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15話「勇気を与える者」

 ヨーン村はアルストフィア村ほど広くはなく、盗賊襲撃予告の件もあって、人通りは少ないままだった。


 小さいこの村には他の町村ほど目立った『売り』がない。


 ヨーンの特産といえば、宝石の()る樹木くらいだ。昼に光を蓄えた宝石達は、夜になると自然のイルミネーションと化す。

 それらが密集する並木道がこれまた素晴らしい絶景で、カップルや旅人には大人気なスポットだ。


 だがしかし、現在そこを訪ねている男女二人は猛烈に沈鬱な空気を纏っていた。ご存知、勇者と大賢者こと、ヴィーレとイズである。


「今日は良い天気だな~」


 そう言ってわざとらしく大げさに空を仰ぐヴィーレ。けれど、隣を歩く少女からの返事はない。


 ヴィーレは地面と睨めっこをしているイズから目を離し、煌びやかな並木道へと話題を探しに戻った。


 二人は並んで歩いていく。行く宛はない。ただ、エルに言われたのだ。「ネメスちゃんは俺に任せて、お前はイズと買い物でもしてろ」と。だから予定もろくに決まらぬまま、半ば無理やりに消沈のイズを連れ出してみた。


(日光でも浴びれば気分転換になるかと思ったけど、そう易々とはいかないか……)


 予想していたよりも深刻かもしれないと考えを改めるヴィーレ。


 彼はとにかく何でもいいから話してみることにした。反応が出るまで喋りまくる。数撃ちゃ当たるだろ戦法だ。


「そうそう。この前、俺が風呂から上がって部屋に帰った時の話なんだがな? 扉を開けようとしたところで、先に部屋へ戻っていたエルとカズヤの口論しているような声が聞こえてきたんだ」


 記憶の浅瀬から適当な話題を取り寄せてくる。


「薄く開いた扉の隙間から中を覗いてみたらな、どうやら部屋に面しているベランダで、あいつらが珍しく言い合いをしているらしかった」


 身振り手振りを加えて話を続ける。イズの反応が無くとも御構い無しだ。


「驚いたよ。耳を澄ませてみるが、話の内容は不明瞭で聞き取れない。ただ二人とも凄い剣幕で、相手の怒りを煽るようにして、交互に何かを捲し立てているようだった」


 イズは彼の話を聞いているのか、聞いていないのか、難しい顔をしたまま歩を進めている。


「片方が折れる様子もない。『これは流石にマズイぞ』と思った俺は、二人の仲裁に入るべく、扉を急いで開け放った。『喧嘩はやめろ!』って怒鳴りながらな。そしたらあいつら、何て言ったと思う?」


 問いかけるが、当然のごとく回答はない。

 ヴィーレはそれを見越していたように、数秒の時間を置いて、答えを告げてやった。


「『ラップバトルをしていただけだよ』だってさ」


 シーン……。そんな擬音が目に見えたような気がした。

 ヴィーレが発した会心の笑い話は、文句なしに滑り倒したようだ。


(あれ? ここ最近でトップクラスに面白かった話をしたつもりなんだが……。ウケはイマイチだな)


 表情を変えずに落胆するヴィーレ。そもそも和也の話をしたのがミステイクだったとは気付いていないらしい。


「お、おい、元気ないな? 本屋にでも行くか? 長い買い物でも今日ならまったく構わないぞ。時間は余るほどにあるからな」


 こうなったら、ひたすらトライアンドエラーだ。

 ヴィーレは(うつむ)いているイズへ話しかけ続ける。しかし、やはりどうも彼の言葉は相手の耳に入っていないらしい。


「おーい。聞いてるか? せっかくの休暇だし、楽しまないと損だぞ~」


「…………」


 返ってくるのは沈黙のみ。周りの雑踏と、飛び交う仲良さげな会話だけが聞こえてくる。


 これじゃあいつまで経っても状況を打開できない。そう思ったヴィーレは、試しに思いつく限りの悪口を言ってやったが、まるで反応は無かった。


(怒らせて元気を出させる方法も駄目、か。これはかなり重症のようだな)


 深刻度の判断基準は『怒るか否か』にあるらしい。単純明快だ。イズの性格をよく知り尽くしているヴィーレでなければ、恐ろしくて試しもしなかっただろう。


「……はぁ」


 溜め息がこぼれ出る。万事休すだった。


 やれるだけの手は打ったが、イズはどんどん自分で自分を沼に引きずり込んでいるようなのだ。これではいくらこちらが呼び掛けても、差し出す手を取ってもらえない。


(仕方ない。強行手段に出るとしよう)


 ヴィーレは立ち止まり、イズの手を取って無理やりにこちらを向かせた。二人の視線が交錯する。


 すると、ようやく彼女は自分が自省の念に囚われていた事へ思い至ったのか、気まずそうに小さく声を漏らした。


 ひとまずイズの意識をこちらへ戻すことには成功したようだ。ヴィーレの握った手はどうしようもなく小さく、振り払われることはない。


「イズ。今、何を考えている?」


「え、えっと……」


「カズヤがいなくなった事についてだろ?」


 答えを言い当ててやると、彼女は目線を下に落とした。


(まあ、そうだろうな)


 ヴィーレは「案の定だ」と頭を掻く。そして、イズが再び思考の海へ飛び込む前に言葉を続けた。


「別に悲しむのはいいさ。俺だって辛い。だが、『自分が何かしたんじゃないか』とか『居心地が悪かったんじゃないか』って思っているんなら、それはやめろ」


 ハッとした表情を見せるイズ。どうやら図星だったみたいだ。

 長い間一緒に冒険してきた仲間なのだ。ヴィーレにはそのくらい手に取るように分かる。


(こいつは責任感が強すぎるんだ。ネメスに対して過保護だったりするのも、『引き受けたなら最後まで守り抜かねば』という意識からきてる行動なんだろう。それが良い方向に働くこともあるが、今は違う)


 手を離し、腰を屈めてイズの瞳を覗きこむ。

 並木道の中央に佇む二人。過ぎ去る人々が好奇の視線を寄越してくるが、ヴィーレ達は互いの顔しか視界に入れていなかった。


「カズヤの気持ちや目的は正直なところ、皆目見当もつかない。でも間違いなく、お前らはあいつに楽しい思いをさせてやっていたはずだ」


「けど……私は……」


 イズはまだ立ち直れていない。せっかく上がった視線がまた落ち込み始める。


(ええい、じれったいな……!)


 ヴィーレは胸のロケットを外すと、それを開けて彼女の眼前に突きだした。もう片方の手でイズの顎をクイッと持ち上げる。


「こいつを見ろ。お前はこれが嘘だったって言っているのか?」


 無意識のうちに声に力が込められる。

 写真の中には勇者達を見て楽しそうに笑っているカズヤの姿があった。


(いくらイズとはいえ、俺達の宝物を否定させはしないぞ)


 ヴィーレ自身、それは絶対に認めたくない事柄だった。『カズヤ』が演技であったとしても、紛い物の何かだったとしても、あの瞬間、確かに彼は心の底から笑っていたのだ。


 あくまで直感でしかなかったが、ヴィーレは何度ロケットを見返しても、写真の中の和也が愛想笑いをしているようには考えられなかった。


 たったそれだけの薄弱な根拠でも勇者には十分であった。ロケットを開いて見せたまま、真っ直ぐに自らの信念を告げる。


「こんな笑顔をしていた奴がお前らのことを嫌って出ていくはずがないだろ。何か別の、仕方のない事情がきっとあったんだ」


 そこにきてようやくイズの両目に光が戻った。やっと言いたい事を理解してくれたらしい。


 ヴィーレは一息吐き、笑みを作る。彼らの勇者として恥ずかしくないように、精一杯の笑顔を。


「あと、泣きたいなら泣いておけ。お前達はまだ子どもなんだから、我慢しなくていいんだ」


「……うん。ありがと」


 応える声は儚くて。崩れてしまいそうな彼女の精神を表したかのようだった。


 ふとヴィーレのもとを訪れる控えめな衝撃。胸に飛び込んできたイズの頬は涙で濡れていた。彼女の瞳から不安や後悔も洗い流していくような、そんな綺麗な涙だった。







 二人はその後、特にやる事もなく、どちらからともなく歩きだし、閑散とした村を一通り見て回った。

 イズは調子を取り戻したらしい。泣き止んだ後は普段と変わらぬ様子でヴィーレとのデートを楽しんでいた。


 そして、その夜。達成感に満たされるヴィーレのベッドには、何故かイズとネメスがいた。


 真顔で天井を見つめながらヴィーレは呟く。


「どうしてこうなった」


「いいじゃねえかよ、たまにはよォ。それで二人が落ち着くなら少しくらい窮屈でも我慢しろ~」


 エルは自分のベッドに大の字で寝転がりながらそう言ってくる。最大限に一人の寝床を満喫しているというアピールだ。

 ヴィーレが彼の方を向くと、エルはうつ伏せのまま平泳ぎをしてみせた。


(これは喧嘩を売られているのだろうか)


 あちらに聞こえるように舌打ちしたヴィーレへ、下から不安そうな声が投げられる。


「ヴィーレお兄ちゃん。嫌ならわたし、一人で寝るよ?」


 ベッタリと腕にくっついているネメスが遠慮してきたのだ。


「お前の体が『離れたくない』ってやたらと主張しているんだが」


「……えへへ」


「笑って誤魔化すな」


「ごめんにゃひゃい~! 頬っぺた引っ張りゃにゃいで~!」


 ヴィーレが手を離してやると、ネメスは懲りずにまた抱きついてきた。


 今日は甘やかしモードではなく、甘えたいモードらしい。小さい手足でこちらの体をペタペタ触ってくる。


 ちなみに、もう片方の側面では、イズが腕に絡み付いてきていた。宿に帰って風呂や食事を済ませたら、泣き疲れたのか、すぐに眠ってしまったのだ。


(なんで眠っているのに俺が隣へ来た途端に引っ付いてきたのかは分からん。もっと言うなら、当たり前のように俺のベッドに寝転がってきた理由も分からん)


 しかし、ヴィーレが腕を動かそうとすると、泣きそうな顔をするのだからしょうがない。彼は身動き一つさえ取れずに、為すがままにされていた。


「イズがここにいる事だし、ネメスも今日はこのままでいいよ」


「本当!? やった! ヴィーレお兄ちゃん好き~!」


「はいはい、俺もだよ」


 こんなにストレートに愛情表現をするネメスは時間が巻き戻る前にも見たことないなと、どこか他人事のように思いながら、ヴィーレは話題を転換した。


「お前は昼間、エルに馬の乗り方を教えてもらったんだってな」


「うんっ! ……それと、ちょっと慰めてもらっちゃった。わたし、まだ落ち込んじゃってたみたい」


 照れくさそうに髪を弄るネメス。

 ヴィーレはその姿にイズの時と似たようなものを感じた。


(何も恥じることはない。この若さでしっかりしている方がおかしいんだ。周りに手間をかけさせるくらいでいい)


 どうやら勇者一行の女性陣は、子どもなのに問題を自分だけで背負い込む者ばかりらしい。

 頼りたがらないというより、頼り方をよく知らないのだ。それはかつてのヴィーレと同じだった。


「見てれば誰でも分かったよ。だが、落ち込むのも終いだ。明日は次の町へ行くからな。今日は早く寝てしまえ」


 言いながら頭を撫でてやると、ネメスは気持ち良さそうに目を細めた。腕だけを伸ばして消灯するヴィーレに笑って言葉を返してくる。


「うん! ……あっ。でもその前に、ちょっといい?」


「ん? どうした?」


「待ってね。加減が難しくて……」


 ネメスは真っ暗闇の中、ヴィーレの胸に手を添えて、集中するために瞑目した。「むぅ~」だの「うぅ~」だの唸った後、久々に幸福の呪文を詠唱する。


「《ハピネス》」


 途端にヴィーレの中にわずかほど残っていた不安や疑心が消え去っていく。


 ネメスは慎重に手を離すと、彼女の顔がヴィーレのそれの前に来るまで、モゾモゾと這い上がってきた。そして再度ヴィーレに抱きつき、彼の首の後ろで腕を交差させる。


「エルお兄ちゃんにはお昼にかけてあげたから。ヴィーレお兄ちゃんにもって。最近分かったんだけど、この呪文、『対象の人物が抱く悪感情を消し去る』っていうのが本当の効果らしいの。笑わせるのはあくまで副作用なんだって」


「伝聞なんだな。イズから教えてもらったのか?」


「ううん、違うよ。ローブの商人さんから聞いたの!」


 これまで何度か出会った存在が会話に浮上する。恐らくヴィーレの関知していないところで、またも偶然出くわしたのだろう。


 たった数回会った程度の仲である商人が、ネメスの呪文の効果について、どうして詳しく知っていたのだろう。


 ヴィーレの前で屈託なく笑うネメスは、微塵もその事を変だと思っていないようだった。


「そうか。ありがとう。ネメスは優しいな」


 とはいえ、ヴィーレも今に限ってはその存在を疑えない。まだ幸福の呪文(ハピネス)の効果は続いている。疑問は抱けても、疑念という悪感情は抱けないのだ。


 元より商人の事を信用しきれない部分はあったが、彼女が自分達に危害を加えていないのは確かだ。むしろ助けてくれている節がある。


 だから、という訳ではないが、ヴィーレはローブの商人について無理に考える事はしないでおいた。手がかりを掴もうとすれば、かえって痛い目に遭うという事も、過去に経験している。


「じゃあ、今度こそ寝るぞ。ネメスも疲れたろ。頭撫でてやるから早く寝なさい」


 ヴィーレが耳元で静かに囁くと、ネメスはくすぐったそうに身をよじった。お返しと言わんばかりに、今度はこちらの耳元に顔を寄せてくる。


「はーい。おやすみなさい」


「ああ、おやすみ」


 その日最後の言葉を交わすと、二人はクスリと笑い合い、同時に目を閉じた。


 そして、一方その頃、隣のベッドでは――――


「いつも奴らがイチャイチャするせいで毎晩歯軋りが止まりませーん……!」


 エルがその白い歯をガタガタにするまで、ギリギリギリギリとすり減らしていたのだった。

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