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閑話「罰ゲーム」

 翌朝、双葉和也はサタンの部屋を訪ねていた。

 一階の奥の奥にあったその部屋は、他の客室とは違って出入り口の扉が大きい。羽のある彼女向けに設計されているようだ。


「サタン、お邪魔するよ」


「はいはーい」


 ノックすると、中からくぐもった返事が返ってきた。和也はそれを聞いてから扉をおもむろに押し開ける。


 魔王の自室は甘いお菓子とコーヒーの香りがした。壁紙、インテリア類は意外と落ち着いた色彩で統一されている。


 豪華なベッドと、オモチャで溢れた大きめの箱、円形のテーブルを囲むようにして等間隔で配置された四つの椅子。


 大きな扉以外は和也やレイヴンの暮らす客室とほとんど変わらない。ウィッチの部屋の方が遥かに立派だ。


「魔王のお部屋へいらっしゃ~い!」


 和也が入室すると、サタンが両手を広げて出迎えてくる。服装は普段と同じキトン姿だ。


「魔王の間以外では滅多に会わないから、一体どこにいるのかと思っていたんだけど……。ちゃんと自室を持っていたんだね」


 和也は扉を閉めて、慎みもせずに部屋を一通り見回す。

 それから、元気に羽をパタパタさせている彼女へ、辟易とした顔を向けた。


「それで? 罰ゲームが『今日一日中サタンと遊ぶこと』って何なのさ」


 朝っぱらから高い魔王のテンションとは対照的に、落ち着き払ってそう問うた。


 和也の言うとおり、昨日に行われた鬼ごっこの後、最下位の彼に課された罰は、サタンの遊びに一日だけ付き合うという事だったのだ。点数トップの彼女から直々に下された絶対命令である。


「まあまあ、いいじゃないの。和也も暇でしょ?」


 サタンは適当にそう返すと、ピョンっと一つ跳び、自慢の両翼を使って低空飛行し始めた。

 部屋の端に着地し、彼女の体長ほどもあるオモチャ箱を漁りだす。


「どうしよっかな~。麻雀や人生ゲームは……二人じゃつまらないよね。オセロか、トランプか、それとも他のテーブルゲームか。ん~……よし、決めた! 今日はこれで遊ぼっか!」


 そう言うと、サタンは箱の中からチェス盤を取り出し、ジャジャーンと掲げて見せた。


(えっ。なんでそれが異世界(ここ)にあるの。いや、チェスだけでなく、麻雀も、人生ゲームも、オセロまであるのか!?)


 見覚えがある物体から目が離せなくなる和也。

 寄ってきたサタンの持つ盤と駒を怪訝な顔で凝視した後、視線をゆっくりと持ち上げた。


「えーっと、色々と聞きたい事があるんだけど……やり方知ってるの?」


「もちろんっ! 有名な遊びでしょ?」


 サタンは平然と返してくる。和也の中にまた一つ大きなわだかまりができた。疑念をそのまま言葉にして出す。


「本当に有名なの?」


「大人気じゃん。みんなやってるよ?」


 まるで一般常識を述べているかのように、あっさりと告げられる。キョトンとしていて、和也の反応が心から不思議なようだ。


(あちらの世界では確かに人気だったかもしれないけども、こちらでもそうなのか? 何かがおかしい。彼女と僕の間で、どこか決定的なところが食い違っている気がする)


 今まで何度か感じてきた違和感。その正体を突き止めようとした瞬間、和也の思考をわざとらしい挑発が阻害した。


「もしかして和也、ルール知らないの?」


 魔王は口を片手で押さえ、馬鹿にするようにプークスクスと声を漏らしている。ニヤリと意地悪な笑みを浮かべてこちらを見下してきた。


「煽りおる……。いいだろう、勝負しようか。まあ、僕が圧勝して、サタンを落ち込ませてしまうかもしれないけれど」


 和也は大人げなく返して、四人がけのテーブルにつく。少しムカッときたようだ。変なところで短気な男である。


(これでも、こういったゲームは得意なんだ。昨日してやられた分をここで返してやる)


 鼻息荒く「ふんす!」と意気込む和也。鬼ごっこの時の意趣返しをしたいらしい。


 サタンは彼のやる気を見て満足そうに頷くと、コテコテと足音を立てて歩いてきた。椅子に座り、日常的な動きで盤上に駒を並べ始める。


「よろしくお願いしま~す! 和也が先手でいいよ!」


「分かったよ。よろしくお願いします」


 相手に譲られたので、和也はまず歩兵(ポーン)を前に動かす。


 ゲームを始める前に、一応サタンへルールの確認をしてみたが、やはり『こちらの世界のチェス』も和也がいた世界のそれと変わりは無かった。


「そういえば、今日はノエルって子、来てないの?」


 しばらく無言で打っていたら、不意にサタンの友人について思い出したので、気紛れに尋ねてみる。昨日あんな事をされたからってのもあって、かなり気になっているらしい。


「うーん……」


 サタンは次の手を考えながら、唇に人差し指を当てていた。アホ毛をピコピコ動かして、翼をバサバサ羽ばたかせている。

 そこから吹く風は爽やかな良い匂いがした。ちゃんと羽も毎日洗っているのだろうか。


「誘ったんだけど、ノエルは恥ずかしがり屋だからね。和也が来るって言ったら『やっぱりいい』って」


「何それショック」


 和也の胸にグサッと無意識の槍が刺さった。どうやら意図的に避けられているみたいである。


(ノエルって子は恥ずかしがり屋なのか。サタンの友達というから、てっきり頭のネジが数本落ちてる子なのかと思っていたのだが、どうも違うらしいね)


 そう結論付けて、ゲームで次に指す手を考える。

 魔王は存外やり手だった。和也も切れ者な部類なのだけど、それでも接戦に持ち込まれている。


「……サタンは上の階の子ども達とは遊ばないの?」


 一時の沈黙の後、新たに出てきた疑問について話す和也。


 彼女がここの主なら、魔王としての仕事だけでなく、子ども達の面倒を見る仕事にも傾注しているのでは、と考えたのだ。


(そもそも、サタンは普段何をしているんだ? 大体は自室か魔王の間で過ごしているようだけど……)


 和也の思考に並んでサタンは回答を寄越してくる。


「たまーに遊んであげてるよ。可愛い子が多いからね~。でも、最近はちょっとやらなきゃいけない事があって、あんまり上には行かなくなっちゃった」


 続けて「あはは」と力なく笑う。


(忙しいのかな? にしてはよく遊んでいるけど)


 和也は矛盾に見える行動に訳が分からなくなってきた。

 とりあえずは流れを汲んでおき、適切であろう相槌を打っておく。


「へぇ。子ども達、寂しがってるんじゃない? 暇ができたら行ってあげれば?」


「そうだね、『あれ』ももうすぐ終わりそうだし。そしたらあの子達を私の羽でくすぐってあげよう」


 そう言うと、サタンは羽を変態チックに動かしてみせた。柔軟性の高い羽である。


「ちなみにさ、君はヴィーレ達が来たらどうする気なの? やっぱり一応は戦うつもり?」


「まさか! そんな事しないよ~。痛いのやだもん! ……あー、でもどうしてもって言うなら、少しだけ戦ってあげようかな。せっかくのお客さんだし!」


 我らが魔王様は随分と余裕なようだ。レベルが低いというのに、危機感はゼロに近い。


 そんな彼女に不安を覚えたのだろう。和也は諫言をするつもりで、強めに忠告しておいた。


「彼らは君を殺しに来るんだよ? もうちょっと焦った方がいいんじゃない?」


 試すように問いかけ、駒を進ませる。

 しかし、サタンは和也の忠告など聞こえていないのかと勘違いするくらいに、涼しい顔を保っていた。


「それを止めるために、和也達がいるんでしょ?」


 たった一言、今度は逆にこちらを試してくる。彼女も駒を進ませた。


(サタンはどうやら僕達に勇者一行(彼ら)の相手を丸投げするようだね。あの人達とは色んな意味で戦いたくないんだけどなぁ)


 勇者達の強さは和也が最もよく知っているし、彼らと一番親しいのも和也なのである。どんな間違いがあっても四人と傷付けあう事だけは避けたかった。


「まあ、そうだけどさ」


 気もそぞろに駒を動かす和也。

 最近はいつもこの調子だ。四六時中悩みが尽きることがない。


「……フッ。油断したね」


 ふと、サタンが笑った。クイーンを和也陣営の中心まで叩きつけて快活に告げる。


「チェックメイトだよ!」


 言われて初めて和也は気付いた。自分がいつの間にか、完全敗北していたという事に……。

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