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8話「罵詈雑言のバリエーション」

 現在、あれから五時間後。とうとう日が暮れてしまった。


 ヴィーレ達はドゥリカとの騒動を終えてからも、指定された待ち合わせ場所である酒場内でずっと、もう一人の仲間『エル』を待っていた。


 しかし、どれだけ暇を潰していても、一向に彼は現れない。文句無しの模範的な無断欠席であった。


「おっっっそい!!」


 これには冷静沈着な賢者様も大激怒。


 プルプル震えていた体が弾けるようにして、もう我慢ならないとばかりに席を立つ。活火山が噴火したようだった。


 イズは暴れ馬みたいに大袈裟な身振りをしながら、ヴィーレの眼前へ、手首に巻いた金の腕時計を突き出してきた。短針は午後の六時を回っている。


「もう夜になるわよ! 貴重な一日を無駄にしたわ! もし私がここに来ていなければ、部屋の棚に積んでいた本を十冊は減らせていたでしょうね!」


「落ち着け。声が大きいぞ、イズ。周りの客に迷惑だろ」


 彼女の憤慨によって、店内の客の目が一斉に集まり、さらに居心地が悪くなってしまった。ヴィーレは大人な態度を心がけ、自制するよう指摘する。


「うっ……。わ、分かってるわよ……!」


 イズは周りの客の視線に気付くと、誤魔化すように咳払いをして席に座り直した。貴族として最低限のマナーは(わきま)えているらしい。


 明晰な頭脳はあっても、理性は感情に流されやすい。まだ人間としては未熟な賢者イズの一つの特徴である。


 そんなイズの面倒を一日中ずっと見ていたヴィーレは早くも気をすり減らしているようだった。予定通りに進んでくれている事態だけが、今のところ唯一の彼の支えだ。


(初日はいつも通り、格段に疲れが溜まるな。主に精神的な意味で)


 疲労を飲み込むように、(ぬる)くなった薬草ジュースをグビッと(あお)る勇者。


 激マズだ。だが、何となく体力が回復した気がする。


「国王から一任されている以上、たかが寝坊でここまで遅れるとも思えない。遅刻してるエルって奴にも何か事情があるんじゃないか」


「そうだとしても、連絡くらい寄越すべきよ」


「確かにな。……で、どうする? ここでこのままあてどなく待つわけにも、俺とお前だけで旅に出るわけにもいかないんじゃないか」


「それは一理あるわね。あんたと二人で旅なんかしていたら、戦力不足で共倒れになる危険性がとんでもなく上がるもの」


 実際にその光景を想像してみたのか、首を左右に振って「そんなのお断りだ」とアピールをするイズ。


「とりあえず、王様へ謁見しに行きましょう。エルという男のいる町や家の場所を詳しく尋ねてみるの」


「そうだな。時間が合うといいんだが」


「デンガル様はいつもどこかへお出掛けになっているものね」


 会話を交わしつつ席を立ち、会計を済ませた。

 二人は流れるように隣に並んで妙に静かだった店を出る。


 口調から察するに、イズは国王と交流があるのか、彼のことをいくらか知っているようだった。


「城にはよく行くのか?」


「たまに、よ。呪文や魔力に関する資料を借りにね。お城を訪ねても、彼は不在にされていることが多いわ。やはり戦争の件でお忙しいのかしらね」


「かもな。一度だけ会ったことはあるが、どうもよく分からん人だった。王族のくせしてやけにフランクな性格だったし」


「王族に対してくらい敬語使いなさいよ……」


 礼を欠いているヴィーレにドン引きするイズだが、彼は「理不尽な命令を下す王は敬えない」と頑なだ。ヴィーレなりにそこは譲れないらしい。執着する部分もあるようだ。


「別に、本人の前ではそうするから良いんだよ。建前は必要以上に立てない主義なんだ」


 そんな不敬極まりない返事をするヴィーレを見て、何を思ったか、イズは上目遣いに彼へ質問を投げてきた。


「ねえ。今更だけど、あんたは私にも敬語を使わないの? 一応は国を支えている大貴族の娘よ?」


「ん? あぁ、使った方が良かったか?」


「……いいえ、お互い様だし。ただ図々しすぎて心臓に剛毛でも生えてんじゃないのかと思ったのよ」


「鏡でも渡してやろうか。天に向かってツバ吐いてるぞ」


 二人で酒場から離れ、街の大通りに向かう。


 次第に人数が増して互いの声も聞き取りづらくなってきた。比例して二人の声量が少しずつ上がる。


 ここ、ユーダンク町の大通りには、ありとあらゆる種類の店が並んでいた。

 現在二人が歩いている通りは、数分間見て回るだけでも、家具や服、食料まで様々なものが手に入る。城下町一番のショッピングスポットだ。


(ここで武器や防具が売られていれば、非常に助かるんだがな~)


 どうにもならない状況を心の内で嘆くヴィーレ。

 いずれにせよ、肝心の金がないのだから、自分で購入することはできないのだけれど。


 勇者一行の目指す城は、この通りのさらに向こうに大きくそびえ立っている。

 日の光を反射しそうなほど綺麗に磨きあげられた城壁は、他の建物に比べて格段に高く、城下町のどこからでも眺めることができた。


「またまた話は変わるけど――――」


 不意に口を開いたイズが、ヴィーレを横目で見ながら彼の荷物を指した。


「なんで武器までしまっているのよ。あんたはもう勇者なんだから、別に町中で帯刀しても問題ないでしょう」


「特に深い理由は無いさ。無駄に目立つのは嫌いなんでな。できるだけ人混みに紛れたいんだ」


「何言ってるの。赤い瞳の時点ですごく目立つわよ」


「……その通りでございます」


 ぐうの音も出ない正論だった。


 事実、イズが気付いていないだけで、周りから奇異の視線はずっとこちらに向けられているのだ。


 だがそんな事に気を取られている暇はない。ヴィーレはヒソヒソと聞こえてくる話し声には耳を貸さず、隣を歩く少女の機嫌取りにだけ集中していた。


 比較的従順なヴィーレの態度に調子づいたのか、イズは続けて言葉を刺してくる。


「おまけに薄汚いし、土の香りが染みついているし、店では信じられないくらいガツガツ食べるし。格好だけでなく所作も貧乏臭いもんだから、目も当てられないわ。思えば私と並んでいることで、相対的にあんたの惨めさが際立ってしまっているのかもしれないわね。今更ながらに謝っておくわ。ごめんなさい」


罵詈(バリ)エーション豊かっすね」


 口の端を上げて自慢げに頭を垂れるイズ。そしてそれを手練れた調子で流すヴィーレ。


 相変わらず辛口な賢者様だったが、半日も二人きりで話しただけあって、彼らの間にあった距離はいくらか近くなっているようだった。







 大通りを抜け、二十分ほど南へ歩き続けると、巨大な橋に差し掛かる。徒歩で渡るには少々時間がかかるが、その先へ行き着くと目的地である王城だ。


 ここ、王都ユーダンクは魔王城から最も遠く、人間国の最奥に位置している。


 その先は断崖絶壁と広大な海原が広がるのみであり、海を越えた向こう側に何があるのかはまだ判明していない。魔王城の奥にある領地についても同様だ。


「ちょ、ちょっと……休憩しない?」


 橋の途中まで渡ったところで、「ぜぇ、はぁ」と息を切らせながらイズが足を止める。


 汗だくの彼女に休憩を提案されたヴィーレは溜め息まじりに停止した。返ってくる答えは知っているけれど、初見のふりをして尋ねておく。


「なんでそんなに疲れているんだよ。まだ酒場を出てからそんなに歩いていないぞ」


「い、いや、三十分近くは歩いてるわよ……。普段は家で本ばかり読んでいて、滅多に外に出ないのに……。このペースじゃ干からびてしまいそうだわ……」


「引きこもりだったか。どうりで性格が後戻り不可能なレベルで(こじ)れているわけだ」


「うるさい、死ね」


「口が悪いと教養を疑われるぞ」


「大層賑やかな様子でいらっしゃいますところ誠に恐縮ではございますが、ご逝去して頂ければ幸甚の至りに存じます」


「わざわざ丁寧に言い直してくれてありがとう」


 口の減らない賢者へ一礼して返事をするヴィーレ。


 そういえばイズは酒屋から出た後、照りつける日光に目を細めて、ウンザリした顔をしていたな。と、ヴィーレはそこで思い出した。


(だけど、冗談は置いとくにしても、ここでへばられたら困る。彼女にはもう少し気力を保ってもらわないと)


 イズの手首にある腕時計に視線をやりながら、ヴィーレは彼女のもとまで一旦引き返した。


 そこでわずかに腰を曲げると、ぶっきらぼうに右手を差し出してみせる。


「荷物持ってやるから、あとちょっとだけ頑張ってくれ」


「た、助かるわ……」


「キツいならお前ごと担いで行ってやるぞ」


「打撃加えるわよ」


「すみません、ジョークです」


「分かってるわよ。本気で言っていたなら、無言で切り刻んでたわ」


「自然と仲間を恐れさせるのは止めてくれ。しかも思いきり斬撃じゃないか」


 野暮なツッコミをしながら、ヴィーレは相手の荷物を片手で受け取ると、気持ち歩みを遅めにして、城への道を進み始めた。


 そしてまたしばらく歩き、やっとの思いで長い長い橋を渡りきる。


 すると、無駄に大きい門と門番二名が勇者一行のお出迎えをしてくれた。


 彼らは事前連絡も無しに突然現れたヴィーレ達を不審そうに見てきたが、こちらが王から授けられていた『勇者の証』を見せると、すぐに得心したようだった。


「勇者ヴィーレか。今日は旅立ちの日だろう。一体どうした」


「ちょうどその旅立ちの件だ。いきなりで申し訳ないんだが、デンガル陛下にお伺いしたいことがある。今、大丈夫そうか?」


「国王陛下は外出中だ。今回はお帰り願う」


 淡々と、無機質にそう返される。


「やはりいらっしゃらなかったわね……」


「そうみたいだな」


 応えながらヴィーレは待っていたかのように踵を返す。時計を確認せずとも、体が次に起こる出来事を覚えてしまっていた。


 ヴィーレの視線の先、橋の向こう側、街の方向から馬に乗った男がこちらへ駆けてくるのが見える。その顔は焦燥に駆られていた。


 格好から兵士と推測される男はそのまま城に入っていくのかと思いきや、馬をヴィーレ達の手前で急停止させ、顔だけをこちらへ向けてくる。


 それから何かを話そうとして、ようやくイズの存在に気が付き、彼は馬から降りた。間を誤魔化すように咳払いをしてから話を始める。


「貴様、もしや勇者のヴィーレ・キャンベルではないか」


「そうだが。何か用か?」


「手間が省けてよかった。救援要請だ。アルストフィアが襲われた。お前の仲間、エルの暮らしている村がな」


「えっ……? アルストフィアって、ユーダンク(この町)の隣にある村じゃない!」


 イズは不安や焦りといった感情がごちゃ混ぜになったような表情を示す。


「もうそんなに近くまで魔物が侵攻してきているなんて……」


「イズ、あまり焦るなよ。俺達がここで慌てていてもしょうがないだろ」


「そうかもしれないけど……でも、すぐにこの町にも魔物が来るかもしれないのよ!? 家にはママだっているのに……ッ! 私が旅立ってしまったら、みんなを守ってあげられないわ!」


 彼女の不安の原因は、『家族が魔物達の手にかからないか』という事らしかった。


(家族か……。俺にはもういないが、当然心配する気持ちは分かる。だけど、今はそんな有るか無いかも分からない未来に怯えて、まごついている場合じゃないだろう)


 ヴィーレは早急に決断を終えた。イズの心を蝕む負の感情に負けないよう、大きめの声で語りかける。


「大丈夫だ。ここには俺達よりも強い兵がわんさかいるだろ。それに、今行かないと人間側がさらに劣勢へ追い込まれるんだ。イズの家族を守るためにも、急いで救援に駆けつけなきゃいけない。分かるな?」


「……うん」


 小さく頷いたイズにヴィーレはもう一度「大丈夫」と囁いて、肩を叩いた。


 王都ユーダンクは人口が多く、人間国の中で最も栄えている都市だ。

 そして何より、国王であるデンガル・カーニバルがここにいるため、膨大な数の兵士や騎士、衛兵が常駐、配備されている。


 それなら隣の村であるアルストフィアにも、他の町よりかは幾分かマシな戦力が集められているに違いない。つまり、そう簡単には落ちないはずだ。


 ヴィーレがさっきイズに言ったことはそういう意味の『大丈夫』も含んでいた。


「さあ、そうと決まれば俺達もアルストフィアへ向かおう。犠牲者が増えないうちに」


「……ええ、そうね。時間がないわ。私の家の馬を使うわよ!」


「助かる。急行するぞ」


「城の兵は出せん。しかし一部、前線の兵なら応援に駆けつけてくれるそうだ。それまで持ちこたえてくれれば十分だろう。では!」


 それだけ言い残すと、兵士の男はイズに向かって「失礼します」と断り、いつの間にか開かれていた城門の中へと消えていった。


(これが身分の差よなぁ……)


 どこか悲しげに男の背中を見送るヴィーレへ、背後から皮肉めいた台詞が投げられる。


「残念だけど、帰宅はできないようね」


「本当に残念だな。だけど、こればっかりは仕方がない。我が家は恋しいが、俺は救世主たる義務を負った勇者だしな」


「……ふんっ。どうせ魔王を倒さない限り、あんたには帰る場所なんてないものね」


 同情混じりにそう返される。


 棘を含んでいるように聞こえる言葉とは裏腹に、イズの目は密かにヴィーレの顔色を(うかが)っているようだった。


(そうだな。土に還ることも許されてないあたり、本当に鬼畜だ)


 応えようとした言葉は飲み込んで、二人きりの勇者パーティーは仲間集めと魔物退治のために、隣の村アルストフィアへと駆け出すのだった。

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