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3話「勇者妨害クエスト」

 自分の部屋に案内され、自室の鍵を貰った後、和也はレイヴンの部屋へと向かっていた。


 彼が召還されたのは夜中の一時だ。それからウィッチとの話や、魔王の間での自己紹介などがあり、もうすぐ日が昇る時間帯である。和也の初クエストが始まるまでにはあまり多くの時間もないのだ。


(そういえば、よくこの時間帯にあの人達は起きていたな……)


 わりかし現代風な洋式家具が揃えられている廊下を歩きつつ、和也はそういった無益な思考を繰り返していた。


 何はともあれ、一刻も早く重大な仕事とやらの大まかな内容を知っておきたいところである。それによって彼のこれからの身の振りようも大きく変わるかもしれないからだ。


「レイヴンさんのいる場所は……ここか」


 レイチェルに教えてもらった部屋の前に辿り着き、扉を数回ノックする。

 すると、レイヴンが待ち構えていたかのように良いタイミングで、室内から顔を出してきた。


「おう、新米か。どうしたんだ?」


「いやその、重大な仕事って何なのかなと思いまして……」


「あぁ、まあ、そりゃ聞きに来るよな。長くなるかもしれねえ、入れよ」


 彼は和也が来ることを予見していたようだ。どこか疲れたような顔で柔らかく笑うと、部屋の中に招き入れてくれる。寝不足なのかもしれないと和也は少しだけ申し訳なく思った。


「あと敬語なんて使わなくていいぞ。俺は堅苦しい接し方が苦手なんだ。名前も呼び捨てで構わない。むしろそうしてくれた方が気が楽だ」


 言いながら、側近は硬めの革でできた黒いソファーを手で指した。そこに座れという事だろう。


「分かり……分かったよ、レイヴン」


 自分より一回り年上に見える大男に馴れ馴れしく話しかけることに、嫌にモヤモヤした感情を抱く和也。ある種の罪悪感だろうか。


「それじゃあどこから話そうかな……」


 レイヴンは部屋のベッドに座ると、初めから順序だてて語り始めた。和也はソファーに腰かけて、彼の話に耳を傾ける。


 そしてそれから、和也はこちらの世界の初歩的な情報について、ひどく大雑把に説明を聞かされた。


 まずこの世界、具体的には『呪文』や『魔物』といった存在のこと。人類がどういう訳か、魔王城に攻撃を仕掛けようとしていること。その代表として、勇者と呼ばれる男が選ばれたということ。


 勇者はサタンを殺すため、本日の朝、つまりもう間もなく家を出発するそうだ。


「そ、そんな……。サタンさんは大丈夫なの?」


「いいや、勇者が来たら、あいつは間違いなく()られるだろうな。見た目通り、超絶弱いし。たとえ強くても、あいつは絶対に他者へは攻撃を加えない。全力で勇者を見逃そうとするはずだ」


「……じゃあ僕の仕事は、魔王であるサタンさんを守ること?」


「結果的にはそうなるが、お前が想像しているように、勇者と戦ったりするわけじゃあない」


 レイヴンは不安そうな和也へ手のひらを向け、首を二度振ってから否定した。


 付け足された彼の説明によると『人類は魔物の対応に手一杯だが、勇者が出発してしばらくすると、防御を捨て、可能な限りすべての兵を魔王城に突入させるつもり』らしい。


「サタンは人を殺すのも、仲間が殺されるのも望んじゃいない。一人でも死人が出たら、きっと彼女はひどく悲しむ。だから俺達は『兵士どもの猛攻をひたすら死なず殺さずで耐え抜き、相手が諦めて撤退するのをただただ待つ』ことしかできないんだ」


「いやいや……無理難題が過ぎるでしょ。そんな事できるの?」


「できるかどうかじゃない、やるのさ。選択肢は他にない」


 レイヴンは即答した。老いによって濁りの混じった瞳が薄く細められる。


 彼は雰囲気を変えようとしたのか、身を前に乗り出して声色を変えた。これまでのはただの序章だとでも言わんばかりに。


「そして、ここでお前の出番なのさ。その防衛戦が終わるまでの数日間、勇者の隊にスパイとして加わり、あいつらの進行をバレないように遅らせてくれ」


「えっ」


 当初予想していたものと全く違った任務内容に困惑してしまう。

 まさか、ファンタジー世界に転移した挙げ句、回し者役をすることになるとは。和也は心中で動揺した。


「あの……なんでそれを僕にやらせるの? 戦闘をする必要のないスパイなら、他にいくらでも候補がいるんじゃ?」


「残念ながら無いんだな、それが。この仕事を和也に任せるのはお前が人間(あいつら)と同じ姿をしているからだ。みんなはまだ眠っているから気付かなかったかもしれないが、ここの城の住人は大体がサタンのように翼があったり、獣の耳がついたりしている」


 その言葉に和也は初めて強い関心を覚えた。意識せずに「ケモッ……!」と声が漏れ出てしまう。


(うそ、獣耳(ケモミミ)いるの? めちゃくちゃ見たい。あわよくば触りたい。めちゃくちゃにモフりたいんですけど!)


 ファンタジー世界にはありがちな、彼にとって憧れとも言える種族が現実に存在していると言うのだ。和也の目は期待と興奮にキラキラと輝きだす。


(そういえば、サタンの羽は何かそれ以上にインパクトのあるものが多過ぎて反応できていなかったな……)


 目の前であれだけ派手に動かされては、流石に作り物や幻覚とも思えず、いよいよこの場所が和也のいた地球とは別の世界であるという話に信憑性が出てきた。


 だとすると、いつまでも遊び感覚でいるのはマズイかもしれない。

 和也はひとまず情報を集めるため、レイヴンとの会話に戻ることにする。


「なら、メイド長やウィッチは? 彼女達は普通の人間でしょ?」


「あの二人もダメだ。レイチェルは性格的にスパイに向かないし、ウィッチは分かりにくいだけで、他と同じく体に変わった部分がある。それに、あいつらは俺と一緒にここの防衛に回ることになるんだ」


 言ってレイヴンは地面を指差した。魔王城のことを指しているのだろう。


 告げられた事実に和也は暫しの間、言葉を見失ってしまう。


(マジですか……。ここってあんな女の子達まで戦う世界なの? 僕だけが『怖いから行きたくない』だなんて、甘えた事を言ってられないんじゃないか、これ)


 異世界の思わぬ過酷さに軽くショックを受ける。彼はもっと長閑(のどか)で平和的な生活を想像していたらしかった。


 さっきまではウィッチの『辞退しても構わない』という言葉に甘える気配が強かったが、そこから和也の受け止め方は大きく変わった。


 彼は元来から正義感が強く、大きな勇気を携え、それらに見合うだけの実力を兼ね備えていた男だ。最近は病んで引きこもり気味だったものの、その本質は変わっていない。


 しかし、彼にはまだ一つ、差しあたって解決したい大きな疑問があった。自分がレイヴン達を信じるかどうかという話は置いておくにしても、彼らが和也を信用する根拠は一体どこにあるのか、という疑問である。


「でもさ、僕が裏切ったらどうするの? 今は君達の味方をしたいと思っているけれど、もしかしたら勇者達と一緒に生活するうちに、彼らへ情が移っちゃうかもしれないよ?」


「ハハハッ! 裏切りたくても裏切れねえさ。召還したウィッチがその気になれば、お前は彼女に逆らえない。召還の呪文(サモン)の効果でな。それに、相手に情が移ったところで、俺達は別に人間(あいつら)を滅ぼしたいわけじゃねえ。ただ仲良くしたいだけなんだ」


 そう言うと、レイヴンは重たそうに腰を持ち上げた。

 改めて近くで見ても、とんでもない巨体だ。二メートルは裕に超えている。


 彼は厳つい顔にワイルドな笑みを湛えて話題を変えた。


「さっき呪文のことについて説明したよな? この世界へ召還されたのなら、お前にも使えるはずだ」


 それから彼は、魔力などの概念がまだよく掴めていない和也にも理解しやすいよう、丁寧に呪文の扱い方を教えてくれた。

 和也も初めは戸惑っていたが、数十分かけてようやくその概念に慣れることができる。


 どうやら和也の扱える呪文は『コピー』というものらしい。

 名前の通り、相手が使用できる呪文を自分も使えるようになる能力だという。人によってコピーできる数は違うらしいが、和也は三つまでならコピー可能なようだった。


「あとはお前の場合、四つ以上コピーしようとすると、古いやつが消されて、新しいやつが使えるようになるって感じだな。他にも俺が知らないだけで色々と制限があるんだろうが、そこは自分で模索したり、誰か知ってそうな奴に聞いたりしてみてくれ」


 レイヴンが半ば投げやりに説明を終える。早口に台本を読むような言い方だった。


(急にそんな力があったことを知らされても、あまり実感が湧かないな。それにコピー(これ)って、異能力バトルだったらかなり強い部類のやつなんじゃないですかね?)


 自身の両手を開いて確認する和也。一通りの会話を終えても、あまり現実感は感じなかった。


 そんな彼を置き去りにしてレイヴンは言い忘れていた補足を伝える。


「もしお前があらかじめ何かしらの呪文をコピーしていくんなら、その事は勇者達には隠しておいた方がいい。お前は『奴らの行く先で召還され、役立たずと見なされた挙げ句に捨てられた哀れな奴』という設定で乗り込ませるつもりだからな」


「なんでそんな辛い設定なんですかね……」


 非難の意を込めてレイヴンを見るも、彼は微笑を崩さない。


(でも、そういう事なら確かに、初めから使えそうな呪文を覚えておいて、コピーについては隠しておく方が無難かもしれない。勇者がどんな人かなんて、会うまでは分からないし、彼らが強力な呪文を持っているとも限らないからね)


 和也はそう自分に言い聞かせて一つ頷くと、レイヴンに改めて視線を向けた。


「レイヴンは呪文を使えるの? コピーしてみたいんだけど」


「別に構わんぞ。でも言っておくが、強力な呪文はコピーするのにも扱うのにも、かなりの量の魔力を消費するだろう。多分今のお前じゃ、チェックっていう呪文しか覚えられないと思うぞ」


「うん、それでも無いよりかは全然いいよ」


 迷わず答え、手のひらを大男へと伸ばしてみせる和也。意識を集中させて初めての詠唱を行う。


「《コピー》」


 そうして、レイヴンから一つだけ呪文を拝借すると、和也は早々にその部屋を去った。


 彼の言った通り、和也が覚えられたのは対象を調べることのできるチェックという呪文だけだった。

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