の演奏を聴き比べながら、考えていた。
そうか、弦楽器は、音の立ち上がりが柔らかいイメージだけど、ゆかりさんのは、フレーズによって最初から強かったりするんだ。
時には、サックスのように鳴ることもある。
様々なジャンルの音楽を聴き、取り入れてか、ジャズらしく、彼女らしい感じを出すには、本来のヴァイオリンやヴィオラと違う奏法を、工夫を凝らして編み出したのだろう。
自分の奏法で演奏をするのが一般的だが、ゆかりは、曲の持つイメージに自分の表現を近付け、エネルギッシュに自分の思う音楽を全面に出している。それが、彼女らしさ、個性となっている。
それには、彼女の演奏を聴きに来た客に、例え、一曲しか聴けなかった客に対しても、一期一会を大事にするように、一曲一曲に自分の持つすべてを込めて演奏を届けている、そんな風に、奏汰には思えたのだった。
彼女の演奏に強烈に惹き付けられた奏汰は、蓮華が十年も前から、彼女のファンであることに、強く共感していた。
「せっかくだから、今度のライヴには、きみの好きな曲も一曲入れてもいいわよ」
ゆかりがペットボトルの水を飲み、奏汰に言った。
「ホントですか!? じゃあ、『Three Views Of A Secret』は、どうでしょう? ジャコ・パストリアスって、『ウェザーリポート』にもいたベーシストが作った曲なんですけど、今、俺、この曲が一番気になってるんですよ!」
嬉しそうに奏汰はスマートフォンを取り出し、動画をメンバーに見せた。
オリジナルはもちろん、電子楽器、ピアノ、ビックバンド、ギターソロ、管楽器、そして、弦楽器でも演奏されていた。
「ゆったりしたジャズワルツで、独特のコードから始まって、サビの前に転調して、ガーシュウィンっぽいサウンドになるんですけど、いかにもスタンダードジャズって感じで、そこからの、自然に元のキーに戻ってM7が続く新しい和音に移り変わるところが、超気持ちいいんですよ! その後の、きわどいコードが続いた後の……」
「お前、うるさい、ちょっと黙ってろよ。そんなに喋るヤツだったか?」
ピアニストが苦笑し、奏汰も首を引っ込めた。
「曲の構成も変わってるし、予測不可能なコード進行が多いわね。面白いじゃない!」
ゆかりは賛成するが、ヴァイオリニストの方は「なんだか難しそう」と、苦笑いしていた。
「大丈夫よ、やってみましょう!」
「ありがとうございます!」
奏汰が笑顔で頭を下げた。
「それにしても、若いのに、こういう曲が好きとはね。オーディションの時は、アップテンポの曲だったでしょう? ああ、でも、あのギターの子と弾いてたのは、スローなボサノヴァだったわね。きみの趣味って珍しいわね」
『Three Views Of A Secret』は、音楽漬けの日々に充実していながらも、なかなか蓮華に会えない切なさから、妙に感情移入してしまったあまり、5弦ベースで、ギターのように和音で探り弾きをしてみたりしていた。
そんなこととは言えない奏汰は、へへっと、ただ照れて笑ってみせた。
「とりあえず、基本はこんなもんでいいか?」
さっそくピアニストがコードを聴き取り、確認として弾いてみせるが、それだけで既に曲らしくなっていた。
「そんな感じです! すごい! さすがですね! あ、ここのコードは、こうした方が俺は好きですが、どうですか?」
奏汰がピアニストと簡単に話し合い、とりあえずのCメロ譜が出来上がる。
「ベースなんですけど、これ、エレキでやっても面白いと思うんです」
奏汰が、遠慮がちに、ゆかりを見た。
「お前なぁ、ここ三年くらいは、ゆかぽんはアコースティック・オンリーなんだよ」
「この編成で、ベースだけエレキってのはなぁ……」
ピアノとドラムは渋い顔を見せていた。
案の定、ゆかりも、「ウッドベースでやりたいわ」と言った。
お嬢さんヴァイオリニストは元から気が進まないような、どうでもいいという顔になっていた。
「今日は俺もウッドベースしか持って来てないけど、今度はエレキも持って来ますから、試しにやってみても……」
「いいえ、ウッドでいいわ」
ゆかりに断言されると、奏汰は従うしかなかった。
「もっと、ここで、スパーンと、勢いよく入ってきてくれる? そうじゃなくて、もっとクレイジーな感じで!」
奏汰を含める若手たちは、ゆかりにしごかれていた。
「ちょっと休憩にしよ!」
彼女は、気に入らない、気に入った等がわかりやすかった。
はっきりした態度は新人には怖いものでもあったが、彼女が褒めた時は心から喜んでいるように見え、嬉しさが倍増する。
裏表のない性格だろうことはすぐに皆に伝わり、それに好感を持てた者は残り、期待に応えられそうになかったり、打ち拉がれてしまった者は去って行った。
「ウッドベースの良さももちろんわかってますが、曲によっては、エレキも良いと思うんです」
ライヴの本番も無事にこなして以来、頻繁に練習に呼ばれるようになった奏汰は、ウッドベースにこだわるゆかりに、再び主張し始めた。
周囲からは、正式なメンバーでもない、「若くて何もわからないくせに生意気だ」とか、他の新人からも「ゆかりさんに楯突くなよ」と文句も言われたが、一曲も試さずに決めつけられることは納得が行かなかった。
「だけど、エレキでも、音質変えたり、弾き方でアコースティックみたいに柔らかくも出来るんです」
確信を持って言い続けた結果、譲らなかったゆかりも根負けした。
「一曲はエレキにしてみてもいいわ。ただし、『Three Views Of A Secret』は、ウッドで行くわ。カッコ良くて渋いアドリブを期待してるわよ」
「はい……、わかりました」
ベースソロを入れてもらえて嬉しそうではある奏汰だが、僅かに、腑に落ちない声になった。




