涙とイノシシの肉
「話は分かった。じゃあイザール様とやらに頼んで俺を元の世界に戻してくれ」
「…それは無理」
「え?」
「世界と世界の間にはたくさんの隙間があるの。そこに落ちたら魂は消滅する。本来なら君の魂がこっちに来れたのだってあり得ないことなのよ。君はここで生きていくしかないの」
どうやら橋から落ちた俺の魂は天文学的確率で異世界間の穴を通り抜け、このレインアースにたどり着いたらしい。
俺はショックでしばらく茫然としていた。右も左も、言葉さえも分からないこの異世界で生きていくしかない……
俺は刺激が欲しかった。でも欲しかったのは微炭酸だ。日常のスパイスだ。断じてこんな喉が爆発するような強炭酸ではない。
「だ、大丈夫だよ。そのために私がイザール様に遣わされたんだから!」
絶望的な俺の表情を見て、ピリスが励ますように言ってくる。
「ッ!大丈夫なわけがあるか!!俺は二度と友達に会えない!親にも…感謝の言葉も言えてないんだ」
自然と涙が溢れて来る。成人式の時酔っ払って一緒に暴れた高校の親友。飲み会の約束をした大学の同期。日本酒が好きだった両親……
酒ばかりだが、全てが走馬灯のように思い出される。
「それは、あっちの世界で生きている君が言ってくれるはずだよ」
ピリスが冷たい現実を突きつける。あっちの世界に俺は問題なく生きている。ということは、この俺は、不要なのだ。
「じゃあ俺は……俺はどうなるんだ」
崩れ落ちた俺は二十五年の人生で一番長く泣き続けた。
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「落ち着いた?」
「ああ。だいぶな」
あれからどれだけ泣いていただろう。内臓が全て出るぐらい泣いた。泣いたら腹が減った。
「食べる?」
「ああ」
俺が泣いている間に、ピリスがイノシシを取って来ていた。羽とつのが付いているのを除けば普通のイノシシだ。
ちなみに、話し始めた時からついている焚き火の火もピリスが魔法で付けた。ガードレールから火球が飛んでいく様は、絶妙にシュールだった。
「うまい…」
死ぬほど泣いた後の異世界のイノシシの肉は格別だった。