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16話「思い出」

 時計の針は進み、明くる日の夜がとっぷり更ける頃。


 次なる町への移動と、道中で遭遇した魔物達との戦闘に疲れたヴィーレは、一刻も早く眠りにつくため、宿に転がり込んだ。


 寝る前の準備を済ませて部屋に戻ると、そこにはエル以外に女性陣も居座っていた。


 彼らはまだ寝るつもりでないらしい。イズは部屋の隅で読書を、エルとネメスはベッドに並んで腰かけて、普通に雑談をしている。


(こいつら、意外とタフだな。もう俺眠いんだが)


 ショボショボした目のまま部屋の扉を閉めるヴィーレ。


 虫の音しか聞こえない廊下とは違って、乾いた空気が暖かく湿っぽいものへと変わり、自然とネメス達の会話が耳に入ってきた。


「エルお兄ちゃん、それ何?」


「あぁ、家族の写真だよ。町に戻った時に回収できた遺品がこれだけだったんだ」


 尋ねたネメスへ答える彼の手には、色褪せた紙切れが握られている。ヴィーレのいる位置からでは写っている人物達の姿が確認できない。


 エル・パトラーが小さい頃、彼の暮らしていたレドン町は、魔物によって壊滅させられた。第一次人魔大戦が起きた、約十年前の出来事である。


 その事件によって、エルは家族を亡くしている。写真は彼の家付近に残されていた唯一の形見だったようだ。


(たしか、ネメスも家族の写真は所持していたよな。やはりそういった類いの物は持ち歩くものなんだろうか)


 ヴィーレは自分だけ遺品や形見を持ち歩いていない事に思い至る。


 そもそも、彼の自宅からは気付かぬうちに両親の姿を描いた物が消えていたのだ。写真も、絵も、日記すらも、確かにあった物が無くなっている。


 小さい頃のヴィーレが捨ててしまったのか、どこかに隠してあるのか、それすらも今の彼は覚えていない。


(もう顔も思い出せなくなってしまったな。どんな人達だったっけ)


 そんな空想に浸りながら、手持ち無沙汰であったヴィーレは、ネメス達のもとへと向かった。


 エルは哀愁を湛えた微笑みで、擦りきれかけた紙切れを見下ろすように眺めている。


 同じく彼の隣でそれを見つめていたネメスが、しんみりと呟いた。


「みんな金髪さんだったんだね。綺麗……」


「とても仲の良さそうな家族だな。幸せそうだ」


 ヴィーレも会話に加わりながら、写真をひょいと覗きこむ。同時に、エルを挟んでネメスと反対側に腰を下ろした。


 端が切れ、すっかり色褪せてしまった、セピア色の古写真。


 そこに写っている四人の人物は、慎ましげな花壇がある庭の中で、仲睦まじく寄り添っている。背後には煙突が付いている新築の一軒家。


 母親と父親である落ち着いた雰囲気の男女が、二人の少年少女を挟むように立っている。ネメスの言うように、流れるような金髪がお揃いの家族だった。


「だろ? この左端にいるのが母ちゃんだ。口うるさかったけど、めちゃくちゃ料理が上手かったんだぜ。『お袋の味』とやらをもう一度味わいたくて、ずっと料理の練習ばかりしていたら、いつの間にか俺が母ちゃんを追い越しちまったけどな」


 エルは笑いながら家族の自慢話を始めた。


 ネメスは「うんうん」と笑顔で聞いているが、少し離れているイズは悲しそうに眉を下げている。


 唯一身内が存命している彼女の瞳に、他三人の姿はどう映っているのだろうか。


「これが父ちゃん。よくみんなを色んなとこに連れていってくれたよ。休日は欠かさず家族サービスしてたね。聖人かってくらい優しい人だったぜ」


 本当に幸せだったのだろう。そう思えるほど、過去を懐かしむ男の表情は穏やかなものだった。


 引き続き語られる思い出話。エルは父親の体の上に置かれていた指を、小さい女の子のもとへと滑らせる。


「そして、これが妹のレイチェルだ。可愛いだろ? 俺に似て元気で活発な奴でさ。よく勝負事を挑まれていたから、軽く負かしてやってたね」


 幼い少女はセピア色の景色の中で、少年期のエルと同じポーズをとっていた。


 感情の希薄そうな表情ではあるが、彼女を見つめる両親の様子などから、ノリノリで楽しんでいる事は伝わってくる。


『両親は無惨な姿で、妹に至っては死体すら発見されなかった』


 いつか聞いた言葉を思い出して、ヴィーレはエルの肩に優しく手を置いた。


「……良い人達だったんだな」


「ああ。きっと何度生まれ変わっても、あんな最高の家族に巡り会うことはできないだろうよ……」


 微笑みながら目を細めるエルの姿は、見ている側が思わず心をざわつかせるほどに弱く儚かった。遠い過去の日々を見つめているようにも思える。


「エルお兄ちゃん、やっぱり寂しいの?」


 尋ねるネメスの言葉に彼は目を見開く。しかし次の瞬間には、嘘みたいに明るい顔を作って、答えを返してみせた。


「寂しくなんてないさ。今はお前らがいるからな。ただ、時々思い出してやんねえと、みんなが可哀想だろ?」


「思い出すことが重要なの?」


「ああ」


 頷いて写真を鞄にしまうエル。ネメスではなく、前の空間を見据えると、諭すように持論を述べ始めた。


「記憶ってのはすぐに(ほつ)れるものなんだ。どんなに大切な日のことでも、どんなに大事な人のことでもな。声を忘れ、顔がボヤけ、やがて全てが溶け消えてしまう」


 エルはそこまで言うと、前傾させていた姿勢を止め、胸を張って背筋を伸ばした。


「写真は忘却(それ)を防ぐためにある。一瞬を切り取るためなんかじゃない。『撮られた光景を思い出すきっかけ』になるため。ただそのためにこそあるんだよ」


「なるほど……。じゃあわたしも、今度からもっともっと沢山、お母さん達の写真を見るよっ!」


「ハハハッ。時々で良いんだぞ~?」


 両手を握って意気込むネメスに笑ったエルは、彼女の髪をワシャワシャと掻き乱した。撫でられたネメスは「キャーッ」と喜び叫んで彼の手から逃れようとしている。


 彼らの活気が加わったことで、部屋の中は普段と変わらぬ賑やかさを取り戻していた。


 暗く陰鬱なエル達を心配そうに盗み見ていたイズは、ホッと息を吐くと、安心したように本へ目線を落とす。


 ヴィーレも心の中で胸を撫で下ろしていた。そして、改めてエルとネメスの関係性について考察する。


(二人のやり取りを見てると、たまに本物の兄妹のように思えることがある。ネメスはともかく、エルは彼女のことを、確実に妹と重ねているだろうな)


 そう考えて隣で笑う彼らを見る。二人は楽しそうに、いつまでも仲良くじゃれあっていた。

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