14話「男性陣の奮闘」
和也が消えていなくなった当日、勇者達は彼の帰りを信じて夜まで待っていたため、そのままヨーン村でもう一泊することになった。
あれから、ヴィーレが三人に休むよう指示したはいいが、夕飯の時間も特に女性陣は上の空で、会話がほとんど無いという始末。
それを気遣ったエルがペラペラと喋ってピエロを演じてくれていたけれど、イズやネメスが立ち直れていないのは明らかだった。
トイレを済ませてから、部屋に戻ってきたヴィーレ。
使われていないベッドへと目が移り、和也の姿がない事に溜め息を吐いて、視線を逸らすと、狭かったはずの部屋がやけに寂しく感じられた。
(イズ達は……来ていないか)
あちらの部屋を訪ねようかとも思ったが、しつこく慰めに行くのはかえって迷惑だろう。
頭を左右に振って、部屋の椅子に腰かける。特にやるべき事もないのに貧乏揺すりが止まらない。漠然とした焦燥感の腕が、首を締め付けている。
「おい、ヴィーレ。ちょっといいか」
不安感に太刀打ちできないでいると、武器の手入れをしているエルから話しかけられた。短剣を研ぐ音が定期的に耳へ届く。
「何だ?」
ヴィーレが組んだ両手から視線を上げると、ベッドの位置から二つの青がこちらを見つめていた。
「明日、遊ばねえか?」
飲みにでも誘うような提案内容だった。
けれど、ヴィーレにはいつものように笑って答える事ができない。エルの顔は真剣そのものだったからだ。
その意図するところはヴィーレにも分かっている。彼は不器用に眉をしかめて言葉を返した。
「やっぱり、イズとネメスが気になるか?」
「ああ。馬が死んだ時も、あの二人は特別深く落ち込んでいた。あいつらは精神的にはまだまだ幼稚で成熟しきっていない。落ち着いてるうちに気分転換しとかねえと、後々困る事になると思うぜ」
そう言って、磨き終えた短剣を鞘にしまう。
エルはあくまで『イズ達をどうにかケアしないと、これから先の冒険に支障が出る』という、事務的な説得方法をとっていた。
ヴィーレは何だか肩透かしを食らったような気分になった。エルの言い回しが、彼にはとてもおかしく感じられたのだ。
(こいつはどうやら俺のことを未だに勘違いしているらしい。確かに俺は仏頂面で、無愛想かもしれないが、わりと感情で動く男だぞ)
心の中でそう告げて、ヴィーレは呑み込まれそうだった感情の闇を、気力をもって振り払った。
「分かってるさ。これから先の戦いはさらに激しく過酷になるだろう。それに、それを抜きにしたって、二人の事は心配している」
「……心配するだけなら誰にだってできるぜ。俺が知りてえのはただ一つ。『俺達のリーダー』はどうするつもりなのか、それだけだ」
エルは座ったまま深く上体を前傾させて、深海のような瞳をこちらへ向けた。
「指示を寄越せ。内容によっては力を貸してやる」
彼からは、底知れぬ頼もしさと言い知れぬ恐ろしさが醸されていた。
エルが求めている事は一目瞭然だ。イズやネメスを失うことなく、魔王討伐任務を遂げること。
それはヴィーレが掴みたい未来と同じものだった。だから選択肢など必要なかったのだ。
仲間を守りきる意志。世界を平和へ導く使命。それらに突き動かされて、勇者は即座に答えを返した。
「仲間の無事を最優先に行動しろ。今のイズ達を危険に晒すくらいなら、ここからの出発を遅らせるのも仕方ない。ひとまず明日は二人の精神を落ち着かせるために費やそう」
「……おう、それでこそ我らが勇者様だぜ! あいつら、さっきは前向きになったような感じを出してたけど、見るからに普段通りじゃなかったもんな!」
跳ぶようにベッドから立ち上がって、暗い空気を笑い飛ばすエル。その顔は一変して晴れ渡っていた。
彼なりにヴィーレへ発破をかけてくれたのだろう。不安定になっているパーティーの中で、最も安定した精神力を持っているのは勇者ではなく、エル・パトラーだった。
「久々に一人で魔物退治にでも行こうと思ってたんだけどよ、よかったらお前も来るか?」
エルはそう言って短剣を懐にしまい、そのうち二本を回転させた後に腰へ差す。その動きは手慣れたものであった。
一体何本のナイフを所持しているのだろう。ヴィーレは未だに解けない小さな謎を抱えながら、重たそうに腰を上げる。
「ああ、付き合おう。お前の戦い方には学ぶものも多いからな」
「おうおう、学べ学べ! まあでも、ここらの魔物は雑魚ばっかだし、そんなに苦戦もしねえだろうがな」
「そういえば、誰かが言ってたな、そんな事。じゃあせっかくだし、武器を交換してみるか?」
「おっ! いいな、それ! 薙ぎ払ってやるぜぇ!」
大剣を振るモーションをして想像上の世界で無双するエル。とことんノリの良い奴だ。
心機一転。ヴィーレ達はそれぞれ装備を整えると、溜まりに溜まったストレスの発散も兼ねて、夜の村を抜け出した。
そして、翌朝のこと。時刻は午前六時を回っている。
ヴィーレは朝御飯を買いに行く前に、男部屋の方へパーティーのメンバーを全員集めていた。
イズとネメスはテーブルを挟んで椅子に座り、ヴィーレとエルはそれぞれのベッドに腰かけている。
入室時に交わした挨拶以外は今のところ会話がない。重苦しい雰囲気は依然として解けていなかった。
「で、話って何よ? 次にどこへ行くか決まったわけ?」
堪えかねたようにイズが切り出す。
ネメスと同じく、彼女の表情はまだ暗いままだった。やはりヴィーレ達の予感は当たっていたらしい。
「ああ、そうだ。それを伝えるためにここへ呼んだ」
答えながら立ち上がるヴィーレ。焦らすように、溜めを作って歩いていき、三人の視界に入るところまで来て、サッと身を翻した。
「ゴホッ! ゴホッ!」
そこで二つ、あまりにも不慣れすぎる咳払いをしてみせる。ヴィーレにとっては上手くできているつもりのようだ。
全員の視線が集まったところで、バレないように薄目でエルへ目配せする。彼が頷いたのを確認して、ヴィーレは今日の予定を発表した。
「今日は……遊びますっ!」
「うぇぇぇぇぇい!! ドンドンパフパフ!! ワーワーガヤガヤ!!」
続いて、エルがわざとらしくはしゃいでみせる。
ヴィーレはそれを咎めるように、鬼の形相で彼を睨んだ。
(あのバカ! 『騒いでおけ』とは言ったが、いくらなんでも不自然すぎるわっ!)
どうやらエルはこちらの視線に気付いていないらしい。ドラミングしながら歓喜の咆哮をあげている。
イズはエルがいる方の耳を塞いで、不快そうに顔をしかめている。ネメスは話が聞こえていないのか、抱いたぬいぐるみに顔の下半分を埋めていた。
そこで、ヴィーレに向けて、不機嫌を隠そうともせずに、イズが苦言を呈してくる。
「……どういうつもり? あんたまで頭がおかしくなったの?」
「は? あれと一緒にするな」
「あれ呼ばわり!?」
エルは何やらダメージを受けている。演技ではなく、素でショックだったようだ。
(多分『彼』と間違えたんだよ、気にするな)
ヴィーレは心中でフォローを入れて、イズへ向き直った。
「別におかしな事じゃないさ。アルルが言ってたろ? 『魔王城への総攻撃は昨日中に行われ、しばらくは同じ事が起きる心配もない』って。つまり、急ぐ必要はなくなったんだ。少しくらい自分達の肉体と精神を労ったって良いだろう」
「でも、今もどこかで村や町が魔物に襲われているかも……!」
自分の不調なんて知ったことじゃないと言わんばかりに、正論を振りかざしてくるイズ。
しかし、腰を椅子から浮かしかけて、ヴィーレの瞳に彼の真意を見出だすと、言葉を途中で詰まらせた。
(イズの意見は正しいんだろうが、そんな事は考えるだけ無駄だ。今は他人の命より、彼女達をいつも通りに戻すことを優先する。それで被る責任や、非難や糾弾なんかは、全部俺が受け止めてやる)
勇者は既に平穏な生活を捨てるだけの決意を完了させていた。
イズとネメスに背を向ける。部屋の入り口へ歩み寄りながら、できるだけ優しい声色でこう告げた。
「悪い方向に考えすぎだ。いいか、これは命令なんだ。今日はゆっくり休んでおけ」
反論させる隙を与えず、一方的に話を切り上げて、エルと二人で部屋を出る。
廊下の空気は冷たかった。瞳が急激に乾いていく。
エルが扉を閉めた音を聞いて、ヴィーレは震えた息を吐いた。
「ちょっとばかり強引が過ぎたかな」
後ろ頭を掻き、さっきの態度を省みる。
だが、その背を叩いて鼓舞する存在が、今の彼には付いていた。
「いいや。あの二人は頑固だから、あれくらいしないと聞いてくれなかったって。さっ、飯でも頼みに行こうぜ。この宿は朝食付きらしいからよ」
エルは快活に笑い、階段へと続く廊下を歩いていく。
その広い背に、ヴィーレは引っ張られるような力強さを感じた。緊張していた心を緩めて彼に続く。
「……ああ、そうだな。イズ達の分も買っていこう」
短いやり取りを終え、宿の一階フロントへ向かうことにする。
(そうだな、俺がクヨクヨしている場合じゃない。今日はできるだけ二人を元気付けてあげなければ)
改めて勇気を抱いたヴィーレの瞳は、より赤く赤く輝いて見えた。
(イラスト:awase様)




