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4話「彼女達の力」

 和也はダンジョンのように無駄にややこしい魔王城の廊下を歩いていた。


 ただ進むだけでは迷いそうになるが、たまに壁に掛けてある地図や標識のおかげで、何とか目的地へと近付いていけている。


(次はウィッチのところにでも行ってみるかな。魔法使いって自称しているくらいだし、彼女は他にも呪文を使えそうだ)


 主人のもとへと向かうため、ピカピカに磨かれたリノリウムの床の上を歩いていると、反対側からタオルの塔が歩いてくるのが見えた。いや、塔の横から少しはみ出している金髪を見るに、あれはレイチェルだろうか。


 タワーはグラグラと揺れている。触れ幅は次第に大きくなり、とうとうバランスを崩して、数十枚のタオルは床へと吸い込まれるように落下していった。洗って乾燥させたばかりなのに、このままではまた汚れてしまうだろう。


 和也は間に合わないと分かっていても足を踏み出していた。だが、彼の焦燥と心配は杞憂に終わる。


「《スロウ》」


 短く呟いた途端、彼女は和也が捉えきれないほどの速度で、床に着地する前の全タオルを回収したのだ。


 一瞬何が起こったのか理解できなかった和也だが、すぐにその不可思議な現象が呪文によるものだと推察する。


「あ、あのっ! レイチェル!」


 何事も無かったかのように横を通りすぎようとした彼女に呼びかけると、首だけをこちらに向けられた。相変わらず喜怒哀楽の欠落していそうな顔をしている。


「大丈夫だった?」


「……何がでしょうか?」


「いや、タオルを落としそうになっていたから」


「なってません」


 ピシャリと言い切られる。

 和也は眉を微かに動かすと、もう一度質問を投げた。


「落としかけてたよね?」


「いいえ」


「でも」


「私は完璧なので」


 食い気味に否定を重ねられ、和也は遂に閉口してしまった。そして同時に確信する。


(この子……さっきの失態を無理やりにでも誤魔化そうとしているぞ……!)


 レイチェルは素っ気なく視線を逸らしている。この様子ではどうあっても認める気がなさそうだ。


 嫌がっているのなら掘り返す必要もないか。和也はそう考え、話題を別の事柄に移し替えた。


「ところで、今のは君の呪文なの?」


「はい」


 最小限の返事だ。けれど、寡黙な彼女は思っていたよりも冷たい人物ではないようだった。普段は無口で通しているが、こちらの質問にはちゃんと答えてくれるらしい。


「それ、コピーさせてくれない?」


 こちらの提案にレイチェルは無表情のまま小首を傾げる。


 和也はレイヴンとのやり取りをかいつまんで説明した。身を守るために呪文が必要だから、役に立ちそうなものを探しているのだと。


「なるほど。ではどうぞ」


 彼女は感情の込もっていない碧眼でこちらを見据える。まるで機械のようだ。


「じゃあちょっと失礼するね。《コピー》」


 断ってから呪文を詠唱する。

 そうして和也は偶然にも、二つ目の呪文であるスロウを手に入れたのだった。


「ありがとう。……仕事大変そうだね。さっきの集合といい、眠る時間が無さそうだ」


 ここで会話を終えるのも淡白な気がして、適当に話を振ってみる。


 レイチェルは空色の瞳だけを和也へ向けたが、彼が愛想笑いを決して崩さないのを見て取ると、すぐに視線を廊下の先へと戻した。


仕事(これ)が私の人生なので」


「そ、そっか……。仕事が楽しいの?」


「それほど」


「……趣味とかある?」


「特には」


 ぶつ切りの、手で撫でるような会話だけが廊下に響く。

 和也は肌寒い状況にも拘わらず、冷や汗をタラリと垂らしていた。


(話が全く続かない……! いや、そもそも彼女に続ける気が無いんだ……! 『近寄るなオーラ』をプンプン出しているぞ!)


 レイチェルを改めて観察する。和也は彼女と話しているうちに、違和感に似た何かを感じていた。


(孤独を愛しているような様子でもないんだよな……。なんだか、この子は空っぽで、ただただ無関心に時間と人生を浪費していってるように思える)


 演技をする機会が多かったからか、彼は感受性が豊かで、他人の気持ちを読み取るのが特別得意だった。


 だから、心底つまらなそうに生きているレイチェルを、どうしても見ていられなかったのだ。なんとなく、召還される前の自分を見せつけられているような気がして。


「城の防衛が終わったら、僕と一緒に遊ぼうよ」


 和也は無意識にそう誘っていた。自分でもこんなに大胆だったっけと驚く。


「私にはやるべき事がありますので」


 しかし、レイチェルは案の定あっさりと断ってきた。止めていた足を前へ進めだす。


「仕事を人生にする必要はないし、する価値もないさ!」


 だが、吹っ切れた和也はそれを許さない。立ち去ろうとする彼女の正面に回り込むと、両手を広げて進路上に立ちはだかった。


「邪魔です」


「休みは僕が取り付ける! ウィッチやサタンには事前に頼みこんでおくよ! だからお願い、一緒に遊んで! 絶対に楽しませてみせるからっ!」


「退いてください」


「君がデートの誘いを受けるまで僕はここを動かない」


「遅刻したらサタン様やウィッチ様にご迷惑をお掛けします」


「そうしたら僕も一緒に怒られる」


 ノータイムで言いきると、レイチェルは初めて困ったように目を伏せた。


 軽く跳ねてタオルの塔を持ち直し、小さく鼻息を吐いてから不服そうに呟く。


「仕方ないですね。分かりました」


「えっ!? 本当に!?」


「はい」


 子犬のように喜ぶ和也へ無愛想に返して、レイチェルは彼を無理やり肩で押し退けた。


「失礼します」


 塔を崩さないように一礼して去る。

 和也はその背中に向かって「約束だからね~!」としつこく念を押すのだった。







 ウィッチの部屋を訪ねると、温かい紅茶に、数種類のパンとジャムを出された。


 どうやら事前に使用人達が朝食を運んできていたらしい。和也は彼女と食事をしながら、これまでの経緯を話していく事にした。


「――――という訳で、呪文をコピーさせてくれないかな」


「ええ、構いませんわよ」


 事情を説明し終えると、彼女は刹那の逡巡(しゅんじゅん)もせずに快諾してくれた。


 口周りをナプキンで手早く拭き、椅子からスッと立ち上がると、前のめりでテーブルに両手をつく。


「私は貴方を呼び出した召還の呪文(サモン)の他に、岩石の呪文(スリングストーン)爆発の呪文(エクスプロージョン)が使えますの。二つも使えるんですのよ」


 惜しげもなく、無邪気なドヤ顔で教えてくれた。射程や効果、威力に扱いやすさ等、詳細までを包み隠さずに、である。


(話が早くて助かるな。サモンという呪文は一回きりしか使えないと言っていたし、もう彼女からはコピーできないんだろうか)


 いずれにせよ、召還の呪文なんて不確定要素の強いものは役に立たないだろう。和也の中で選択肢は二つに絞られた。顎に手を当てて考えてから、結論が出るや顔を上げる。


「ありがとう。それじゃあ魔力量に対しての威力が高い爆発の呪文を借りるね。《コピー》」


 そうして、彼はエクスプロージョンの呪文を手に入れたのである。


 これで三つ揃ったなと満足していると、ウィッチがこちらをジロジロ見つめてきた。頭から体まで舐めるようにして観察してくる。


「な、なに?」


「貴方、どんくさそうだなと思いまして」


 和也は自分の笑顔がひきつるのを感じた。唐突に貶された事に心の中で文句を述べる。


(いきなり失礼な。僕はこれでも器用な方なんだが。任務から帰ったら何か日本の料理でも作ってあげよう。あ、でも材料がないのか)


 そこまで考えたところで、ウィッチはさらに言葉を続ける。


「勇者にバレないよう、気をつけるんですのよ! 貴方ももう私達の仲間なんですから!」


 彼女は自分の胸に手を当て、恥ずかしげもなくそう言った。罵倒されているのかと思ったら、心配してくれていたようだ。


 虚を突かれてパンをくわえたまま固まる和也。頬を染めて視線を外しながらそれを飲み込むと、主人に向かって微笑を返した。


「分かってるよ。ここで暮らすのはきっと楽しいだろうしね」


 まだ彼らとは数時間しか触れあっていないのに、和也はそう確信していた。

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